第21話 真の〈神器〉
ゴーシュに連れてこられたのは、王宮からほど近い建物だった。水平方向に長いそれは、この城の宝物館だという。
「ここが神器の間……」
案内された部屋の中で、フレーズは久しぶりに口を開いた。
「正確にはまだその入口に過ぎません。さぁ、急ぎましょう。貴女がここにいることが見つかるとまずい」
「そうでした……コホン、そうだったわね」
周囲を見回す。いまの時間はゴーシュの直属の部下が宝物館の警備をしているが、本来ここを警備するはずの兵が戻ってこないとも限らない。そうなれば、フレーズがいることを見咎められる可能性が高い。
今朝、フレーズはゴーシュから自分が先王の実子であるという衝撃の事実を知らされた。そのままロホランを失脚させるために必要な〈真の神器〉を手に入れるべく、神器の間と呼ばれる部屋に来ている。
だが、ゴーシュは別として、部外者であるフレーズは本来なら神器の間どころか宝物館にも入ってはいけないらしい。だから〈真の神器〉を探す際の行動はゴーシュの直属の部下以外には知られてはならず、秘密裏に行う必要があった。
(だったら、ゴーシュ一人で探してくれた方が安全そうなものだけど)
そうは思うものの、彼のことだからまだ話していない理由があるのかもしれない。
「で、あの台座の上にあるのが〈神器〉なの?」
フレーズは部屋の中央に置かれた台座の上を指さした。ガラスのようなケースが置かれ、中になにかが入っているように見える。
「いえ、あれは偽〈神器〉ですらありません。ただのフェイクですよ」
「はい?」
「もともと〈神器〉はこの部屋に安置されていました。ですがエゼル様はロホラン様の手に渡らぬよう、〈神器〉を二重に隠されたようなのです」
ゴーシュはそう言うと、壁際に立ってフレーズを手招いた。
「ご覧ください。この足下のタイル、なにか変ではありませんか?」
「これは……足跡みたいなものが描かれてるわね」
「ただ踏むだけでは、なんら反応しません。が……」
ゴーシュは近くにあった小さな椅子を引き、それに座って靴を脱ぎはじめた。
「裸足で乗ると、この通り」
と、いきなり壁の一部が淡い色に光ったかと思うと、横にスライドして隠し部屋への入り口が開いた。予想外の出来事に、フレーズはポカンと口を開ける。
「い、いまのは?」
「エゼル様は非情に優秀な魔術士を個人的な臣下として抱えていました。エゼル様の崩御後は行方をくらましてしまいましたがね。とにかく、〈神器〉はその魔術士が作った魔術的な仕掛けによって隠されています。いわばエゼル様は、〈神器〉の隠し部屋そのものを〈魔道具〉で作らせたのです」
ちなみに裸足なのは〈魔道具〉を作動させるためだという。〈魔道具〉の多くは起動時に人間の魔力を使用するのだが、魔力を送り込むには素肌で触れるのが最適なのだそうだ。
開いた入り口から二人は奥の部屋に入った。薄暗い室内は魔術的な灯りで照らされ、狭い面積の中央に台座が置かれている。台座の上には、先ほどの部屋にあったような透明のケースが置かれていた。
「あれが……」
「ええ、〈神器〉です。ただし『偽』のね」
透明な蓋をあけ、ゴーシュは中に保管されていた金属製の指輪のようなものを取り出す。
「ご覧ください。小さく文字が刻まれているのが見えますでしょうか?」
「見える……けど、なんて読むの?」
「『神器は正統な血統の者に』。神聖文字で書かれているので、読めなくて当然です」
「では、この文字が」
「はい。エゼル様が偽物とわかるように刻んだ文字です。もっとも、実際に刻んだのは神聖文字を理解する魔術士でしょうがね」
ゴーシュは偽〈神器〉を元の場所に戻し、蓋を閉めた。フレーズに見せた後は、もはや必要ないということだろう。
「ロホランはこれを本物の〈神器〉だと思ってるのよね」
「そのようです。あの隠し扉の謎を解いた時点で、すでに自分は本物を手に入れたと確信したのでしょうね。ですが、先王様の聡明さはそのさらに上を行ったというわけです」
ゴーシュは自分のことのように自慢げだ。フレーズは苦笑した。
「でも、ロホランが気づかないんだから、この偽〈神器〉は本物と見分けがつかないくらい精巧ってことよね? なら、これを堂々と使って戴冠式を行うこともできちゃうんじゃ……」
