第9話 嵐の前の平穏
「どう、捜し物は見つかった?」
砂浜の海岸にいた二人にフレーズは声をかけた。
「ああ。ポミ公が一緒に探してくれたからな」
無一は機嫌よさそうに返事をした。細長い棒のようなもので自分の肩を叩いている。おそらくそれが探していたものなのだろう。特段怪しいものにも見えず、フレーズはそれ以上はなにもたずねなかった。
「えへへ。水着だったらもっと無一さんを誘惑できたんですけどね~♡」
ポミエはぴったりと無一に身を寄せている。いつものように肌の露出が多く際どい服装だ。
やれやれ、とフレーズは嘆息する。ここ数日屋敷に滞在しているポミエには、もっと布の多い服を着るよう何度も勧めていた。だが、サキュバスの少女は「これがサキュバスの正装ですので!」とかたくなに主張し、元々着ていたほとんど水着みたいな服を着続けることにこだわっているのだった。
「まぁ、サキュバスなら仕方ないか」
フレーズは頭を切り替えて言った。
「それじゃあ、さっそく今朝のパトロールを始めるわよ!」
海岸から細い通り道を上って港町の方向へ。
フレーズは堂々と胸を張り、鼻歌まじりに通りを闊歩する。
その自称騎士の少女の少し後ろで、無一とポミエは声を潜めて会話していた。
「なぁポミ公、あいつって」
「なんだか人気者みたいですねぇ」
船着き場の前を通れば漁師から小魚の干物を袋一杯にもらい。
小さな市場の中を通れば果物やらお菓子やらを持たされ。
道で子供たちとすれ違えば「あ、自称騎士のやべー女だ!」「誰が『自称』よ!」みたいなやりとりがあり。
いろんな意味で島の皆に親しまれているフレーズであった。
そんなこんなで。
ゆるい坂道を歩き、見晴らしのいい丘の頂上が見えてきた頃には。
フレーズの後ろには10匹ほどの猫がゾロゾロと列をなしていた。
「なんなんだ、この猫の群れは……」
「フレーズ騎士団十二勇士のメンバーよ。詳しく聞きたい?」
「……いや、遠慮しとく」
無一は自慢したそうな顔のフレーズから目をそらす。
「つーか十二勇士って、まさか俺も数に含まれちゃいないよな?」
「当然じゃない? アンタはただの騎士見習いなんだから。名誉あるフレーズ騎士団の幹部になるには相当な修行が――」
「いや別になりたくねーし」
「無一さん、話題を変えた方がいいのでは?」
「たしかに」無一はポミエの考えに同意する。
「……ところで、この島で一番の宝っつったら何になるんだ?」
「アンタ、盗みは働かないって言ったわよね?」
「ただの興味だって」
「そう? ならいいけど。残念ながらこの島にはアンタみたいな盗賊が欲しがりそうなお宝はないわね」
事実だろうな、と無一は思う。嘘をついている顔ではないし、この女なら自分の島にすごいお宝があると知っていたらドヤ顔で自慢しそうなものだ。
「まぁ、この島が所属してる〈ノイムーン王国〉にならあるわよ」
「ほう?」
「〈神器〉っていう王家の秘宝が、首都にあるお城のどこかに隠されてるらしいわ」
「〈神器〉……。神様が持ってた道具ってとこか」
「神話ではそう語られてるわね。もっとも、大昔の戦争で神々が侵略者を撃退するのに使って以来、その威力は失われちゃったって話だけど」
「つーことは、大昔は魔法みたいな力があったわけだ」
「あくまで伝説よ。……お疲れさま、ミルティーユ」
フレーズが手を振った先では、ミルティーユが昼食の準備をしていた。青々とした芝生のような草の上、簡素な椅子と丸テーブルに持参したサンドイッチなどを並べている。
「じゃあみんな、手伝って。準備ができたら円卓会議よ!」
「つまり、お昼ごはんですね」
ポミエは慣れたようにフレーズの台詞を翻訳した。
「ぐふふ……絶景かな絶景かな♪」
丸々とした二つの乳丘を見上げながら、無一は鼻の下を伸ばす。
「ふふ。お気に召したようで光栄ですわ♪」
膝枕をするミルティーユは案外まんざらでもない様子だった。ハンカチで無一の口元についたパンくずを優しく拭き取ったりしている。
若草の生い茂る丘の上。のどかな昼下がりの一場面。
「無一さんったら、あんなにデレ~っとして。さっきはわたしがお料理を『あーん』ってしてあげてたのに……」
ポミエは二人を少し離れた位置から見て悔しそうにしている。
そんな彼女に、フレーズは気になっていたことをたずねた。
「ねえ、ポミちゃんはアイツのどこがそんな好きなの?」
「スケベでケダモノなところです!」
「はぁ?」
「むっふふ、フレちゃんにはまだ早すぎますかねー♪」
「なによそれ……」
フレーズは呆れてテーブルに頬杖をついた。時々ポミエの言っていることが理解できなくなる。彼女の素朴な性格は好きなのだが。
「なぁ、ミルティーユさん」
ふと思いついたように無一は問いかける。
「〈神器〉の話を聞いて思ったんだが、こっちには魔法とか魔法の道具みたいなものがあるんだよな?」
「ええ、ありますわ」
ミルティーユは穏やかな笑みをたたえて返した。
「ここ百年ほどで、神官たちが太古の神々の秘法をよみがえらせつつあるのです」
「つまり、魔法を使えるのはその神官たちってことか?」
「いえ。〈魔道具〉……つまり魔法を使うための道具があれば、誰でもある程度の魔法は使えるそうですわ」
「なんか微妙な言い方だな……」
「〈魔道具〉はまだ一般人が気軽に使えるほどには流通してないのよ」
フレーズが横から口を挟む。
「材料が手に入りにくかったりとか、いろいろ理由があってね」
「ついでに申し上げますと、魔法の力を応用した武器や兵器の製造は法律で禁止されていますわ」
「なんだ。炎の剣とか雷の槍とかないのか」
「うふふ。男の子ですわねぇ♡」
ミルティーユは可愛がるように無一の頭を撫でる。どうやら子供が好きなようだ。
フレーズは自分のメイドを取られたような気がして、少し不機嫌になった。
「っていうかもう10分経ったでしょ。さっさとミルティーユから離れなさい」
「ミルティーユさん、あと5分だけ!」
「ふふ、しょうがないですわねぇ」
「むぅ……」
モヤモヤした気分を、フレーズは紅茶で紛らわせようとする。
「うふふ。お嬢様、嫉妬なさっているのですか? お嬢様のお望みでしたら、わたくし何時間でも膝枕して差し上げますのに♡」
「ち、ちがっ! 別にうらやましいわけじゃ――」
「なんなら子守歌とおしゃぶりも付けて差し上げますわ。幼い頃のお嬢様は、そうやってわたくしの膝でお眠りになったものですものね~♡」
「こ、子供扱いしないでって言ってるでしょ……」
「あぁん! 反抗期のお嬢様! おかわゆいですわ~~~♡ 母性本能をくすぐられますわぁ~~~♡♡♡」
「……あのー、ミルティーユさん? 俺のこと忘れてません?」
せっかく膝枕してもらっているのに、フレーズに関心を奪われて悔しい無一である。
「無一さん、わたしがかわりに膝枕しましょうか!」
ポミエの前のめりな申し出は、もちろんスルーされた。
そんな平和でのどかな昼下がり。
だが、嵐の前の平穏はそう長くは続かなかった。
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