第27話 露出プレイへの目覚め
「ううぅ、ムラムラが収まりません……」
無一に放り出されたポミエは、夜道を一人で散歩していた。黒い小川の流れ沿いに、トボトボと肩を落として歩く。
先ほど半端に胸を揉まれたせいで、かえってサキュバスである彼女の性欲は飢餓状態に陥っていた。とはいえ、自分で慰めようとするとキリがない。そのことをポミエは経験上知っていた。自分自身で欲望を処理しようとすると、自分自身を干からびさせる結果となってしまうのだ。
際限ない欲望、煩悩は鎮めるしかない。それには散歩と水浴、動物とのふれあいに限る。
(ふふふ。お買い物に行った帰りによさげな泉を見つけておいたのですよ)
というわけで、その泉に彼女は散歩がてら向かっていたのだった。歩くことにより心地よい疲労感を得て、冷たい水に肩まで浸かって身体の火照りを鎮めれば、小屋に帰る頃にはすっかり眠くなっていることだろう。そうすれば夜中にベッドで悶々とすることもなく、ぐっすりと眠れるはずだ。
ほどなく目的の泉に到着した。しかし、思いもよらぬことに、そこには先客がいた。
(あれは……フレちゃん?)
目を凝らしてみると、たしかにフレーズらしい。どこか思い詰めたように水面を物憂げに見つめている。まるで、いまにもその泉に身を投げようとしているかのような……。
(い、いけません! 思いとどまらせなくちゃ!)
声をかけるより先にポミエは走り出していた。
「早まっちゃらめぇーーっ‼」
「きゃあっ⁉」
バシャーーーーン!
大きな水しぶきが上がり、気づけば二人とも泉の中だった。
ちなみに、水は余裕で足がつく深さだった。
「……ふぅ、なんとか泉に落ちるだけで済みました」
「なにがしたいのよっ⁉」
フレーズは拳を握りしめて震えている。相手が相手なら殴っていたかもしれなかった。
「でもフレちゃん、なにか悩みでもあったんですか? さっきはかなり思い詰めていたように見えましたけど」
「…………」
フレーズは返事に困り、しばらく黙り込んだ。
「悩みがある、というか……。わからないことだらけで、自分がなにに悩んでるのかもわからないというか……」
出自のこと。
ロランジュ王妃のこと。
今後どうすればよいのかということ。
考えても答えの出ない疑問が多すぎて、いったいなにに悩んだらいいのかすらわからないというのが正直なところだった。加えて、信用していたゴーシュに裏切られたショックもあった。
「混乱してるんですね」
「……うん」
ポミエは心の底から心配してくれているようだった。
「やっぱり……性の悩みですか?」
「違うっつーの」
フレーズは溜息をついた。やはりサキュバスの感覚はどこかズレている。
「そうですか、フレちゃんも若い性欲を持て余してましたか。えへへ、わたしと同じですね♡」
「一緒にしないでくれる? っていうか話聞いてた?」
「でしたら! わたしと一緒に露出プレイをしましょう!」
「は……はぁ⁉」
なにを言っているのかとたずねる間もなく、ポミエは着ていたものをためらいなく脱ぎはじめた。裸の胸が見え、フレーズは思わず顔を覆う。
「ちょっ……なに脱いでるのよ⁉」
「? 脱がないと露出プレイできませんよ?」
「しないから! っていうかここ外よ?」
「外で裸になるのがいいんじゃないですかー」
ムフン、と自慢げに胸を張る。
「ダメだ……頭痛くなってきた」
「風邪ですか?」
「アンタのせいよっ!」
フレーズは水から上がろうとしたが、濡れた服が肌に張り付いて脚がうまく上がらない。
「う……」
「フレちゃん、脱ぎましょう!」
「いや脱がないから!」
「気持ちいいですよー、自分をさらけ出すのは♪」
「……」
なぜか、ポミエの言葉が胸に響いた。
これまでは、ミルティーユや他の人たちを危険に巻き込むのを避けるために、一人で秘密を抱えてきた。
しかし、先日の一件でフレーズはすでに皆を巻き込んでしまった。無一やミルティーユやポミエが助けてくれなければ、いま自分はこの世にいない。そんな皆に、いまさらなにを隠す必要があるのだろうか。
「……そんなに気持ちいいの? その……自分をさらけ出すっていうのは」
「もっちろんです! 服という虚飾を脱ぎ捨てて、ありのままの自分を大自然の中にさらけだすことで、自分の本当の欲望が見えてくるんです。昔の人は言いました。『服捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ』と!」
「本当の欲望、か……」
自分がいま、なにをしたいのか。王城に来てからいろんなことがありすぎて、それが見えなくなっていた気がする。
けれどポミエの言うように、もう一度ありのままの自分に立ち返ることができれば。
そのためにはきっと、勇気を出して自分の悩みや疑問を皆の前にさらけ出すことが必要なのだろう。
「……まぁ、どのみち濡れたままじゃ帰れないしね。いったん服脱いで絞らなくちゃ」
「おおお! ではついに野外露出を⁉」
「そういうのじゃないから」
瞳を輝かせて見つめてくるポミエの視線が少し恥ずかしかったが、フレーズは着ているものを順に脱いでいった。シャツを脱ぎ、スカートを脱ぎ、下着も靴下も脱いで一糸まとわぬ裸になる。
「……ふふ、たしかに気持ちいいかも」
「むふふ、ついにフレちゃんも露出プレイに目覚めましたか♪」
ポミエは同好の士ができてうれしそうだった。もはや否定するのも面倒なので、フレーズは気にせず夜空を見上げる。
無数の星が瞬いているのを見ると、月並みだが自分の悩みがちっぽけなものに思えた。野外で裸になっているからといって、それがなんだというのか。見ているのは月と星だけだ。
「きれいですねぇ」
すぐ傍のポミエも夜空を見上げて感嘆する。フレーズは頷いた。なんだか、普通にお風呂に入っているのと大して変わらない気がしてきていた。
「……ポミちゃん、私ね」
「はい?」
ポミエはきょとんと首をかしげる。
フレーズは大きく深呼吸して、心に決めたことを告げた。
「私……決めたわ。明日、みんなの前で隠していた自分をさらけだすって」
フレーズは重大な宣言をすると、「お先に」と泉から上がっていった。濡れた衣服を絞り、てきぱきと身につける。
だが、彼女の言葉は圧倒的に説明が足りていなかった。そして、そのことがポミエの壮大な勘違いを招いていたことを、フレーズは知るよしもなかった。
(あわわ……みんなの前で露出を⁉ フレちゃん、いきなりレベル高すぎですよーーっ‼)
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