「その可能性はあります。だからこそ、それを止めるには本物が必要なのです。でなければそれが偽物だということを証明できませんからね」
「なるほど……」
おそらく、本物の〈神器〉には文字など刻まれていないのだろう。そのことによってさっき見た〈神器〉が偽物だと証明はできる。
しかし、いざ戴冠式の日にそのことを指摘されたところで、ロホランが「文字は後で入れた」などと言い訳して強引に乗り切ってしまう可能性もゼロではない。
いずれにしても、真の〈神器〉は確実にこちらの手の中にあることが重要なのだ。
「ですが、ここから先がわからない。この隠し部屋のどこかに、真の神器に至るための鍵か何かがあるのだとは思うのですが……」
ゴーシュは「お手上げだ」というように肩をすくめた。きっとすでに何度も探したあとなのだろう。
「しかし、エゼル様の実の御息女である貴方様なら、必ずや彼の残した謎の答えがわかるはずです!」
「えぇー……」
そんなこと言われても困ってしまう。ゴーシュが考えても解けなかった謎を解けだなんて、急に言われても……。
「……ん?」
ふと、先の台座の向こうの壁に気になる模様を見つけた。フレーズは歩み寄って顔を近づける。
(手の形? まさかね……)
さっきは足跡のような模様の上にゴーシュが裸足で乗ることで魔術装置が発動し、隠し部屋への入り口が開いた。
しかし、いくらなんでも同じ仕掛けということもないだろう。だいたいこの程度の仕掛けならゴーシュがすでに気づいていそうなものだ。
いちいち報告して違っていたら恥ずかしいので、フレーズは自分で試してみることにした。壁に刻まれた両手の形の模様に自分の両手を重ねる。
どうせなにも起きっこない。そう思っていたとき。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……‼
突如、部屋全体が揺れはじめ、気づけば床の一部に四角い穴が開いていた。
暗くなっている穴の奥に、こちらから降りられるよう階段が続いている。
「ち、地下室への入り口だと……⁉」
「行ってみましょう!」
本気で驚いているゴーシュに声をかけると、彼は我に返ったように飛び上がった。それから、駆け出してフレーズより前に地下室に入っていった。
階段を降りた先にあった地下室は、偽〈神器〉の部屋と似ていた。狭い円形の部屋で、中央にいままで見てきたものと同じような台座が置かれている。
その台座の上に安置されていたものこそ、真の〈神器〉だった。
「これが真の〈神器〉……」
ゴーシュが金属製の指輪を手に取り、確かめるようにまじまじと眺める。
フレーズもひと目みたいと思ったが、ふと、それとは別に気になるものを見つけた。
「ねえ、そのケースの中にある紙って?」
ゴーシュは言われて初めて気づいたように、その紙を手に取った。それなりに分厚く大きな紙で、公式の文書に用いるもののように思われる。だが、フレーズの位置からではなにが書いてあるのかを読むことはできない。
ゴーシュは一瞬、青ざめたような表情になった。
「どうしたの?」
「……行きましょう。長居は無用です」
ゴーシュは紙を元の場所に戻すと、真の〈神器〉を大切そうに握り、出口側にいたフレーズを追い立てるようにして階段を上がった。二人が上りきったところで、隠し階段の入り口の床が固く閉ざされる。
「あの紙、いらなかったの?」
「ああ、大したものではなかったので」
ゴーシュはいつもの人のいい笑顔に戻っていた。
「これこそが本物の神器だ、と書いてあったのですよ」
「なら、あったほうがよかったんじゃ……」
「どのみち、この真の〈神器〉と偽〈神器〉を比べれば、どちらが本物かは明白です」
それもそうね、とフレーズは思った。
「さ、急ぎましょう。僕は〈神器〉の間に入ることを許されているとはいえ、あまり長居すると怪しまれますからね」
用心の結果、宝物館を出るときも誰かに見られずに済んだ。
真の〈神器〉はいまやゴーシュのポケットにあり、それを見咎める者はいないだろう。
フレーズたちは、ひとまずロホランよりも先に真の〈神器〉を手にすることができたのだ。
「フフ……あとはどう退場していただくかだ」
ゾッとするような笑みが、ゴーシュの顔に浮かんだ。
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