第24話 ライデンとの戦い

 フレーズを抱き抱えたまま、塔の三階から飛び降りた無一。

 着地はまず成功といってもよかった。が、無傷というわけにはいかなかった。

 地についた両足は芝生の地面に深くめり込み、一瞬ののち、棒が倒れるように背中から転倒した。


「きゃっ⁉︎ だ、大丈夫?」


 倒れた無一の両腕から這い出しながらフレーズがたずねる。

 無一は被ったパンツ越しに苦しそうに喘ぎながら言った。


「ハァ、ハァッ……すまん、パンツ脱がせてくれねえか?」


「は、はぁ⁉ なに気持ち悪いこと言って――」


「こいつを被ってると、リキむたびに体力が吸い取られるんだ。あいつは魔力とか言ってたが……」


「た、たしかに息苦しそうね……」


 フレーズは彼の頭からパンツを脱がせてやった。


「これってポミちゃんのパンツよね? どうしてこんなの被ってたの?」


「っ……その話は後だ。おまえ、神器を持って先に逃げろ」


「え……」


「さっきの戦いで疲れきっちまった。しばらくロクに走れそうにねえ」


「な、なに言ってんのよ⁉ アンタを置いて一人で逃げるなんて、できるわけないじゃない!」


 脱がせたパンツをスカートのポケットに入れ、重そうな鎧を脱がせにかかる。


「ほら、早く脱いで!」


「……」


 無一は反応しない。苦しげに荒い呼吸を繰り返すばかりだ。

 そうこうしているうちに、後方からいくつもの足音が聞こえてきた。衛兵が駆けつけてきたらしい。

 焦ったフレーズは無一を担いで逃げようと思った。だが、重い身体をなんとか担ぎ上げたところで、前方に十人ほどの衛兵が現れたのが見えた。後方にもすでにほぼ同数の敵が迫っている。


「ったく……逃げろって言ったじゃねーか」


「どうにかするしかないわね。捕まったらアンタも私も縛り首よ」


 再び訪れた、絶体絶命の状況。しかし、フレーズは先ほど塔の三階で似た状況におちいった時よりもいくぶん落ち着いていた。

 大丈夫、きっと切り抜けられる――それは根拠のない自信、というよりは希望だった。


「フレーズ殿、大人しく投降なされよ。貴殿も騎士を志した者なれば」


「ライデンさん!」


 声のした方に顔を向けると、衛兵たちの向こうにライデンの姿が見えた。塔の三階から走って来たのだろうに、全く息が乱れていない。全身を重い甲冑で包んでいるのに、見事なものだ。


「抵抗なさるなら、この場で討たねばなりません。ロホラン様のご命令ですので」


「私は……私は殺されるほどの罪は犯していません!」


 フレーズはきっとライデンを睨んだ。覚悟のすわった目つき。ライデンの周囲にいる衛兵たちが怯む。


「私はロランジュ様を殺してなんかいません! だいたい、殺したいなら昨日絶好の機会があったんです。あなたもそのことはご存知なんじゃないですか?」


「…………」


 ライデンはなにも返さなかったが、言われた言葉を吟味するような気配があった。

 フレーズはさらにたたみかける。


「あなたは近衛兵団の団長なんですよね? だったら王妃様を守るのが仕事のはずです。教えてください。王妃様は本当に亡くなったんですか?」


「黙れ!」


 雷鳴のような怒声が響く。フレーズはすくみあがったが、同時にライデンも震えていることに気づいた。


「……剣を」


 ライデンは近くの衛兵に言って剣を差し出させた。それをフレーズの足下に投げてよこす。


「……なんのつもり?」


 少女の問いに、ライデンは剣を構えながら返した。


「ここから先は剣で語られよ」


「……無茶言うわね」


 フレーズは足下の剣を拾って構える。

 いまはとにかく、相手の言う通りにするしかない。戦ってライデンに勝てるとも思えないが、負けさえしなければ望みはある。無一の体力が戻るまでの時間を稼ぐのだ。


 しばし、無言の睨み合いが続いた。

 夕日は遠くの山の陰に沈み、空は不吉な紫色に染まっている。

 城壁に止まったカラスが「カァ!」と鳴いた。


「ノイムーン王国近衛兵団団長ライデン、参る!」


 名乗りと共にライデンは大きく踏み込んだ。剣光が夕闇の中にひらめく。

 鋭い刃音が鳴った。フレーズはなんとか初撃を剣で受けていた。柄を持つ手に痛みが走り、ついでビリビリと痺れる。

 歯を食いしばってその痺れに耐え、二合、三合と剣を交えた。交えたといっても一方的に相手の攻撃を防いだだけだが、とにかくまだ負けてはいない。

 一撃一撃が重い。打ち込みを防ぐたび、腕の骨がきしむ。柄を持つ手には血がにじんでいた。


「……けど、おじいちゃんの方が速かったわ!」


「むっ⁉」


 そのまま十合ほど白刃を交えるうち、いつしか攻守が転じていた。二人を囲むように立つ衛兵たちが感嘆する。国内最強の剣士の一人とされる兵団長と、それほど剣を交えて立っていた者は珍しい。


「団長殿は本調子ではないな。剣が迷っておられる」


 誰かがそう呟いた通り、ライデンは迷っていた。目の前の少女は果たして罪人なりや、ということもあるが、それだけではない。


(この太刀筋は、我が師フレッドの……)


 若かりし頃、剣の指導を受けた高名な騎士、フレッドの姿が目の前の少女と重なる。

 とはいえ、彼女の剣技そのものがライデンのそれを上回っているわけではない。フレーズの剣は荒削りで無駄な動きが多く、守勢に回ったとはいえ、ライデンは彼女の攻撃を軽くいなすだけでよかった。


 だが、隙がない。一向に攻勢に転じられない。なぜか。


気魄きはくの差だ……)


 そう、彼女は――フレーズはすさまじいまでの気魄で彼我の実力差を埋めていた。すなわち、ライデンは気魄で負けていたのだ。しかし、なぜ……。

 再び、ライデンはフレーズの背後に恩師フレッドの幻影を見た。その幻影が言う。


『最も強い者、それは己が信じる正しさのために剣をふるう者だ』


「……ッ⁉」


「やぁあああ――――ッ‼」


 フレーズが剣を振りかぶる。瞬時にライデンは悟った。もはや逃げることはできないと。

 次の瞬間。


 キィィィイイイ――――――――ン!


 鋭い音と共に、一本の剣が宙空に舞い上がった。水車のように旋回しながら落下し、地面に突き刺さる。


「あ…………」


 剣を無くしたフレーズは、ただ呆然とした。

 完全に優勢だと思い込まされたあと、たった一撃でそれを否定された。まさに完敗だ――再起不能なほどに。

 目の前でライデンが剣を振り上げる。フレーズは目をつぶった。

 

 ざくり。

 剣が刺さる音がした。

 フレーズは目を開ける。


 ライデンの剣が、足元の地面に突き刺さっていた。


「行け!」


「え……?」


 困惑するフレーズの前で、ライデンは腕組みをしてどっかりと地面に座った。

 ……訳がわからない。


「さっさと行け! 己が正しいと思うのなら機会を逃すな!」


「な、なんで……」


「貴殿らに我が希望を託す! 私の首を無駄にするなっ!」


 そう言い終わる頃には、ライデンの声は震えていた。



「行くぞ」


 いつの間にか鎧を脱いで立ち上がっていた無一が、フレーズの肩に手を置く。

 フレーズは頷いて無一の顔を見た。彼は子供のように無邪気な笑みを浮かべていた。


「かっこいいねぇ。あれが本物の騎士ってやつか」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る