第零話−4 死…そして……

 月日は移り、余命宣告の日。自分でも、よくまぁ、ここまで耐えたと思う。正直、『銃弾から菌が入り、心臓に炎症ができた』って医師から言われた時は、耳を疑った。心臓に炎症とかできるのかよ……って思った。あと……。


「蓮華、学校をずる休みすんな」


そう、蓮華は学校をずる休みしていたのだった。


因みに余談だが、蓮華と関わるのも慣れてきた。


「良いじゃん。今日くらいさ」


蓮華がずる休みした理由は、今日が俺の余命宣告の日だったから。また、最後くらい『幼馴染』として、傍にいたいから、らしい。


「確かに、最後の日に傍にいてくれるのは、すげぇ嬉しいけど。ずる休みはなぁ~」


「良いの! それに、先生も薄々気が付いてるはずだし」


まぁ、親が学校に俺の状態を伝えているのは事実だからな。


「それにしても、蓮華、今日は見たことないくらい元気ないな」


「当たり前でしょ! 今日で護とお別れ……しかも一生会えなくなるんだよ? 逆に何で護はそんなに元気なの?」


「そ……それは……」


――言えねぇー。『お前と一緒にいるから』なんて、口が裂けても言えねぇー。話題を変えないと……。


「なぁ、蓮華、アイス買ってきてくれよ」


すると蓮華がジト目で俺を見ながら、


「私、護の召使いじゃ無いんだけど」


「知ってる」


「じゃあ何で『買って来いよ』みたいな感じで言うの!」


蓮華が怒り始めた。何でこの娘いつも怒るんだよ……。


「悪かったって。じゃあ蓮華の分も奢るからさ!」


「じゃあ……良いよ」


「ありがとー!」


「はいはい」


と言って、蓮華は俺から財布を受け取り、そのまま病室を出る。


 蓮華を病室から出すことに成功した。まぁ、アイスが食べたかったのも事実だけど、それ以外の企みが俺にはあるからな。蓮華には、その時が来るまでバレるわけにはいかないんだ。


 ~十五分後~


 蓮華が戻ってきた。俺は『ある物』を慌てて隠した。


「ノックくらいしろよ。ビックリするじゃねーか」


「護が『アイス買ってきて』って言ったんでしょ」


――ま、それもそうか。


「頼んだ味買ってきてるな。俺のアイスちょーだい」


「ん? あぁ、はいどーぞ」


と手渡され、それを受け取る。


「何か、欠けてね? 俺のアイス」


「ん? あぁ、何か護のアイスも美味しそうだったから、一口食べたよ」


「『一口食べたよ』じゃねーだろ。何勝手に人のアイス食ってんだよ」


「ごめんって。あぁ、でも美味しかったよ! それ!」


と言って、蓮華は親指を立てて、GOODサインを作る。


「そんなこと知ってるわ!」


「まぁ、私がかじったけど、その量の何十倍も残ってるから良いじゃん! あと、早く食べないと溶けるよ?」


「それもそうだな」


と言い、アイスを食べる……飲み込んだ瞬間に俺は重大なことに気が付いた。このアイス、蓮華が食べた後の物だということに……。


「ん? どしたの?」


「あ、あぁ~、な、な、な、何もない……よ?」


「嘘だね~♪」


「何か、楽しそうに見えるんですけど……」


「そんなことないよ~♪」


「それこそ嘘だろ!」


 その時俺に、ある考えがよぎった。


「れ……蓮華……お前まさか……わざと……」


「あれ、バレちゃった?」


「やっぱり、お前、俺のアイスわざと食っただろ!」


「意地悪するのが悪いんでしょ! これまでの仕返しだ! アイスで済むだけマシでしょ」


――いつもの俺ならこんなのは嫌がらせにもならない。でも、今は違う。ある意味嫌がらせだ。意識しちゃってアイス食えねぇ……!


 それから俺と蓮華はプチ喧嘩をするのであった――。


 夕方、朝はそこまでだった心臓の痛みが増してきた。朝の時点では、歩くことはできないくらいだったが、今は起き上がるのもままならない。実は、今日の会話は、あの時の警察官に返してもらっていたカメラで撮っておいた。俺の生きた証的なものを残したいだけだった。あと、力尽きる前に、それぞれに書いた手紙を渡さなきゃならない。もしかしたら、今日死ぬなんてありえないんじゃないのか? なんて事も考えたが、それは無いと確信できる。蓮華と話していた時は、やせ我慢をしていた時間帯もあった。明日の朝には、俺はもう死体になっているだろう。


