第13話 極秘の計画
「いやぁ~、お助けするのが間に合ってよかった。我ながら奇跡的な運の良さでした」
人払いをした船室の中。フレーズと二人きりになったゴーシュは、対面する椅子に座るとようやく安堵した表情を見せた。
「それで、私に話って?」
フレーズは少し緊張しながらたずねる。眼前の相手ほどの美青年と二人きりになるのは、生まれて初めてのことだった。
その美青年が、再び表情を固くする。
「……この話を聞いた者は、正義に対する責務を負うことになります。貴女が正義の騎士であると見込んでお話しするのです」
「ええと……その前に、あなたは何者なんですか? ゴーシュって名前と騎士団長って話は聞きましたけど」
「失礼、急ぎすぎてしまったようですね」
ゴーシュは照れたように微笑んで言葉を継いだ。
「仰せの通り、現在の僕の地位は国王直属の騎士団長ということになっています。先王エゼル様の治世では副長を務めておりました」
「お若いのにご立派ですね」
「いえ、運がよかっただけですよ」
フレーズの賞賛に、若き騎士団長は照れたように謙遜してみせた。
「さて、ご存じかと思いますが、先王エゼル様はひと月ほど前に崩御されました。後継者をお決めになる前に急逝されたため、いまは彼の叔父にあたるロホラン様が国王代理を務めています」
「一応、話には聞いてます」
「そのロホラン様についてですが……」
ふいにゴーシュは周囲を確認し、声を潜めて言った。
「彼には王位簒奪の疑いがあるのです」
「王位簒奪って……! つまり、自分が王様になるために前の王様を――」
「ええ。彼が毒殺した疑いがあるのです。自ら隣国より招いたとされる王妃様と結託して」
「毒殺⁉ でも、王妃様ってたしか相当お若いんじゃ……」
驚愕するフレーズにゴーシュは頷いてみせる。
「ロランジュ王妃は現在14歳。ですが彼女の私室から、先王エゼル様に寝所で飲ませたと思われる毒が見つかりました。彼女の祖国であるクノート王国にのみ自生する、特殊な植物から精製される非常に珍しい毒です」
「そんな……。でも……」
「仰りたいことはわかります。ロホラン様が関与した証拠はあるのか、ということですね?」
フレーズが沈黙で応えたのを見て、ゴーシュは話を続けた。
「残念ながら直接関与を示す証拠はありません。そもそも彼は次期国王と目される存在。疑いを持つことすらある種のタブーとなっている」
「だったら――」
「ですが、傍証ならいくらでもあります。第一に動機です。彼は長年エゼル様を憎んでいました。なぜ、先々代の王より王位を継承したのが、弟の自分ではなく青二才の息子なのかと」
エゼル王が王位を継承したのが二十歳を少し過ぎた頃、崩御した時点では37歳だったという。
「たしかにロホラン様は非常に有能なお方です。国軍の総大将として先々代の王を支え、王国の平和を築いてこられた。しかし、だからこそ時に軟弱と評される先王エゼル様が許せなかったようです」
「……優しい王様だったと聞いてます」
「ええ、とてもお優しいお方でした。僕のような若造の騎士にも。それをあのロホランは……」
悔しさと怒りが、先王に仕えた若者の声ににじんだ。膝の上で握りしめた拳が震える。
「……疑わしき点は他にもあります。エゼル様が崩御されるや、ロホラン様はすぐに法王様を招聘すべく遣いを出しました。戴冠式を行い、正式に王位を継承するためです。異様なまでの手際の良さです。前もってエゼル様の死期を知っていたからとしか思えません」
興奮したように早口でまくしたてる。フレーズは無言で頷いた。彼の言うことには説得力があるように感じる。
「その戴冠式っていうのは……」
「十日後に行われる予定です。そして、その十日という期間が僕たちに残された猶予なのです」
いきなりゴーシュに手を握られ、フレーズは思わずドキリとする。
「フレーズ様、すでに重大なことをお話ししてしまったことをお許しください。僕は貴女にロホラン様への叛逆の加担をさせてしまったようなものだ。しかし、それは貴女が僕と同じ志を抱く者であると確信しているからこそなのです」
「ど、どういうことですか?」
「……これまでの話を、そしてこれからお話しすることを、誰にも話さないと約束していただけますか?」
「わ……わかりました」
気圧されてフレーズは約束してしまった。
「ありがとうございます。あぁ、貴女は僕の女神だ……」
感涙さえ浮かべるゴーシュに、フレーズは勝手なものだと苦笑するしかなかった。
「これは絶対に口外無用ですが……僕はロホラン様の王位簒奪を阻止したいと考えています。つまり、彼が戴冠式を通じて正式に王位を継承するのをなんとしても阻止したいのです」
「でも、どうやって? 戴冠式を邪魔するわけにもいかないし」
フレーズがたずねると、ゴーシュは少しの間を置いてから言った。
「ひとつだけ、方法があります。王城のどこかに隠されている〈真の神器〉が彼の手に渡らないようにするのです」
「〈真の神器〉?」
