第7話 盗賊の出した条件


「…………」


 無一は再び出口を見る。


 いつの間にか扉の前にミルティーユが立ち塞がっていた。モップのようなものを両手で握っている。

 モップ――いや、ただの掃除用具ではない。よく見ると柄の途中に切れ目が入っている。仕込み刀の類いか。やはりあのメイド、ただ者ではない。


 無一はゆっくりと歩み寄って壁の短剣を手にした。鞘を抜いて刃の状態を確かめる。


「なるほど、たしかに十分使えそうだ」


 フレーズも弱くはないが、自分の実力ならなんなく倒せるだろう。場合によっては殺すことも。


「構えなさい」


 少女は覚悟を決めたようだ。剣を正眼に構え、間合いを詰めてくる。

 無一は短剣を逆手に持ち、相手から刃先を隠すように構えた。


 昼前の応接間には似合わぬ緊迫が満ちる。

 睨み合う二人。フレーズはぐっと剣の柄を握り直す。


 額の汗が少女の頬を伝って落ちる。それを契機にフレーズが踏み込もうとしたとき。

 突然、無一は持っていた短剣を放り捨て、床の上にどっかりと腰を下ろした。


「え……?」


「やめだやめだ。俺の腕じゃおまえには勝てても、ミルティーユさんには勝てねえもん。な、ミルティーユさん」


 無一が目線を向けると、ミルティーユは床の短剣を拾いながらにこやかな微笑を返した。


「それに、俺は盗賊に転身するときに非道はしないって決めたんだ。女子供に刃を向けるなんてできねえよ」


「じゃあ――」フレーズの瞳がうれしそうに輝く。「フレーズ騎士団に入ってくれるのね!」


「いや、入らない」


「どっちよっ⁉」


「まぁ待て。おまえの目的は要するに、俺が悪さをしないように監視することだろ? 騎士団に入れってのは建前だ。違うか?」


「……まぁ、正直に言うと半分はそうね」フレーズは認める。


「だったらこういうのはどうだ? 俺はしばらくおまえの用心棒になる。もし戦いが起きたら、そのときは力を貸す。代わりに当分はこの屋敷に世話になる。その間は――」無一は自他に言い聞かせるように言った。「盗みを含む悪さはしない」


「それはありがたいけど、その……信用できるの?」


「俺は約束を守る男だ」


 無一はニヤリとしてみせた。


「だが、それには条件がある」


「条件って、どんな?」


「毎日ミルティーユさんの膝枕10分!」


「はぁ⁉」


「悪いがこれだけは譲れねえ」


「なに馬鹿なこと言ってるのよ⁉ 第一ミルティーユは忙しいのよ?」


「あら、その程度でしたら構いませんわ」


「ちょっ……ええっ⁉」


 予想外のことに驚く女主人に歩み寄ってミルティーユは微笑む。


「お嬢様へのご奉仕に差し支えのない範囲でしたら。それに、久しぶりに誰かに膝枕をするというのも悪くはありませんわ。近年のお嬢様はわたくしに膝枕をさせてくださらず、寂しく思っておりましたので。……ぐすん」


 わざとらしく涙ぐんでみせる。膝枕をさせてくれなくなったフレーズへの当てつけのつもりらしい。


「というわけだ」


 無一は立ち上がり、勝ち誇った顔でフレーズの肩をポンとたたいた。


「わ……」


「ん?」


「私じゃダメなの?」


「ダメダメ。俺はミルティーユさんに膝枕されたいの。つーか、おまえの膝はなんか固そうだしな」


「ぶっころすわよ⁉」


「尻は俺好みのデカケツなんだけどなぁ」


「ぶっころす(断言)‼」


「まぁまぁ、お嬢様。これでもお付けになって」


「つけないわよ猫耳なんて! この状況でにゃんにゃん言ってたら馬鹿みたいじゃない!」


「うふふふ♡」


「あっ、ミルティーユさん。今度それ付けて膝枕してもらったりは……」


「いいですわよ? お望みならにゃんにゃん言って差し上げますわ♡」


「ヤッター!」


「ぐんぬぬぬ……」


 釈然としない様子で拳を握りしめるフレーズ。


 だがそのとき、ふいに腹が鳴る音がした。思わずフレーズは顔を赤らめる。


 ミルティーユはくすくすとおかしそうに笑って、それから二人に言った。


「とりあえず、お食事にいたしましょう」



 その後、三人はポミエも加えた四人で和やかに食事を楽しんだ。


 だが、その平和な光景を脅かす恐るべき陰謀が彼らの知らぬ場所で進行していようとは、このときは誰も思わなかった。

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