第6話 フレーズの野望

「なぜって、決まってるでしょう?」


 フレーズは「愚問ね」とでも言いたげに微笑した。


「アンタを助けたのは、私が善良で寛大な正義の騎士だからよ」


「だからこそわからねえ」


「……」


 訝るようにフレーズは無一を見る。


「おまえが正義の騎士を自称するほどの善人であればこそ、俺を助けるはずがねえんだ」


「どういうことかしら?」


「おまえ、俺が嫌いだろう?」


「…………」


 沈黙を無一は肯定の意と判断した。


「だろうな。『天下の大泥棒』なんて言葉を信じちゃいないかもしれねえが、おまえは事実として俺が盗みを働くところを見た」


「いや、なに微妙にカッコつけてるのよ? アンタが盗んだのって私のパンツじゃない。大泥棒じゃなくてただのド変態じゃない」


「ド変態でも大泥棒でも変わりはねえ!」


「変わるわよ馬鹿じゃないの⁉︎」


「俺が言いたいのは——」


 ドン、と音を立ててテーブルが揺れる。思わずフレーズはびくりとした。

目の前では無一が片足をテーブルに突っ掛けて凄んでいる。


「この俺様が掛け値なしの悪人だってことだ」


 わざと怖がらせようとしているのだろう。でも——

 これほど凶悪そうな顔を、フレーズはかつて見たことがなかった。知れず、身体が震える。

 ちら、とフレーズは隣を見た。

 優秀な護衛でもあるミルティーユが、服の中に隠した暗器をいまにも手に取ろうとしている。


「待って。説明するわ」


 殺気立つ女従者を手振りで制止しながら、つとめて冷静にフレーズは言った。

 続きを促すように無一が顎を動かす。


 凍りついたような沈黙——

 心臓が大きな音を立てる。フレーズは深呼吸して言った。


「アンタ、この私のフレーズ騎士団に入りなさい!」



「???????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????」



 無一は本気で意味がわからなかった。

 この小娘は、いったい、何を言っているのか……?



「フフン、驚いたようね! まぁ無理もないわ。冴えない下着泥棒のアンタに世界一美人でかわいい女騎士であるところのこの私! フレーズ様の騎士団に入団する栄誉を与えてあげようって言うんだから!」


「いや、おまえ自称だろ⁉︎ 本当は騎士じゃないじゃん!」


「だまらっしゃい‼︎ 大事なのは心、意志よ! 強きをくじき弱きを助ける! その高潔な志があれば誰だって騎士になれるの! そう、アンタみたいな下着泥棒だって‼︎」


「連呼すんなそのワードを! さすがに傷つくぞ⁉︎」


「大事なのは——‼」


 大声で主張しながらフレーズは無一の肩を掴んだ。


「——心よ、無一。心を入れ替えて努力すればきっとアンタみたいな悪人も生まれ変われる。騎士にもなれる♡」


「いや、なれねえだろ」


「なれるのッ‼」


「そうですわッ‼︎」


 主人の独壇場を守るために沈黙を保っていたミルティーユがここぞとばかりに立ち上がった。拳を振り上げ、感極まって涙すら流している。完全にヤベーやつだ。


「無一、一緒に騎士を目指しましょう」


 気づけばいつの間にか、拳が少女の両手に握られていた。


「……やだ」


「なんでよッ⁉︎」


「顔キマっちゃってるからだよ! 鏡を見ろ鏡を! おまえいまヤベーぞ、狂信者みたいな顔してんぞ!」


「ウソっ⁉︎ っていうかそれどんな顔⁉︎」


「お嬢様、どうぞお鏡を!」


 どこからか手鏡を取り出して若き女主人に差し向けるミルティーユ。

 無一は疲れたような顔をフレーズに向けた。


「つーかおまえ、なんでそんなに騎士になりたいんだよ?」


「それは……」


にわかにフレーズは憂いを帯びてソファに座り直した。


「誰かが守らないといけないのよ、この島を」



「この島――メロー島はいま、外敵の脅威にさらされてるの」


「外敵?」と無一は聞き返す。


「ありていに言えば海賊ね。この島を占領して拠点にしようとしてるらしいのよ」


 嘆息するフレーズは沈痛な面持ちだ。


「ここ数ヶ月の間に奴らの偵察船が何度も目撃されてるの。すでに先遣隊が島中に潜伏していて、侵略の準備を進めてるって噂もあるわ。近いうちに本隊が攻めてきても不思議じゃない」


