第22話 正体

 真の〈神器〉を手に入れた二人は、ひとまずゴーシュの部屋まで来た。


「どうするの、それ?」


 対面する二人の間に置かれたテーブルの上に、先ほど手に入れたばかりの〈神器〉が置いてある。見れば見るほど、フレーズにはただの銀色の指輪にしか見えなかった。


「ひとまず明日協議しましょう。それまでは貴女が持っているべきかと。もちろん誰にも悟られてはなりませんが」


「私が……?」

 にわかにフレーズは不安に駆られた。彼女にとって敵地であるこの城の中で、とりあえず一晩だけとはいえ無事に〈神器〉を守り切れるだろうか。


「……わかりました。では今晩だけ僕が保管しておきましょう。この部屋に置いておけば安全という意味では一番だ」


「そうね。お願いするわ」


「命に変えてもお守りします」


 それで、その日のゴーシュとの冒険は終わりとなった。


 自室に戻った途端、フレーズは緊張の糸が切れ、疲れ切ってベッドに倒れ込んでしまった。意識が遠のいていく感覚があり——

 突然、扉が激しく叩かれる音でフレーズは飛び起きた。窓の外はもう日が落ちかかっている。数時間ほど眠ってしまっていたらしい。

扉を開けると衛兵が二人立っていた。フレーズは首をかしげ、用件をたずねる。

「確認したいことがあるので、同行していただきたい」



 衛兵たちに連れて行かれたのは、ロランジュが幽閉されている塔だった。

 三階にあるロランジュの部屋の前に立たされ、扉を開けるように言われる。

 不審に思いながら言われた通りに扉を開けた瞬間、フレーズは凍りついた。

 

 目に映ったのは、床一面の赤。

 絨毯ではない。部屋の床の全域を覆っているのは、鮮血の海だった。

 その海に落ちた一筋の稲妻のごとく、一本の剣が落ちている。


「あれって、まさか……」


「貴女の剣で間違いありませんか?」


「そ、そうだけど、なんで……」


「まさか、ロランジュ様を殺害するとは」


 耳慣れた声が聞こえ、フレーズはゆっくりと振り向いた。


 数人の騎士を背後に従えた、ゴーシュがそこにいた。


「ゴーシュ、これはどういう……」


「こっちが聞きたいね。なぜ王妃様を殺した?」


「ち、違う! 私じゃない!」


「では、なぜ貴女の剣が?」


「それは……だって、私の剣は昨日ロホランに取られたじゃない! あなたも見たでしょう?」


「はて? 記憶にありませんね」


「ゴーシュ……?」


 ぐらり、と足元の床が揺れたような気がした。


「その女か、ロランジュ王妃を殺めたというのは」


 低く威厳のある声が響く。

 コツコツと靴音を立てて、衛兵たちの中からロホランが歩み出た。ゴーシュの横に。


「……そういう、ことだったの?」


「そういうこと、とは?」


 ゴーシュはフレーズにわざとらしく首を傾げてみせる。


「……騙したの? 最初から全部嘘だったの? じゃあ、私が先王様の子供って話も……」


「ははっ、気でも狂いましたか? 騎士を夢見る田舎の島の健気な少女の噂を聞いて、将来有望と勘違いしてしまった僕が馬鹿だった。自分が先王の子などと言い出すとは、とんだ妄想女だ! しかし、よりによって王妃様を殺害するとは」


「っ……」


 フレーズは唇を噛んだ。悔し涙があふれる。信用してたのに、まさか……。

 いや、彼はもう私の知っているゴーシュじゃない。あの笑顔は、最初から偽りの仮面だったんだ。


「娘よ、おまえがその剣で殺めたのかと聞いているのだ」


 ロホランが平然と言う。昨日彼女の剣を奪ったことなど覚えていないかのようだ。


「殺めたですって? 昨日は殺せって命じたくせに!」


「なんの話かな?」


「ロホラン様、相手にする必要はありません。彼女は王妃様を殺めたばかりで気が動転しているのです」


 もはや疑う余地はない。フレーズは自分がはめられていたことを確信した。

 なぜ自分が、という疑問はあるが、いまはそのことについて考えている場合ではない。

 フレーズはさっと跳躍して自分の剣を掴んだ。床が血で濡れていて足が滑ったが、なんとか転ばずに踏ん張った。持ち手に付着した血の感触が気持ち悪い。が、そんなことも言ってはいられない。

フレーズが室内に踏み込んだことで、衛兵たちも何人かが入室していた。背後の小さな窓は赤ん坊の頭すら通さないだろう。出口の前には敵。逃げ場はない。


「捕らえよ」


 槍を持った三人の衛兵が、フレーズを半月状に囲んだままじりじりと距離を詰めてくる。

 フレーズは剣先を向けて威嚇したが、相手が怯んだのは一瞬だった。


 すぐに中の一人が槍で剣を叩き落とし、意外なほど素早い動作でフレーズの背後に回って羽交い締めにした。

涙でにじむフレーズの瞳には、勝ち誇った顔のゴーシュとロホランが映っていた。


「おー、若いくせにいいケツしてるねぇ。俺好みのデカケツだ」


「……は?」


 背後の衛兵が——兜で顔はわからないが——ニヤニヤしながらフレーズの尻を触っていた。


(やだ、コイツこんなときに私のお尻を――⁉)


 人前でお尻を撫で回されているという意識が、非常時にも関わらず少女の羞恥心を煽る。フレーズは顔が熱くなるのを感じた。

 しかも、なんだか手つきが妙にいやらしい。まるでフレーズの尻の形を知っていて、「この尻は俺のものだ」とわからせてくるかのような、絶妙な撫で方、揉み方をしてくる。フレーズは泣きたくなった。こんな風に無理やり、しかも大勢の男たちが見ている前で、いいようにお尻を撫で回されるなんて……。


「へへへ、パンツの色は何色かな? 白かな? それともいちごパンツかな?」


(いちごパンツ……?)


 フレーズはいまや聴衆と化した者たちを見た。

 衛兵たちどころか、ゴーシュやロホランまで呆然と口を開けている。


「……いちごパンツだったら、なんだっていうのよッ⁉︎」


 羽交い締めにされていた両腕を強引に抜く。

 振り向きざまに背後の兵の股間を目掛け思い切り膝を蹴り上げた。


「ぐはッ……⁉︎」


 男の体が血まみれの床にどうと倒れた。全身鎧に守られていても、股間への膝蹴りは効いたようだ。


「こんな時にお尻触んないでよ、ヘンタイ!」


 倒れた男の顔を足で踏みつけながら、フレーズは言った。

 だが、その表情からは次第に怒りが消え、かわりに笑顔が浮かんでいく。


「わりぃな、助けに来るのが遅くなった」


 倒れた男は兜の下で笑った。

 言うまでもなく、彼は無一だった。

 

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