2章
第10話 海賊とパンツとメイド
ガーン――ガーン――ガーン――‼
けたたましい鐘の音が突如として響く。
にわかにフレーズとミルティーユの顔色が変わった。
「警報――⁉ 街になにかあったんだわ!」
言うなり剣を携え、フレーズは急いで飛び出していく。
「無一様、失礼します!」
ミルティーユは膝枕中だった無一の頭を跳ね上げながら起き上がり、テーブルの傍に立ててあったパラソルを掴んで主人に続いた。
「ポミ公、おまえはここにいろ」
アワアワするポミエにそう告げると、無一も二人の後を追い始める。
「海賊? 朝見た時は怪しい船の姿なんてなかったのに……」
走りながらフレーズは呟く。今朝も港の灯台から不審な船の姿がないか確認したはずだった。自分の確認が甘かったのか、あるいは――
考えても仕方ない。まずは状況の確認。その後すみやかにしかるべき対応をとる。
街はすでに大混乱に陥っていた。悪い予想は的中。海賊が襲来したらしい。
一人の老人に聞くと、賊たちの一部はすでに街に侵入して抵抗する者に危害を加えているようだ。駆けつけた自警団もあえなく返り討ちにあい、男たちは縄で繋がれて連れて行かれてしまったという。
「大丈夫、私たちが必ず助けるわ!」
話してくれた老人を励ますと、フレーズは背後のミルティーユに指示をする。
「ミルティーユは街の人をお願い。連中は武器を持ってるみたいだから気をつけて」
「かしこまりました。お嬢様は?」
「捕まった人たちを解放してくる!」
有無を言わさぬ口調で宣言し駆け出していく。
「無一様」
「わかってるって」
ミルティーユの無言の圧をかわすように無一はフレーズの後を追った。
無一が追いついた頃には、すでにフレーズは港に到達していた。
奥の桟橋に海賊船が一艘。ここ最近、近海をうろついていた怪しい船だ。
その手前で、ロープでひと繋ぎにされた人々が海賊たちに脅され、いまにも船に乗せられようとしていた。
「待ちなさい‼」
フレーズは大声で怒鳴った。一瞬、あたりがしんと静まる。
「これはこれは、騎士ごっこのお嬢さんじゃねえか」
一人の男が船から顔を出し、小馬鹿にしたような笑みを浮かべてフレーズを見下ろす。四十がらみの狡猾そうな男だ。どうやら彼が海賊船の船長らしい。
「その人たちを解放しなさい!」
「そうはいかねぇなぁ。この島はじきに俺たちの商売の拠点になるんだ。邪魔な雑草は抜いておかねぇとな」
船長の男が言うと、フレーズはその男に剣を向けた。
「雑草はアンタたちでしょう? いまにその首が飛ぶわよ?」
「そりゃあこっちのセリフだ。
「っ……!」
「まずいな」
無一がフレーズの背後で言う。
「船の上には敵がわんさかいやがる。人質が乗せられたら、全員無事には助けられなくなるだろうな」
「な、なんとかしてよ」
「しょーがねぇなぁ」
無一はそう漏らすと、フレーズの身体をひょいと肩に担いだ。
「え? ちょっと、なにして――」
「ちょーっと待ったぁ――――――――――――――ッ‼」
突如、無一が大声をあげる。
その場にいた全員が思わず彼を見た。
その間に無一はフレーズを担いだまま疾走。人質を船に乗せようとしていた海賊たちの前に立ちはだかる。
「なんのマネだ?」
船上から船長の男が睨みつける。十人ほどの海賊たちが剣を構えて近づいてきた。
無一は頭上の船長と、地上の人質たちを繋ぐ縄を持つ海賊とを交互に見て言った。
「そいつらを乗せるのは少し待て。かわりにこの女をくれてやる」
「はぁ⁉ アンタなに言って――」
「はい、全員注目――――――ッ‼」
フレーズの言葉を大声で遮ると、無一は――
肩に担いだフレーズのスカートを勢いよくめくりあげた。
「きゃああああ――――――――――――――――ッ⁉」
悲鳴と同時にどよめきが起こる。
「おっ、今日は白かぁ。毎日いちごパンツってわけじゃないんだな」
「あとでコロス‼」
「……てめぇら、いったいなんの茶番だ?」
海賊船長の男は苛立った様子で無一を見る。
「い~いケツしてるだろ?
「だとしても、てめぇと取り引きする必要がどこにある? こっちはてめぇを殺してその女を奪ってもいいんだぜ?」
「だったらこっちもタダじゃおかねえ。俺はこう見えて腕には覚えがあるんでな。さすがにこの人数に勝てる自信はねぇが、おまえらもケガするぜ?」
そう言って無一がギロリと睨むと、船長の男は少しのあいだ黙り込んだ。冷静に損得を計算しているようだ。
「……いいだろう。こっちは待つだけだからな。……おい、女を連れてこい」
船長が部下に命じる。近くにいた海賊の一人がフレーズに歩み寄った。
「ひとつ忠告してやる」
その海賊の手がフレーズに触れる寸前で、無一は告げた。
「ミルティーユさんは、たぶん俺より強いぜ?」
相手の海賊は怪訝な顔をする。
直後、物凄い轟音が響いた。
見れば、その海賊の両脚が海賊船の横腹から突き出ている。
「てめぇは……⁉」
海賊船の船長が唖然とした顔を向けた先。
閉じたパラソルを携えたメイドが、地上に降り立った天使のように美しく佇んでいた。
「無一様、事情は後でゆ~~~~~っくりと伺いますわね♡」
「はい……」
「それはそれとして」
ミルティーユはにこやかに微笑みながらあたりを見渡す。
「お嬢様のおパンツをご覧になった殿方は、正直に手を上げてくださいますか?」
怖いほどの静寂が一帯を包んだ。誰もが凍り付いたように微動だにしない。
「うふふ、全員ですのね♡」
いつ取り出したともしれぬ銀のテーブルナイフを十指に挟み、ミルティーユはそれを顔の前に掲げた。
死屍累々――そう呼ぶにふさわしい光景が港の桟橋に現出した。
倒れた無数の海賊たちの最中に立っているのは、長身かつ美貌のメイド。
「あ、あんなのはメイドじゃねえ……メイドの皮を被った化け物だ……」
かろうじてまだ動いていた一人がそう呟き、がっくりとうなだれて動かなくなった。
「ありがとうミルティーユ。おかげで助かったわ」
ついでにぶっ飛ばされて倒れている無一から顔を上げ、フレーズは礼を言う。
「お礼には及びませんわ。お嬢様をお守りするのはメイドの義務ですから」
ミルティーユはそう言って、最愛の女主人に笑顔を向けた。
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