第12話 国王直属騎士団団長

 ドォオオオオオオオオオオオオオーーーーンッ‼


 耳を聾する轟音が響き、無一たちはとっさに同じ方向を向いた。


「街が……‼︎」


 フレーズは目を疑う。

 街外れにある漁師たちの倉庫が粉々に粉砕され、黒い煙がもうもうと上がっている。


「悪いが余興は終わりだ」


 低い声に振り向けば、海賊の長が残忍な笑みを浮かべてこちらを見ていた。

 その奥に、黒い砲身が街の方角を向いているのが見える。


「あれは……魔術砲⁉ 魔術兵器の製造は禁止されているはずでは」


「法に縛られねえから海賊なんだよ」


 海賊の長はミルティーユの疑問に答えて言った。


「や、やめなさい!」


 剣に手をかけて向かっていこうとするフレーズを、海賊船長は手振りで制した。


「おっと動くな。これから分捕る街をこれ以上壊したくはねえ」


「街全体を人質に取られたってわけか」


 無一が舌打ちをする。


「そういうことよ。ま、初めから俺たちの勝ちは決まってたってわけだ」


「……ッ」


 ミルティーユは拳を握りしめた。怒りを抑え、冷静に状況を分析する。


 海賊たちを制圧するだけなら――おそらく可能。敵は大勢いるが、お嬢様を無一に守ってもらえれば気兼ねなく本気を出せる。見たところさっきの大男以上に強そうな相手はいない。いける……!

 だが、こちらが動こうとすれば相手は街を砲撃するだろう。そうなればきっと、島民たちに被害が出る。海賊たちが『慈悲深くも』初撃を人のいない倉庫に撃ち込んでくれたようにはいかない。


 ダメだ、勝ち筋が見えない――


「野郎ども、あの3人をふん縛ってやれ。男は殺しても構わん。女二人は……まぁ後でじっくり楽しむとしようぜ」

「おーっ!」と部下たちが野卑な歓声をあげる。


 フレーズとミルティーユは絶望的に目を閉じた。

 そのとき。


「おい、見ろ」


 無一に言われて顔を上げると、二人は驚きの光景を目にした。

 海賊船長が、背後に忍び寄った何者かに刃物を突きつけられている。


「だ、誰だテメェ……」


「わたしはノワ。おまえらにとっての死神だ」


 返したのは若い女だった。黒猫を想起させる、浅黒い肌と細くしなやかな身体。


「どこから来やがった?」


「あっち」とノワと名乗った女は顎で海上を指した。


「た、大変だお頭! 王国の軍船が!」

「なぁにぃ〜ッ⁉」


 見れば、確かに遠くの洋上に大型船の姿がある。しかも高速でこちらに接近している。


「た、大砲だ! 撃て!」


「させない」


 ノワは船長を盾にして砲身と軍船との間に立ちふさがった。


「ま、待て! やっぱり撃つな!」


 そうこうしているうちにも王国の軍旗を掲げた船が着々と迫ってくる。

 その船の先頭、衝角の根元に若い男が立っていた。


「ハハハハハ! 観念しろ悪党ども! この僕の訪れるところ、悪の栄えた試しはないッ!」


「な……なんだお前⁉」


「知らない⁉ なら教えてやろう! 僕の名はゴーシュ。国王直属騎士団団長ゴーシュだ!」


「国王直属騎士団団長⁉」


 フレーズが目を輝かせた。「ちょっとカッコよく見えてきたかも!」


「おまえにそっくりだもんな」


「どこがよっ⁉」


 すかさず無一の言葉を訂正する。そっくりと言われるのは心外なフレーズだった。

 とはいえ、確かに彼は美形ではある。年齢は24くらいか。金の巻き毛を潮風に揺らし、瞳は空のブルー。鎧さえもファッションというかのような優雅な着こなしは、騎士というより貴公子という表現が似合いそうだ。

 そしてその貴公子は、めっぽう強かった。

 軍船がその一角獣のような衝角で海賊船の横腹を貫くと同時に、飛ぶように跳躍して軽やかに敵船に着地。

 唖然とする海賊たちの最中で細身の剣を堂々と抜き放つと、襲い来る無数の敵の攻撃をひらりひらりとかわして的確に反撃。一撃を見舞うたびに自慢げなポーズを決めるのが見る者によっては癪に障ったが、概してその剣技は舞うように優雅だった。桟橋から見上げる三人にも、その様子はなんとなく伝わってくる。


 大勢いた海賊たちは一人また一人とゴーシュの足下に転がっていき、配下の騎士たちが乗船する頃にはほぼ独力で海賊たちを制圧していた。


「島の皆さん、もうご安心を。海賊は僕たちが全員捕らえました」


 ゴーシュは船から降りて三人に歩み寄ってくる。


「いやー見事なもんだ。ちゃんと男にも強いヤツがいるんだな」


 無一はうれしくなって言った。ミルティーユといいさっきのノワといい、ここのところ強い女ばかりが目立っていたため、男としての面目がたたないような気がしていたのだ。


「なんにせよ助かりましたわ。ありがとうございます」


 ミルティーユが慇懃にお辞儀をすると、


「な……なんと美しい!」


「はい?」


 首をかしげる彼女の両手を取ってゴーシュは言った。


「まるで荒野に咲く白百合のようだ! 貴女が噂に名高いフレーズ嬢ですね⁉」


「いえ、そのフレーズお嬢様のメイドですわ」


「なんと!」


 本気で驚いたようにゴーシュは仰け反った。動作のひとつひとつが芝居じみている。


「では、こちらの美少女が――」


 ゴーシュはくるりとターンしてフレーズを見る。

 フレーズは思わずびくっとして身構えた。


「おぉ! 間違いない、聞きしに勝る可憐さだ! これほどの美が、これほどの至宝が、この辺境の小島に隠されていようとは!」


 手を取ってキスしようとしてくる。フレーズは慌てて手を引っ込めた。


「ど、どうして私のことを?」


「噂に聞き及んでおりました。我がノイムーン王国の辺境、愛の女神の聖地でもあるこのメロー島に、美しき薔薇が誕生したと!」


「普通に話してくれません?」


「では単刀直入に申し上げましょう」


 急にゴーシュは真剣なまなざしを向け、声を低くして言った。


「フレーズ様、お迎えにあがりました。僕とともに王国の主城、ハーヴァー城まで来ていただきたい」

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