第3話 若き女騎士
「アンタが今日島に来たっていう海賊ね?」
少女は入室するなり持っていた剣の先を無一に向けた。
いわゆる騎士のような出で立ちだ。すらりとした体を鎧に包んでいるが、腰から下は板金で覆われていない。かわりにスカートが見えており、裾からはしなやかな脚が伸びている。
「いますぐその子から離れなさい。さもないと——」
「海賊じゃねえ。ただの盗人だ」
無一は脱がせかけていたポミエの下着を元に戻した。
「つーか、おまえ何者だ?」
謎の少女はフフンと鼻を鳴らし、自慢気に胸を張った。
「問われて名乗るもおこがましいけど、答えてあげるが世の情けってやつね!」
「なんかうれしそうだな」
無一の言葉を無視して少女は続ける。
「遠からん者は音にも聞け 近くは寄って目にも見よ!
生まれ育ったメロー島 愛し愛され16年!
故郷の平和を守るため 今日も美貌と剣技を磨く!
愛と正義の女騎士 フレーズ様とは私のことよ!」
「……後半ダサくね?」
「ダサくない! よって死になさい!」
いきなり刺突を繰り出してくる。間一髪でかわした剣先は無一の顔のすぐ横を通過した。
「おい、愛と正義はどこ行った⁉︎」
「アンタみたいな卑劣な強姦魔には愛も正義も無用よ! ただの海賊なら捕まえるだけのつもりだったけど、その子を襲ってるのを見て気が変わったわ!」
言うなり剣を振り下ろし、避けられたとみるやまた一閃。
なんとか連撃をかわしたものの、さすがに無一も動揺する。
「危ねえじゃねえか! おれじゃなきゃ斬られてたぞ?」
「当然の報いでしょう? いたいけな女の子を傷つけたんだから」
「まだなんもしてねえって!」
「未遂だから許せって? 舐めたこと言ってんじゃないわよ!」
怒声とともに鋭く一振り。剣閃が小さなテーブルをかすめ、天板の一部が切り取られた。
無一は身震いする。ちらと視線を向けると、ポミエは部屋の隅で怯えた子犬のように震えていた。
そのポミエの肩に脱いだマントをかけてやると、フレーズは再び無一を睨んだ。
「死んで詫びろとは言わないけど、痛い目くらいは見てもらうわ。腕の一本くらいは覚悟しなさい、このドスケベ
踏み込んで低く一閃。
無一が飛び退いてかわすと背中が壁にぶつかった。木板がミシリと軋む。
そういえばこっちはパンツ一丁だったな、と背中の痛みで気づく。
無性に腹が立ってきた。丸腰の相手に真剣を振り回して、何が正義の騎士だ?
「もう怒った。海賊でも強姦魔でもねえって言ってるのに、勘違いで斬られてたまるかよ!」
ベッドに飛び乗り、窓外の月を背負って大見得を切る。
「天下の大泥棒の真髄、見せてやる! あと、おまえムカつくからぜってー泣かす‼」
「やれるものならやってみなさい」
余裕の表情で剣を構え直すフレーズ。
「さすがに素手じゃ分が悪いわな」
素直に不利を認めると、無一は部屋の隅へとひと跳びした。
そして、うずくまったポミエに掛けられたマントを奪いとる。
「ちょっと! それはミルティーユが——」
「ほう、よくわからねえが大事なものらしいな」
相手が動揺したのを見て、無一は満足げに目を細める。
フレーズは嘆息して片手を差し伸ばした。
「返して。それはうちのメイドが編んでくれた大事なマントなの」
「そっちが剣を渡したらな」
少女の瞳が怒りに燃える。
一方の無一は、両手でマントを広げて盾にしながらあくびをもらしていた。
楽勝だ。終わってみればあっけなかった。騎士だのなんだのと言っても所詮は小娘。天下の大泥棒と謳われた自分とは年季が違う。
「……ごめんねミルティーユ。あとでちゃんと埋め合わせするから」
「ん?」
なにかを呟く声が聞こえたと思った直後。
鈍い銀光が分厚い布地を切り裂き、大泥棒の鼻先をかすめた。
「人の大事なものを盾にするなんて、許せない!」
