第29話 推理

 ミルティーユはいったんベッドの方へ歩いていき、戻ってきたときには大きく膨らんだ麻袋を持っていた。ドサリとそれをテーブルの中央に置き、袋の口を開ける。すると中から金色の輝きがあふれた。


「ほほー、こいつは大金だな」


 無一は目を輝かせる。


「このお金はすべてフレーズお嬢様のもの。お嬢様の養育費として、毎年お嬢様名義の口座に入金のあったものです」


「入金? どこから?」


 フレーズの疑念に、ミルティーユは落ち着いて答える。


「調べたところによると、王国政府の財務を担当する部門からのようです」


 一同はしばし言葉を失った。


「……わたくしがお屋敷の元ご主人様からお嬢様のお世話を命じられたときのことです。実際のご奉仕が始まる前に、わたくしは元ご主人様から直々に厳しく言いつけられました。『この子はさるやんごとなき御方の御子であるから、決して失礼のないようにしろ。大切にお育てし、貴人として接しろ。いつかご両親がお見えになるかもしれないから』と」


 ポミエは震えながらたずねた。


「つ、つまり、ミルティーユさんが言いたいのは……」


「お嬢様は本当に王家の血縁なのではないか、ということです」


 再び、沈黙が小屋を満たす。

 その沈黙を、フレーズが無理に明るい口調で割った。


「……い、いやいやいや。さすがにそれはないわ」


「なぜ、そう思われるのですか?」


「もし私がその、王家の血縁だったとしたらよ? さすがにアイツらでも殺そうとはしないんじゃない?」


「王位を奪うために先王を殺すようなヤツがか?」


 無一が指摘する。もっともな反論ではあった。

 フレーズは声を震わせながら、たったいま聞いた恐るべき仮説を否定しようとする。


「……だって、理由がないじゃない。だいたい、仮に私が王家の血縁で、ロホランの王位継承の邪魔になるんだとしたら、そもそも私にそのことを教えなければいいんだし」


「それは、その通りですが」


「第二の謎が鍵になりそうだな」


 一同は一斉に発言した無一を見た。理由はないが、彼の言うことが正しいと直感していた。


「けど正直、そっちはまったくわからないわね。真の〈神器〉を手に入れるのに私の協力が必要な理由なんて」


 お手上げだ、というようにフレーズは肩をすくめる。


「でも、実際に〈真の神器〉の隠し部屋への扉を見つけたのはお嬢様だったのですよね?」


「そうだけど、たまたまよ? たまたま手の形が描かれた壁を見つけて……」


 そう言いかけて、フレーズは小首をかしげた。


「……本当にたまたまだったのかしら?」


 真の〈神器〉の隠し部屋を見つけたときの状況については、すでに全員がフレーズから聞いて知っている。彼女が怪しい壁に手をかざした途端に、地下室へと続く階段が現れたのだ。

 無一は懐から偽〈神器〉を取り出し、彫られた文字を眺める。その文字の読み方についても、すでにフレーズから聞いていた。


「『〈神器〉は正統な血の者に、か……』」


 そのとき、無一の身体がぐらりと揺れた。背もたれに寄りかかりすぎて椅子が傾き、倒れそうになったのだ。気づいたポミエが慌てて立ち上がり、倒れないように支える。


「だ、大丈夫ですか?」


 無一はしかし、ポミエの心配には答えずに言った。


「先王のエゼル様ってのが、ロホランの手に渡らないように〈真の神器〉を隠したんだよな?」


「そう聞いたわ。ゴーシュからだけど、その点は嘘でもなさそうね」


 フレーズがそう返すと、無一はニヤリとした。


「その扉が正統な血統の者の前でしか開かないような仕組みだったとしたらどうだ?」


「え?」


「もしおまえが正統な血統なら、ゴーシュがおまえを騙してまで例の部屋に連れて行った理由にも説明がつくんじゃないか?」


「…………」


 フレーズは考える。無一の仮説におけるいくつかの前提がすべて正しければ、ゴーシュが彼女を必要とした理由の説明にはなる気がした。しかし……。


「でも、そんな仕組みの扉を作ることが可能なんですか?」


 ポミエがフレーズの疑問のひとつを代弁した。


 ミルティーユが少し考えてから答える。


「全く不可能というわけではないと思いますわ。最高クラスの技術を持つ魔術士なら。なぜなら〈神器〉そのものが、それを遺したとされる神と、その直系の子孫とされる王家の一族にしか使えないものだったとされているからです」


