第5話 自称女騎士の少女とメイド

「まずは、そうだな……、二人の関係について教えてくれ。おまえがお嬢様で、ミルティーユさんがメイドってのはなんとなくわかったけどな」


「なんでミルティーユには『さん』付けで、私は『おまえ』なのよ」


 フレーズは不満げに言いながら焼き菓子を囓り、それを紅茶で流し込んでひと息ついた。


「……まぁいいわ。ではあらためて」


 胸に手を当て、芝居がかった仕草で言い放つ。


「私の名前はフレーズ。この屋敷の主にして、メロー島を守護する騎士よ!」


 よくもまあ、自信満々に言えるものだと無一は思う。

 ……頭に猫耳を生やしたままで。


「あのー、お嬢様」


 ミルティーユが控えめに手を上げた。フレーズは彼女の方を向く。


「なに?」


「語尾に『にゃん』を付けてもう一度……」


「ここで⁉」


「後生ですから!」


「ううぅ……わかったわよ」


「どうせならポーズ付きで! にこやかに可愛らしくっ‼」


「わ、私の名前はフレーズだにゃん♡ この屋敷の主にして、メロー島を守護する騎士にゃん♡」


「はぅっ……‼」


 突如ミルティーユが鼻血を噴いて倒れる。


「おいおい、大丈夫か?」


「平気よ。いつものことだから」


 呆れ顔のフレーズが言ったとおり、美貌のメイドは何事もなかったかのように立ち上がって居住まいを正した。


「あらためまして、ミルティーユですわ。フレーズお嬢様専属のメイドでございます」


「といっても、この家には私とミルティーユしかいないんだけどね」


「ほう、若い女の二人暮らしか……」


 邪悪な気配を察したのか、フレーズはじろりと無一を睨んだ。


「言っとくけど、変な気は起こさないほうがいいわよ。アンタが強いのは一昨日の件でわかったけど、ミルティーユはもっと強いんだから。ね、ミル――」


「お嬢様、『にゃん』ですわ」


「ああああぁぁ~~~もうっ! にゃにゃにゃーにゃにゃーにゃにゃーっ‼ これでいい⁉ にゃん‼」


「グッジョブですわお嬢様‼ あぁ~、勤労の疲れが癒やされますわ~♪」


 またも鼻血を垂らしながらサムズアップするミルティーユである。


「大変だな、おまえも」


 無一は気の毒に思い、フレーズの頭から猫耳カチューシャを外してやった。


「ううん、ミルティーユの苦労に比べたら……」


 なにか呟きかけたフレーズだが、途中で思い直したように頭を振った。


「じゃあ、次の質問なんだが」


 無一は少し勿体をつけるような間を置いてからたずねた。


「おまえは本当に騎士なのか?」


「…………」


 紅茶を口に運ぼうとしていたフレーズの手が止まる。


「騎士ってのは要するに、武人か貴族の家に生まれた者がなる戦士だろ? それに普通は男がなるもんだ。違うか?」


 固まったままのフレーズのかわりに、ミルティーユが静かに頷く。


「だろう? ならおまえの家族は? 親父さんも騎士だったのか?」


「……両親は私が生まれてすぐにこの世を去ったらしいわ」


 どこか他人事のように言って、フレーズは紅茶をひと口含んだ。

 それから溜息をひとつ漏らし、再び語り始める。


「他に親類もいなかった私は、遠い縁を頼ってこの島の領主に引き取られたそうよ。けど、その人たちはもうだいぶ前に本土に帰っちゃったの。私たち二人を残してね」


「ずいぶんテキトーなヤツだったんだな、その領主ってのは」


「詳しいことは知らないし、知りたくもないわ」


「あんまり仲良くなかったってことか」


「特段なにかしてくれたわけでもなかったからね。ミルティーユが私を育ててくれたの。少なくとも、物心がついた頃からはずっと」


「だからミルティーユさんに時々頭が上がらなくなるのか」


 無一はそう合点したが、同時に別の違和感に気づいた。


「ん? 物心ついた頃から育ててくれたってことは……、十年かそれ以上も前からあんたはメイドだったってことか?」


 問われたミルティーユは、昔を懐かしむように目を細めた。


「ええ。ですのでわたくしは、いうなればフレーズさまの乳母ナースメイドなのです」


「ちょっと待て。ってことは、あんたの年齢は――」


「そのお話は、長ぁ~~~~~くなりますわ♡」


「わかった聞かないでおく」


 なんてこった……。ひょっとするとだいぶ、いやかなり年上か⁉

 無一はそれ以上そのことについて考えないことにした。


「……ま、問題なのはそこじゃねえ」


 視線をミルティーユからフレーズに移して言う。


「要するにフレーズ、おまえは正統な騎士じゃなくて“自称”騎士だったわけだ」


「――――ッ!」


 かーっとフレーズの顔が赤く染まった。


「べべ、別に正統かどうかなんてどうでもいいじゃない! 騎士たる者に重要なのは爵位とか称号とかそんなんじゃなくて騎士道の精神と実力と実際の行動よ!」


「めっちゃ早口になってんぞ」


「う、うるさいわね! とにかく私は誰がなんと言おうと騎士なの! で、聞きたいことは終わり?」


「いや、まだある」


 ようやく無一は最も聞きたかった本題に切り込むことにした。



「おまえの目的はなんだ? なぜおれを助けた?」

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