「……残念ながら、すでにロホラン様は〈神器〉を手にしています」
「え? じゃあ――」
「ですが、それはいわば偽〈神器〉。本物ではないのです」
「偽物? なら本物はどこに」
「先王様が王城のどこかに隠されたようなのです。聡明なるエゼル様はお亡くなりになる前にロホラン様の陰謀に勘づかれたのか、万が一のためと〈神器〉の偽物を用意された。もっとも、ご自身の死を避けることはできなかったのですが……」
俯いたゴーシュの無念が落ち着くのを待ってから、フレーズはたずねた。
「……そのことを、ロホランは?」
「いまのところ気づいてはおりません。自分が偽の〈神器〉を掴まされていることも。ですが、気づくのは時間の問題かと」
「というと?」
「偽〈神器〉には、それとわかる印が刻まれているのです。だからこそ、ロホラン様の戴冠を防ぐことができるのですが……」
「あ、そっか。戴冠式で王位を継承するには、たしか〈神器〉が必要なんですよね」
「はい。正統な王家の血統と〈神器〉の所有。このふたつが王冠を戴くための条件となります」
それは神話の時代より、神々の末裔とされる王家の一族が代々受け継いできた伝統とされていた。
「ええと……つまり、いまロホランが持ってるのは偽の〈神器〉で、だからいまのままでは王位継承者にはなれない。でも本物の〈神器〉は王城のどこかにあって、そのことにロホランが気づく可能性があると」
「仰るとおりです」
「だからゴーシュさんは、それがロホランの手に渡らないようにしたいってことですか? 彼に王位を継承させないために」
「まさしくその通りです! 真の〈神器〉を彼より先に手に入れ、それを彼の手の届かないようにすることこそ、王位簒奪を防ぐ唯一の確実な方法! さすがはフレーズ様、清く美しい上に聡明でもいらっしゃるとは!」
「お、オホホホ、そんな大したものでは」
謙遜しつつも、内心では褒められてうれしいフレーズである。
「……でも、どうしてそんな重大な話を私に?」
それはフレーズにとって当然の疑問だった。次期国王候補のロホランに王位簒奪の疑いがあるとしても、自分がそれを阻止する役に適任とは思えない。
するとゴーシュは、ひときわ真剣な口調で言った。
「ご疑念を抱かれるのは当然です。ですが、いまはそのことだけはお話しできないのです」
「どうしてですか?」
「……申し訳ありません、いまはおたずねなさらないでください。しかるべき時が来たら必ずお話しします。ですが、万が一あのことがロホラン様に知られたら貴女の命が――」
なにかを言いかけて、ゴーシュははっと口をつぐんだ。
「……とにかく、貴女を共に正義を志す騎士だと見込んでお話したのです」
まっすぐ見つめてくる瞳に引け目を感じ、フレーズは目線を落とした。
「でも私、その……『自称』騎士ですよ? たぶん知ってると思いますけど」
「称号など、この際問題ではありません! 騎士にとって真に重要なのはその高潔な精神、志です! そうは思いませんか?」
その言葉にフレーズははっとした。つい最近、自分が無一に対して言った言葉と重なったからだ。
「……少し考えさせていただけませんか」
「わかりました。ですが、僕たちにはあまり時間が残されていません」
一秒でも惜しいというように、ゴーシュは椅子から立ち上がった。
「二日後の朝にはここを発ち、王都に戻る予定です。勝手で恐縮ですが、それまでにご決断を。僕と共に明後日の船で王国に渡り、ロホラン様の野望を阻止するか。あるいは初めからなにも知らなかったようにこの島に残って暮らすか」
「……二日後の朝ですね」
確認して、フレーズも立ち上がる。「では」と一礼して退室しようとすると、その背中にゴーシュが声をかけた。
「ふたつだけ、忠告させてください。まず、いま聞いた話は断じて他言しないようお願いします。誰かに話せば、聞いた者も叛逆に加担することとなりかねません。謀反を知りながら告発しなかったという点でね。僕も貴女に話したことは誓って誰にも言いません」
「……肝に銘じます」
「もうひとつ、ノワとキホルにはくれぐれもお気を付けください。先ほど痩せた女と小柄な老人を目にされたかと思います。あの二人はロホラン様の息のかかった直臣です」
ノワという女はロホランの懐刀ともいえる刺客で、キホルという老人は右腕ともいえる宰相なのだとフレーズは説明を受けた。
「船内で迷うといけません。お送りしますよ」
そう申し出たゴーシュにエスコートされ、フレーズは船室を出る。
出てすぐの廊下に立っていた全身鎧の騎士に驚いたが、「あれは僕の直属の部下ですよ」と聞いてホッと胸をなでおろした。
そのまま前を通り過ぎ、船内の廊下を歩いて行った二人を尻目に、鎧の騎士は低く呟いた。
「〈神器〉か……。面白くなってきやがったぜ」
鉄兜の面当を上げてほくそ笑んだのは、他ならぬ無一の顔だった。
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