「でも、それは神話の話でしょう? それに〈神器〉はもう力を失ってるはずだし」


「ですからあくまで『可能かもしれない』というお話ですわ。現代の魔術も、その多くは過去に神々が使ったとされる秘術を解析することによって生み出されたもの。特定の条件をもつ者だけに反応して作動するような仕組みも、最先端の魔術では解析されているのかもしれません」


 荒唐無稽な話にも思えるが、そう考えると筋は通る。その場にいる誰もがそう思った。

 しかし、フレーズにはまだ納得できないことがあった。


「……いや、だとしてもおかしいわ。だって、正統な王家の血統が必要だとしてもよ? ロホラン自身がそうなんだから、アイツが自分で例の仕掛けを解けばよかったじゃない。ロホランは先王エゼル様の叔父で、エゼル様の父親である、先々代の王様の弟なんだから」


 もっともな意見だ。皆がそう思った。

 ただ一人、サキュバスの少女を除いては。


「あのぅー……。兄弟でも、片方だけ王家の血を引いてないってことはあると思いますよ?」


「え?」


 フレーズは発言したポミエを意外そうに見る。


「たとえば、王様であるお父さんと、お妃様であるお母さんがいて、そのお母さんが二人の兄弟を産んだとします」


 ポミエは二人の兄弟を表すように両手を握りこぶしにした。


「このとき、お兄さんは間違いなく王様の子供だとしましょう。でも、弟さんはお母さんがこっそり別の男の人と作った子供の可能性はありますよね」


「……つまり、不義の子か」


 無一がそう補足すると、ポミエはムッとしたような顔つきになった。


「そういう言い方はサキュバス的には好きじゃないです。わたしたちサキュバス族の間では、一人のお母さんが複数の男の人との間に子供を産むことは珍しいことじゃないですから。むしろ赤ちゃんをたくさん産んだお母さんは偉い、ヒーローだ! ってことになります」


「その話はともかく……。つまり、ロホラン様は正統な王家の血統ではない可能性があるということですわね」


「ですです。王家の血統がお父さんから継承されてきたもので、お母さんは王家の人じゃなかった場合の話ですけど」


 フレーズとミルティーユは沈黙した。彼女の言うとおり、ロホランの母親はノイムーン王国の王家の血統ではなかった。


 

「そんじゃ、ここらでいったん整理するか」

 無一の鶴の一声で、俯いていた三人は顔を上げた。


「あくまで推論に過ぎねえが、まとめるとこんなところか」


 そうして彼は、いままでに交わされた議論によって生まれた仮説をひとつずつ整理して語った。



 まず、ロホランは正統な王家の血統ではない可能性がある。

 エゼル王はそんなロホランに〈神器〉が渡らないよう、正統な血統の者にのみ開くことができる魔術仕掛けの扉を作り、その扉の奥に〈真の神器〉を隠した。

そのことを知ったロホランはゴーシュに命じ、エゼル王の遺児であるフレーズを探し出させた。そして彼女に扉を開けさせ、〈真の神器〉を手に入れた。

 しかし、そうなると今度はフレーズの存在自体がロホランの血統の非正統性を証明するものとなりかねない。だからロランジュ殺しの罪を着せ、この世から抹消しようとした。



「……筋は通る気がしますわね」


 ミルティーユは静かに言った。フレーズは目を見開いて呆然としている。


「じゃ、じゃあ……。先王様はフレーズさんに〈神器〉を渡そうとしたってことですか?」


「……なんとなくだが、それは違う気がすんだよな」


 無一はポミエの問いには否定的な意見を示した。


「フレーズに渡すつもりがあったなら、ゴーシュより先に城に呼び出してたんじゃねえか? 聡明なエゼル王サンなら、やりようはいくらでもあっただろ」


 それもまた、推論に過ぎない。けれどフレーズには無一の意見が正しいように思えた。


「ま、いずれにせよ推論に過ぎねえ。確かめるにはもう一度城に忍び込みでもするしかねえな」


 無一はそう言って笑ったが、その場で頷いた者はいなかった。さすがに先日のような危険をもう一度冒すのはためらわれた。

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