第28話 いくつかの疑問
「それで、フレーズさん。大事なお話というのは?」
翌朝の朝食が済んでひと段落した頃。
フレーズの呼びかけにより、隠れ家の食卓にはいつもの四人が集まっていた。
四人は小さなテーブルの四方を囲むように座っている。フレーズの対面には無一、彼女から見て右手側にミルティーユ、左手側がポミエという布陣である。
無一はやる気なさげに脱力して煙管を咥えているが、目だけは興味深そうに光っていた。ミルティーユはなにやら難しい顔をしている。ポミエは昨夜のことを思い出し、フレーズがいつ服を脱ぎはじめるかを期待してドキドキしていた。
「みんな、集まってくれてありがとう。いまからみんなに、これまで私に起きたことを話したいの。いままでみんなに話せなかったことを」
そしてフレーズは、まだ他の三人には語っていなかったことを語り始めた。ゴーシュと出会ってからこれまでに起きたことを。
ゴーシュと初めて会ったあの日、人払いをした船室で、ロホランの王位簒奪について聞いたこと。ゴーシュはそれを阻止するために活動しており、力を貸してほしいと請われたこと。そのために王宮に来てほしいと言われたこと。そして、この計画を知る者はロホランに命を狙われることになるから、他の誰にも喋ってはいけないと言われたこと。
「ですが、あのゴーシュという方はどうして他ならぬお嬢様に協力を求めたのでしょうか?」
「そのことは、当時の私も疑問だった。お城に着いてからよ、理由を聞かされたのは」
そしてフレーズは、ゴーシュから明かされた驚愕の事実を語った。一同に衝撃が走る。
「おまえが先王の隠し子? ってことは、おまえは本当はお姫様だったってことか?」
「その言い方が適切かどうかは置いといて、王家の血を引く正統な王位継承者だって言われたわ。少なくとも、その時点では」
「その時点では、というのは?」
ポミエがたずねる。ミルティーユはなにか思うところありげに沈黙していた。
「……その話もゴーシュの作り話だったみたいなの。どうやら最初からアイツは私をハメる気だったみたい」
「詳しくお聞かせいただけますか?」
ミルティーユが問う。フレーズは詳細を語り始めた。
ゴーシュの部屋で、彼女が先王の隠し子である証拠の日記を見せられたこと。だが、〈真の神器〉を手に入れたその日の夕方に、王妃ロランジュ殺害の罪を着せられたこと、そのときにはすっかりゴーシュの態度が変わっていて、フレーズは彼にはめられていたと確信したこと。
「なるほど……」
「ミルティーユさん、なにか言いたそうだな」
「後ほどお話しします。お嬢様、続きを」
「わかったわ。あと話した方が良さそうなのは……ゴーシュと一緒に〈真の神器〉を見つけ出したときの話かしら」
フレーズは語りだす。ゴーシュに案内されて〈偽神器〉の隠し部屋までたどり着いたこと。そこでフレーズが簡単な仕掛けを解き、〈真の神器〉の隠された地下室に続く扉を開いたこと。その地下室はゴーシュが探しても見つけられなかったものらしいこと。〈真の神器〉はゴーシュが保管しており、おそらくはすでにロホランの手に渡ってしまったこと。
「俺が盗み出したコイツは偽物だって話だったな」
無一は懐から〈神器〉の指輪を取り出す。
「そう。それには見る人が見れば偽物だってわかる文字が刻まれてる。だから、その偽物をロホランが本物だと思っていたうちは、彼が戴冠するのを阻止できたの。戴冠式の途中でそれが偽物だと誰かが指摘すればいい。戴冠には正統な王家の血統と、神器を持っていることのふたつが必要だから」
「なるほどねぇ……。だが、ゴーシュが最初からロホランの手先だったとすると、ロホランは最初から偽物だってことを知ってたんじゃないか?」
フレーズは少し考え込むような仕草をした。
「……たしかにそうね。ゴーシュがそのことを教えないわけがないし。とすると……」
「……ゴーシュは最初から、ロホランの命令で〈真の神器〉を探してたのかもしれねえな」
「……!」
フレーズは頷く。心のどこかで思っていたことを無一が言い当ててくれたような感覚があった。
少しずつ、絡まった疑問の糸がほぐれていく。
「それじゃあ、これまでの疑問点を整理するわね」
フレーズは現時点で自分が明確に把握している疑問を提示した。
第一に、なぜゴーシュはフレーズが先王の隠し子だという嘘をついたのか。
第二に、フレーズが先王の子という話が嘘であるなら、ゴーシュはなぜ彼女に真の〈神器〉を探すのを協力させたのか。
「他に質問はある?」
無一が手を上げる。フレーズは頷いて応じ、発言をうながした。
「ロランジュ王妃は本当に殺されたのか? おまえが殺ってないことは確実なんだろ?」
「あ、当たり前でしょう⁉ でも、たしかにそれは疑問よね。ロランジュ様の部屋が血まみれになってるのは見たけど、ご遺体を見たわけじゃないし」
「俺もだ。おまえの剣が血に濡れてたが、あれが王妃様の血とも限らないしな」
「でも、私に罪を着せるためだけに、あそこまで大量の血が必要なのかしら」
つかのま無一は考え込むように煙管を咥えた。
「……それはどうか知らねえが、他にもちょいと気になることがある」
「気になるって?」
「あのライデンってオッサンがおまえを見逃したとき、『希望』がどうのとか言ってただろ?」
「たしかに。あれなんのことだったのかしら?」
「その『希望』とやらが、おまえを逃がした理由だったんじゃないか?」
「……そうかもしれないけど、ちょっとなんのことか見当がつかないわね」
「だが『希望』っていうくらいだ。それがなんのことだかわかれば、ロホランたちを倒す鍵になるんじゃないか?」
たしかにそうかもしれない、とフレーズは思う。しかし、ひょっとしたら考えすぎなのかもしれない。どちらにせよ、いまはそのことについて考えるには材料が足りない気がした。
「あの、わたしもひとついいですか?」
「なに、ポミちゃん?」
おずおずと手を上げたポミエにフレーズが目を向けると、彼女は異議を申し立てる弁護人のように両手をテーブルについて立ち上がった。
「フレーズさんのお家はどうしてお金持ちなんですか? この小屋にしても、ミルティーユさんが一括でお金を払ってましたよね?」
「おいおいポミ公、いまはそんなこと関係ないだろ?」
「いえ、そうとも限りませんわ」
答えたのはミルティーユだった。
「ポミエさんの疑問に対する答えは、お嬢様が先ほどおっしゃっていた第一の疑問にも関連しているかもしれません」
「私の出自の話に……?」
フレーズはドキリとした。重大な秘密が明かされる予感に、胸が騒いだ。
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