第20話 隠された真実

「首の皮一枚で繋がりましたね」


 ゴーシュは安堵したようにホッと息を吐いた。

 ロランジュの幽閉されていた建物を離れ、ようやくフレーズと二人きりになった時である。そこは客用の宿泊施設のような場所だった。


「ごめんなさい……。私、騎士失格ですね」


「とんでもない。むしろ尊敬し直しましたよ。あなたこそ真の騎士だ」


 その反応にフレーズは驚く。てっきり失望されるものと思っていたのだ。


「正直、僕もあの展開は予想していませんでした。まさかロホラン様が王妃様殺害を忠誠の誓いとしようとは……。辛い選択に立たせてしまい、申し訳ありませんでした」


「い、いえ……。というか、てっきり私、あの時ゴーシュさんにも試されていたのかと」


「貴方様を試すだなんて、とんでもありません」


 苦笑しながらゴーシュはとある部屋の扉を開けた。


「お疲れでしょう。ひとまず今日はこちらでお休みください。」


 室内はそれなりに居心地がよさそうで、フレーズはまだ自分がゴーシュの部下ではなく客として扱われていることを感じた。


「あの、ゴーシュさん?」


「お気に召しませんでしたか?」


「いえ、そうじゃなくて……どうして私にここまで優しくしてくれるんですか。それに、ずっと敬語だし」


「僕は誰に対しても丁寧な言葉遣いで話すことを心がけているのですよ」


「でも私、もうゴーシュさんの部下になったんですよね」


「……」


 少し迷うような表情を見せたゴーシュだが、すぐにいつもの笑顔に戻った。


「明日その理由をお話しします。なぜ他ならぬ貴女をここにお連れしたのか、その理由も含めてね」



 明朝。フレーズはゴーシュの部屋に招かれた。


「ここは僕の私室のようなものです。警備の兵も僕の私的な家臣でロホランの息のかかっていない者。周りを気にせずに話せます。どうぞおかけください」


 勧められて対面のソファに座った。

 正面の壁に掛けられた肖像画と目が合う。若く端正な、優しそうでどこか懐かしい雰囲気を持つ男の顔。


「あの絵の人って、たしか……」


「エゼル王様です。肖像画のひとつを譲り受けたのですよ」


「あれが先王様……ずいぶんお若く見えますね」


 なぜかその肖像画から目を離せない。


「先王様はひと月前、三十七歳の若さでこの世を去られました。この肖像画が描かれたのは国王の座についたころでしょう」


 僕がお仕えできたのは亡くなる前の二年間だけ。もう少しご活躍を見ていたかった――ゴーシュはそう述懐した。


「……すみません、変なこと聞いちゃって」


「いえ、これからするお話と関係のあることですので」


「というと?」


 ゴーシュは真剣なまなざしをフレーズに向けた。


「フレーズ様。ここから先のお話は一度聞いたら後戻りできません。覚悟はよろしいですか?」


「……はい」


「わかりました。では包み隠さずお話しします」


 緊張を落ち着かせるような間を少し開けて、言った。



「フレーズ様、貴女はエゼル王様の御息女だ」



「……はい?」


「貴女は先王エゼル様がお遺しになった、ただ一人の御息女です。つまり王家の血統であり、正統な王位継承権を持ちます」


「ええと……冗談ですよね?」


「あぁ、どれだけ言いたかったことか。やっとひとつ肩の荷がおりました」


「いや、あの……私、生まれも育ちもメロー島ですよ?」


「島には生後間もなく引き取られたことは、ご自身でもご存知なのでは?」


「で、でも、私の両親は私が生まれたあとすぐに亡くなったって」


「エゼル様は王太子だった若い頃、諸国を周遊されておりました。そして即位直前の二十歳の頃、とある女性とお子を設けられた。それがフレーズ様、貴女です」


「そ、そんな話……」


 ゴーシュは執務机の上に乗っていた分厚い本を手に取った。


「エゼル王直筆の日記です」


 その本を、フレーズにも見えるようにページを開く。


「『第一子誕生。健康な女児。フレーズと名づける』」


「……」


「お相手の女性はいわゆる平民でした。素性卑しい方ではありませんでしたが、王族入りは認められなかった。貴女の存在は秘匿されることになりました。将来の後継者争いに問題が生じないようにするために」


「……」


「しかし、実際には先王様はフレーズ様より他にお子を成さずに亡くなられた。いえ、はっきり申し上げましょう。ロホランに謀殺されたのです。ロランジュ王妃を利用して」


フレーズは自分の身体が震えていることに気づいた。いろんな考えが頭の中を駆け巡り、思考がまとまらない。暑いのか寒いのか、悲しいのか怒っているのか、それもよくわからない。一言でいえば、彼女は混乱の極みにいた。


「これがどういうことかわかりますね? ロホランは、貴女にとってただ一人の肉親を殺したかたきなのです」


「私が……先王様の一人娘?」


「はい。よって本来ならば『殿下』と呼ばねばなりません。貴女は正統な王室の一員であり、王位継承権保持者なのですから。それが、僕が貴女様を敬い、そしてお仕えする理由です」


 そう言うとゴーシュはソファから立ち上がり、フレーズの傍に左膝を立ててひざまずいた。

「ちょ、ちょっと、何を——」


「この時を待っておりました。エゼル王様の御息女である貴女にお仕えする騎士となる時を」


「あ、頭を上げてください」


「どうか、このゴーシュめに忠誠を誓わせてください。貴女のお父上であるエゼル様の時より変わらぬ忠誠を」


「そんな、急に言われても……」


ゴーシュはフレーズの足にキスでもしそうな空気だった。だが、さすがにそこまではせずにゆっくりと顔を上げた。


「お分かりになりましたね。僕が貴女をここにお連れした理由が」


「……」


「迷っておられるなら、かわりに申し上げましょう」

ゴーシュはフレーズの目をまっすぐ見ながら言った。


「ロホランから〈神器〉を奪い、ひいては王座を奪い返すこと。これは他ならぬ貴女が成すべきことなのです! いや、貴女にしかできないことだ!」


「…………」


「誓ってください。亡きお父上、エゼル王様の前で。ロホランの王位簒奪を阻止し、お父上の無念を晴らすと。そのために必ず〈真の神器〉を手に入れ、王座を奪還すると」


「……」


フレーズはエゼル王の肖像画を見る。正直に言うと彼が父だなんて気はしないが、少なくとも殺されるべき人物ではなかったはずだ。彼の無念は、誰かが晴らすべきなのだろう。それなら。


「……王座奪還とかはよくわからないけど。でも、わかりました。私がやらなきゃいけないなら、〈真の神器〉を必ず手に入れると誓います」


「ではお命じください。敬語ではなく臣下に対する言葉で。『真の神器の場所まで案内せよ』と」


「わかったわ。じゃあ……ゴーシュ。あなたに命じます。真の神器の場所まで案内しなさい」


「仰せのままに。我が主」


 ゴーシュは立ち上がり、うやうやしく敬礼した。





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