 心配しすぎじゃないのかとも思ったが、無一は黙っていた。


「だけど、この島には外敵に対抗できる戦力が存在しないのよ。曲がりなりにも私を引き取ってくれた領主は、何年も前に家臣を引き連れて本拠に帰っちゃったし」


「そいつの家臣か子供が来なかったのか?」


「いらしてからすぐに失踪してしまったんです。この島がお気に召さなかったようでして……」


「ミルティーユさんみたいな美女がいたのにか。土地自体の魅力がよっぽどなかったんだな」


 そのことは認めるしかないようで、フレーズは無言で頷いた。


「けど、私にとっては大切な島なの。この島の自然や、ここに住む人たちが私を育ててくれた。島のみんなが大好きだし、思い入れも恩もある。だから」


「島を守る騎士になろうと思ったわけか」


「……うん」


 なるほど、筋は通っている。


「でもさっきも言ったとおり、この島は外的と戦える力を持っていないの。まともに武器を扱えるのは私とミルティーユくらいだし……。だけど、それだけじゃ組織的な暴力に対抗するにはぜんぜん足りない。自警団のがんばりに期待するにも限度があるわ」


 無一は一昨日に見たフレーズの格好を思い出す。鎧や剣には細かい傷があり、誰かの使い古しのように見えた。彼女でさえ十分な装備を持ってはいないのだろう。


「だから、アンタの力を借りたいの」


 フレーズは真剣な瞳をまっすぐ無一に向けた。


「一昨日の戦いでわかったわ。アンタの腕は少なくとも私以上。ううん、本当はすごく強いんでしょう? 泥棒になる前は戦士だったんじゃないの?」


「……昔のことは忘れた。過去のしがらみは国を出るとき海に捨ててきたんだ」


「だったら」少女はすがるような目で言う。

「泥棒だったことにもこだわる必要ないじゃない。あれだけの腕があるのに勿体ないわ。アンタのその力は、正義のために使うべきよ!」


「正義、ねぇ」


 ソファに深々と身を沈ませて、無一は小馬鹿にしたように鼻で笑った。


「なによ、なんか文句あるの?」


「正義とか大義とか忠義とか、どーも胡散臭くてねぇ。おまえのことは嫌いじゃねえが、そういう言葉は好きじゃねえんだ」


「……そう」


「悪いな。そろそろずらからせてもらうぜ」


 餞別とばかりに焼き菓子を摘まんで立ち去ろうとしたとき。


「待って」


 フレーズが強い口調で言った。


「これからどうするつもり?」


「そうだな」無一は顎に手を当てて思案する。

「この島には大したもんはなさそうだが、〈オルン〉とかいう大陸が近くにあるんだろ? そこで一番のお宝を盗んで、大陸に名乗りを上げるとでもするかな」


「フフン、そうなんだ」


 なにか企むようにフレーズはニヤリとした。


「だったら、なおのこと私の傍を離れない方がいいわね」


「……おまえ、ひょっとして俺のこと好きなのか?」


「違うわ」


「チッ、即答か」


「私が言いたいのは」


 後ろを向こうとしていた無一の顔を、フレーズは手で自分に向けさせて、



「このフレーズ様こそが、〈オルン〉で一番のお宝ってことよ!」



 自信たっぷりに断言して胸を張った。

 無一はしばし呆然とする。

 少女の隣では、彼女を崇拝するメイドがうんうんと頷いていた。


「ぷっ、くくっ……だ~っはははははははははははははははははははっ‼ あ――――――――――ハラ痛ぇ~~~っ‼」


 半ばふざけて、半ば本気で大笑いする。


「んなっ⁉ なによ、そんなに――」


「いやー、おまえ本当に面白いな! 気に入った!」


「そ、そう? まぁ当然よね。フフッ♪」


「だが、だからこそあばよっ!」


「えぇぇええ――――ッ⁉」


 あんぐりと口を開けるフレーズに無一は言った。


「おまえは俺の近くにいるべきじゃねえ。おまえは善人、俺は悪人だ。きれいな薔薇は泥にまみれるべきじゃねえのさ」


 そのまま二人に背を向け、出口の扉へと歩き始めようとしたそのとき。


「待ちなさい!」


「いい加減しつこいな、おまえも――」


 面倒そうに振り向いた無一の顔が、瞬時に緊迫する。

 剣を抜いたフレーズが、白刃の先を無一の額に突きつけていた。


「向こうの壁に短剣が掛けてあるわ。アンタならそれで十分でしょう?」


「なにを言いてえ?」


「ここを出て盗みを働くつもりなら、この私を倒してから行きなさい」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る