「……ははっ、大した覚悟じゃねえか」
面白くなってきやがった、と無一は呟く。どうやらただの小娘ではなさそうだ。
とはいえ、いまとなってはマントで剣を絡め取る作戦は使えない。それに、仮に武器を奪えたとしてもヤツは簡単には諦めないだろう。
「やはりここは、盗人らしい方法で勝つしかねえようだな」
「独り言を言ってる場合かしら?」
ふいに、心臓を貫かれるイメージが脳裏に浮かんだ。思わず無一は後方に飛び退く。気づかぬうちに必殺の間合いまであと一歩というところまで迫られていたらしい。
そのうえ運の悪いことに、背後は部屋の角だった。
逃げ場もなく、攻撃や防御の手段もない。
「あわわ、無一さんが……」
戦いとは無縁なポミエでさえ無一の窮状を察したようだ。ベッドのシーツで身を包んでガタガタと震えている。
だが、当の無一はニヤリと口元を歪ませた。
どうせ逃げられないのなら、腹をくくって勝負に打って出るしかない。
狙うは攻撃後の隙。勝機は一瞬。読みを誤れば腕の一本くらいは飛ぶかもしれない。
どう来る? 突きか、それとも斬撃か?
「……来い。次で終わりにしてやる」
「こっちのセリフよ!」
フレーズは大きく踏み込む。そして――
渾身の突きを放った瞬間、無一の姿が消えた。
「な……⁉」
少女は信じられないとばかりに絶句する。
その肩をポンと叩く手があった。
「――ッ⁉」
フレーズは背後を振り向く。
さっきまで自分が追い詰めていたはずの相手が、勝ち誇った笑みを浮かべていた。
「勝負あったな」
「っ! まだ決着は――」
身を翻して剣を構えなおした直後。
少女はあるもの《・・・・》を見て凍り付いた。
「ウソ…………でしょ?」
力を失った手から剣が滑り落ちる。
呆然とするフレーズに、無一はささやいた。
「意外とかわいいの履いてるんだな」
その片手の指先で、柄物の白い下着がくるくると旋回している。
「いちごパンツだ……」ポミエがぽかんと口を開ける。「わたし、初めて見たかもです!」
フレーズの顔が、そのイチゴ柄よりも赤く染まった。
「か、返してよっ!」
「おっと、動くとスカートがめくれるかもしれねえぜ?」
「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ッ‼」
言葉にならない声を漏らし、少女はその場にへたり込んだ。
「ま、これが天下の大泥棒の実力ってやつだ」
そう言って無一はフレーズの頭に脱がせたパンツを載せた。まるでケーキのてっぺんにイチゴを飾るかのように。
屈辱。
フレーズは瞳いっぱいに涙をため、けれど泣き顔を見られないように下を向いた。
「おまえ、泣いてんのか?」
「……っさい! バカ! ヘンタイ!」
「悪かったって。でもこうでもしないとおまえは諦めないだろ?」
「ううぅ~~~~~~~~~~~~っ‼」
そんな二人をハラハラしながら見ていたポミエは、ふと階段を登ってくる足音に気づいた。
戸口の外を見る。揺れる灯りが近づいてきていた。誰かがこちらに向かっている。
「お嬢様ー、フレーズお嬢様ー」
若い女の声だった。
無一は声のした方を向く。
戸口の向こうに現れたのは、女神じみた美貌の
だが、無一が見惚れていたのは一瞬のこと。
「あれは……お嬢様のおパンツ!」
メイドが全身に怒りをみなぎらせる。
次の瞬間、彼女は無一の視界から姿を消していた。
いったい何が起こった?
そう思った瞬間、
「――ぐはッ⁉」
腹部に痛烈な衝撃を受け、無一の身体が宙に浮いた。
目に映るのは、長い脚を高々と蹴り上げたメイドの姿。
一方の無一は蹴られた衝撃で砲弾のように吹っ飛び、空いた窓を通りぬけて外の地面に突き刺さったのだった。
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