第25話 真夜中の逃走劇

 ライデンたちの追補から逃れた二人は最寄りの城門を目指して駆けていた。すでに日は落ちていたが、幸か不幸か月が明るい。

 追っ手はライデンとの一幕以来来ていない。兵団長が二人を見逃した手前、部下がそれと逆のことをするのにはためらいがあるのかもしれない。

 目の前の城門まであと少し。


「城門を出さえすればこっちの勝ちだ」


「そうらしいわね」


 フレーズは相づちを打つ。無一のことだからなにか根拠があって言うのだろう。この短い間に、彼女はこの盗賊を信用するようになっていた。


「そうはさせない」


 冷ややかな声が聞こえ、フレーズはぞっとする。なにかが彼女のすぐ横を猛然と追い越し、二人の逃亡者の前に立ちはだかった。

 青白い月光に照らし出されたのは、いつか見たノワという女だった。


「おまえもこっちに戻ってたのか」


「雇い主の希望でな」


 ノワは無一を一瞥したあと、フレーズを見た


「だが私が用があるのはおまえだ、フレーズ。男は逃がしてもおまえは殺すようにと命じられている」


「……〈神器〉を取り戻せ、じゃなくて?」


「答える義理はない」


 ノワが両手にナイフのような武器を構えた。

 すると、無一が彼女とフレーズの間に割って入った。


「どけ男。おまえに用はない」


「そっちがなくてもこっちにはあんだよ」


「無一……」


 心配そうに見つめるフレーズに、無一は言う。


「ミルティーユさんからおまえを助けろって頼まれてんだ」


「馬鹿なのか? 武器もないのになにができる?」


「そうとも限んねえぜ」


 盗賊の手が懐に入る。ノワは瞬時に警戒し、彼が投げたものを空中で切りおとした。

 直後、ノワと無一の間に大量の白煙が噴出した。互いの姿が煙に包まれて見えなくなる。


「……⁉ これは!」


「特製の煙玉だ。なーんも見えねえだろ?」


 ノワに向かって問いの答えを返した無一だったが、


「――馬鹿なのか?」


 気づけば背後を取られ、首元に刃物をつきつけられていた。

 異次元の速さに、フレーズは言葉を失う。


「チッ、広いところで使うもんじゃなかったか」


「……おまえ、私と同じ匂いがするな。死ぬ前になにか言いたいことはあるか?」


 ノワは無一に少し興味を持ったようだった。無一は肩をすくめる。


「そうさねぇ。俺ももーちょい長生きしてえからなぁ。月の女神様にお祈りでもして、守ってもらうかねぇ」


 そう言って呑気に天を見上げる。つられてフレーズも、何気なく空を見上げた。


「月だと?」


 ナイフを確実に敵頸部につきつけながら、ノワも背後の月を見上げる。

 そして、フレーズとノワは信じられないものを見た。

 城壁の上から、槍を持った人のようなものが降ってくる。

 満月を背負って白銀に輝くその女は天使か、あるいは死に神か。



「お嬢様、大変おまたせしました」



「ミルティーユ……⁉」


「――ッ⁉」


 ノワは危機を察知し、無一から離れて背後からの刺突をかわした。

 だが、完全なる不意打ちにさすがの彼女も体勢を崩した。

 そこを横薙ぎの一振りが襲う。ノワは慌てて跳んでかわす。槍に見えていたのは巨大なパラソルだった。

 ついで四条の光が闇にひらめき、宙空のノワを襲う。ノワはこれを二本のナイフで弾いた。が、弾ききれなかった刃のひとつが彼女の服を浅く切り裂いた。ノワの額に冷や汗が浮かぶ。

 弾いた刃が地面に突き刺さっている。いつか見たテーブルナイフだった。

 ノワは自らの得物を両手に構え、目の前に立つ長身のメイドを睨んだ。


「なぜおまえがここに? たしかに海に沈めたはず」


「うふふ、愛の力ですわ♡」


 ミルティーユはパラソルを背負う。

 そして、自ら踏み込んで互いの武器を交わらせた。鋭い金属音が夜気を裂く。リーチの長さと一撃の重さではミルティーユのパラソルが有利だ。

 力比べでは不利と判断したノワが斜め後方に飛び退く。すかさずミルティーユが追いすがり、低く薙ぐような斬撃を放つ。


「お嬢様、お逃げください! わたくしが時間を稼ぎます!」


「でも――」


「迷ってる暇はねえ。ミルティーユさんはまだ本調子じゃねえんだ。あの女相手じゃ長くはもたねえ」


 無一に言われ、フレーズはなんとか自分を納得させた。


「わかったわ。ミルティーユ、どうか無事で!」


「かしこまりました」


 二人はノワを迂回するように城門まで走っていった。さすがのノワも、ミルティーユを相手にしながら二人を通さないようにするのは不可能だった。


 走って城門をくぐると、二人の門衛は壁を背もたれにして寝ていた――ように見えたが、どうやら気絶しているらしい。

 堀にかかる橋を渡る。渡った先に馬車が見え、その手前で少女がこちらに手を振っていた。ポミエだった。


「フレちゃん無一さん、こっちです!」


 導かれるまま馬車に乗り込む。御者はガタガタ震えていた。これから国家への反逆の片棒を担がせられると、いまさら認識したようだ。


 やがてミルティーユが走ってきた。背後の城門からは白煙がもうもうと上がっている。


「御者様、出してください!」


「こ、こうなったらヤケクソだぁ~っ!」


 ミルティーユが飛び乗ると、馬車は猛スピードで走り出した。


「遠慮せず飛ばしちゃってくださいね! 外国で一生遊んで暮らせるお金を払ったんですから! 出し惜しみはダメですよっ!」


 ポミエが御者台に身を乗り出して命令する。普段は他人から下に見られることが多いだけに、たまに立場が上になると偉そうになる彼女だった。


「ええと、なんでみんながいるのかわからないんだけど……」


「なんでって、船に乗ってきたんだよ。俺一人で来るつもりだったんだが、ギリギリになってこの二人も来るって言い出してさ」


 すし詰めの車内に若い女三人とハーレム状態の無一だったが、疲れすぎてそれどころではなかった。目を閉じた三秒後にはもう眠っている。


「ミルティーユ」


「はい?」


 首をかしげた侍女メイドを、フレーズは思い切り強く抱きしめた。


「ありがとう。……ごめんなさい」


「お嬢様……ご無事でなによりでした」


 ミルティーユは愛する女主人を優しく抱きしめ返した。

 馬車は激しく揺れながらあらん限りの速度で王城を、そして王都を離れていく。

 ポミエはやっとひとつにまとまった皆の姿を見て、涙ぐみながらこう思ったという。


(むふふ……これはもう、実質4Pですね♡)


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