 その時、ガラッと音を立て、ドアが開いた。ドアを開けたのは母さんと父さんだった。因みに、事前に父さんと母さんには、カメラの話はしている。


「来たぞ」


「ようやく全員揃ったね」


 そうして俺は、その日の夕方から、日が沈むまで、無理をしない程度に騒いだ。この時初めて、『個人部屋で良かった』と思った。


 ~夜~


 流石にしんどくなってきた。たまーに呼吸が詰まる。『人間、一ヶ月でここまで弱るのか』と思った。


「実はさ、皆に渡したい物があるんだ」


そう言って俺は手紙を差し出す……が、蓮華のは渡す直前で引っ込める。


「え?」


「お前にはまだ渡せない」


「何で?」


「すぐに分かるさ」


「あ、父さんと母さんは今から呼んで良いよ」


そう俺が言うと、両親は手紙を読み始める。


 両親への手紙には、日頃の感謝とか、申し訳なかったこと、そして……『事前に話した事』について書いていた。因みに、『事前に話していた事』とは、俺が合図をしたら、部屋から出てもらうことだ。理由は、『死ぬ前に、恋愛に決着をつけるため』つまりは『告白』をするからだ。両親にこのことを提案した時は、快く受け入れてくれた。ホント、良い両親を持ったもんだよ。


 ~約23時~


 医師や看護師、蓮華の両親に許可をもらい、蓮華と俺の両親はこの時間でも病室に残ることができた。もう声を出すのもやっとだ。段々、自分が弱っていくのを感じる。蓮華は普段、23時~0時には寝てるって言っていたが、今日は俺の傍にいるためにって言って起きている。少し、申し訳なく感じた。


 ~約23時30分~


 意識がはっきりとしない瞬間がある。弱るペースが早くなったのは、心臓に炎症が出た時からだった。一週間足らずで、全速力で走れていた俺が、歩くことも出来なくなっていった。その日から、まだ一週間も経っていない。そろそろマズい気がして両親に合図をする。すると両親はそれに気付き、病室を出る。蓮華に気づかれないように、カメラを二人の顔がよく見えるようにセットする。また、両親にモニターを渡す。そして、俺は、最初で最後の恋愛にケリをつける。


「蓮華」


「ん? 何?」


流石に夜なので、小声で話す。


「ちょっと……良いか?」


「何?」


「俺を起こしてくれないか?」


「良いよ~」


そう言って、蓮華は俺の体を起こす。


「でも何で急に起こしてなんて言ったの?」


そうして、俺は一呼吸おいて言った。


「蓮華、話があるんだ。しかも大事な話だ」


「何? 急に改まって」


「これから言う事は、嘘偽りの無い事実だ。それを念頭に置いて聞いてくれ」


「う、うん。分かった」


「蓮華。――――――俺は……お前のことが……」


「私のことが?」


「す……好きだ!」


すると、蓮華は一瞬驚いた顔をしたが、それはすぐに泣き顔に変わった。


「……そいよ……」


「……遅いよ……」


すると、蓮華は俺の手を握ってはっきりと言う。


「遅いよ……護……そんなことを余命宣告の日に言われても……私……」


「だよな……ごめんな……こんなギリギリに……」


「ホントだよ。ホント……馬鹿っ……」


「返事を聞いても良いか?」


すると蓮華は一呼吸おいてこう言った。


「良いに決まってるじゃん」


「ほ、ホントか?」


「嘘つくわけないでしょ! というより、私、小学生の頃からずっと……ずっと護の事好きだったんだよ」


「そうか……」


反応が薄いというよりは、もうこんなことしか言えそうにないくらい弱っていた。


「何年も思い続けたよ……なのに、その恋が叶って、過ごせる時間は一日もないなんて……」


「ホント……すまねぇな……」


「苦しいかもしれないけど許してね」


その言葉と共に、蓮華が俺に抱きつく。


俺は黙って蓮華の肩に手を置く。


 五分くらいその状態のままだった。いよいよ意識を保つのもしんどくなっていた。蓮華は、俺の力が弱くなっていくのを感じ、泣いているように見えた。


「蓮華。多分最後のお願いだ」


「最後なんて……嫌だ……私は嫌だよ……」


「俺だって……嫌だよ……でも……聞いてくれ」


「何?」


「その前に……これを……明日読んでくれ」


そう言って、俺は手紙を渡す。蓮華は手に取り、ポケットに入れる。そして、別の紙を手に取り俺に見せる。はっきり言って良く見えなかったが、蓮華が「読んだ?」と聞いてきたので頷く。それを確認すると、蓮華は、俺のポケットの中に、手紙を無造作に入れた。


「それで、お願いって何?」


「そうだったな……蓮華……最後くらい……笑顔で送ってくれよ……俺の一番好きな……笑顔でさ……」


そう言うと、蓮華は「分かった……」と言った。


 蓮華は涙を拭き取り、一呼吸おいた後……。


「護。私を助けてくれて……私を幸せにしてくれて……ありがとう!」


その言葉と共に、蓮華の笑顔が俺の目の前にはあった。


それに対して俺は「あぁ」と言った。


その言葉を聞き、蓮華の笑顔を見た俺は、ピンッと張った糸を、ハサミで切ったように力が抜けていき、意識が、段々奥深くに……。やがて、俺の意識は闇に消えていった。その時の俺の顔は、笑顔だった――。


「――んん?」


 目を覚ますとそこには何とも言えないくらい、静かで、綺麗で、薄暗い場所にいた。


「ここは……何処だ? 俺は病室にいたはずじゃ……」


すると光と共に、女性が現れた。


「初めまして、神崎護さん。そして、ようこそ、死後の世界へ」


その女性は、そう俺に言うのだった――。

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