第19話 忠臣ライデンと悲劇の王妃

 夕陽が燃えつきる寸前の儚い光であたりを赤く染めていたころ。

 若い王妃が幽閉されている塔に、野太い男泣きの声が響いた。


「うぉおおおおおンッ……! ロランジュ様、よくぞご無事で……!」


「しーっ。ライデン、声が大きいわ」


 注意したロランジュも涙ぐんでいる。

室内で向かい合っている二人は、似ていない父と娘のように見える。


「だって、あんまりではないですか! あなた様を、エゼル王様のお妃であったあなた様を殺そうとするなんて!」


「落ち着いて。ここに来ていると知られたら、あなたも騎士団長の任を解かれるだけじゃ済まないわ。そうなったら、このお城にわたしの味方は一人もいなくなる」


「ですが、あなた様は無実なのですぞ! 殺されるいわれなど」


「無実だと証明する証拠はありません。反対に、わたしがエゼル様を毒殺したと疑う証拠はある」


「王妃様がエゼル王様を殺めるはずがないではありませんか! だってあなた様は、彼を心から愛していた!」


「……」


ロランジュは顔を手で覆った。あふれてきた涙を拭くためだった。


「たしかにお年は離れていましたが、お二人の愛は本物でした。私はエゼル様とあなた様のご夫妻にお仕えできて幸せでした。それなのに……」


「泣かないで、ライデン。貴方に泣かれたらわたしが泣けないでしょう。ね?」


「すみません、ですが……ううっ……」


 すすり泣きを止められない兵団長の姿に、部下の衛兵たちも涙ぐんでいた。


「ロホランはわたしにどうしてもいなくなってほしいみたいです。わたしが死ぬ日は近いでしょう」


「なにを言いますか! なりません、諦めては!」


「いいんです。きっとこれがわたしの運命さだめ。あの人が呼んでるんだわ」


「いいえ、違います! あの御方なら生きろと仰るはずです!」


「……」


 ライデンはロランジュの細い肩を掴んで言った。


「どうか悲観なさらないでください。私がきっと、貴方様を守って見せます! 近衛兵団団長の意地にかけても! あぁ、私がロランジュ様の警護から外されていなければ、初めからこんなことには……」


「……もう行って。これ以上はあなたの身が危ないわ」


「お願いします! どうか、どうか諦めないでください……! お二人の、エゼル様との愛のためにも……!」


 ライデンの顔は泣きすぎてぐちゃぐちゃになっていた。凛々しく男らしい普段の面影はどこにもない。そのみっともない姿が、このときに限ってはロランジュに勇気を与えた。


「……ふふ、そうね。ありがとうライデン。もう少し頑張ってみるわ。それから、顔を拭いて。ひどい顔よ」


「ううう……」


ライデンは渡されたハンカチで顔を拭いた。こうなると彼の方が子供のようだ。


「使い終わったら鎧の中に隠してね。わたしと会ったことを気づかれないように」


 泣きながらうなづくと、ライデンは起立して一礼した。

去ろうとするライデンに、ロランジュは少し迷ってから声をかけた。


「それから、あのお方、フレーズさんに会ったらお礼を言ってくださいね。あのお方こそ、真の騎士です。彼女の勇気のおかげで首の皮一枚つながりました」

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