第零話その2 ~危機~

 ~二日後~ 蓮華がSNSの知り合いから、ライブの限定チケットを貰う日が来た。


 「絶対っ! ぜーーったいにっ! 見つからないでよっ!」


「分かってるって。ってか、何でそんなムキになるんだよ」


「一人で行くって約束したのに、二人で行ったのがバレて、私が信用してないと思われて、チケットくれなくなったら嫌だから」


「どんだけチケット欲しいんだよっ!」


「だって、近くでライブやることなんて滅多に無いし、しかも限定チケットだよ! 最高じゃん!」


――コイツ、ホントにあのバンドのことになったら目の色が変わるな……。


「はいはい。分かったから。――あと顔ちけーよ」


「あ、ごめん」


そう言って、蓮華は少し離れる。


――蓮華のモテる理由の一つは、こんな時に、『良いじゃん! こんなきれいな顔が間近にあるんだよ?』みたいなことを、冗談でも言わないところだな。まぁ、つまり、自分がモテてるからって、調子に乗らないところだ。


「護! もうちょっとで待ち合わせ場所に着くから隠れて!」


「はいはい。じゃーな」


「うん! バイバイ!」


そう言うと、蓮華は笑顔で待ち合わせ場所に走っていった。


 ~五分後~ 


 待ち合わせの時間がやってきた。


そして、その時間と殆ど同時に、蓮華が男から話しかけられる。


男の特徴は、細身で身長は約170cm位、年齢は――二十五歳前後くらいか? しかし、どうしても引っかかるのは、男の笑顔だ。アレは純粋な笑顔じゃない。何故かって? それは、蓮華が俺に向けて『チケットが貰える』って喜んでいた時の笑顔とは明らかに雰囲気が違うからだ。


 突然、蓮華と男が動き出した。


――まずい! 今見失うわけにはいかねぇ!


俺は急いで、でも男に気付かれないように後を追う。


「ってか! 毎回っ! 知らん奴にはホイホイついて行くなって言ってんのにっ!」


知らない奴に、警戒せずに、すぐついていく蓮華に呆れ、かつ、少しの苛立ちを覚えながら、俺は二人を追う。


「あの野郎、どこまで行く気だ?」


 追いかけ始めて、五分くらい経っただろうか。ここは、駅から結構離れている。だが、男は足を止めない。蓮華も少し困っているように見えた。だが、この状況、一番当たってほしくなかった予想が当たりそうで怖い。心臓が、駅にいた時よりも早く動く。男と蓮華を追いかけていることもあるだろうが、それ以上に、緊張感が襲ってきている。――もしこれが、男の家に行って、チケットを渡して解散。だったとしたら、一番嬉しい。男はただただ忘れ物をした、おっちょこちょいの優男になるだけだからな。だが、それ以外なら――いや、チケットを渡す以外の結末だったら、全て最悪だ。


だが、俺はただ結末を見るためだけに、此処までついて来たんじゃない。男が蓮華に何かする前に、――俺は命を賭けてでもアイツを守る!


 ~五分後~


 男と蓮華が止まった。だが、最悪だ。止まった場所は男の家でもなく、蓮華の家でもない。人通りの少ない、細い一本道だ。ここら辺は、本当に人がいない。


 俺は移動の準備を急いで始める。――多分、男の狙いは……いや、絶対に男は蓮華を狙っている。


 チラッと、男と蓮華の方を見ると、蓮華は不安がっていた。男は少し笑みを浮かべる。その笑みに俺は恐怖を覚えた。だが、まだ決定的な証拠は無い。それに男の正面から向かっても、蓮華が危ない。俺は前日に購入したカメラと通信機付きの小型モニターをカバンの中から取り出す。そしてそれを置き、俺は男の背後の壁に移動した。


 男の背後の壁への移動が完了した。その約一分後、先程まで会話をしていた男に動きが出た。自らのカバンを漁り始めたのだ。そして、男はカバンからある物を取り出す。そのある物を見ると俺は、背後の壁から飛び出し、男を思いっきり蹴り飛ばす。――何故かって? 男が取り出したものは『包丁』だったからだ。


「ちょっ、護っ、アンタ何してんの!?」


「馬鹿っ!その男の手元をよく見ろ!」


そうして蓮華は男の手元に視線を移す。――そして、青ざめる。


「嘘っ……」


「その男は、お前にチケットを渡すつもりは無い。いや、そもそもチケットなんか持っていなかったのかもしれない。そいつの狙いはお前だ! 蓮華!」


「そっ……そんな……」


蓮華は今にも泣きそうだった。騙されたからではない。今、自分が、凶器を持った大人の男に狙われているという事実に恐怖を覚えたからだ。


「にっ、逃げようよ! 護!」


「いや、俺は逃げない!」


「何でっ……!」


「逃げ切れる保証が無いからだ!」


「そんな……じゃあ、どうしたら……」


「蓮華! お前は俺の言うとおりにしろ!」「わっ、分かった……」


――そして一呼吸置いた後、俺は覚悟を決め蓮華に言う。


「蓮華だけ逃げろ」


「そんなっ……そんなことできない! 私も残るっ!」


「駄目だ! こいつの狙いはお前だぞ! じきに奴は起き上がる。俺はお前を逃がす時間を作る。だから!」


俺が、蓮華を何とか逃がそうとしていると、男は起き上がってこっちに向かって来た。


俺は男に対して、怒り込めて口を開く。


「目が覚めたかよ。クソ野郎」


すると男がその言葉にピクッと反応し、


「口の聞き方がなってねーな。ガキ」


「どうして蓮華を狙う!」

「そんなの決まっているだろう。俺の物にするためさ」


「――お前のものだと! ふざけんな!」


「うるせぇ! その娘はな、俺と話すのが楽しいって言ったんだ。もっと俺と話したいってな!! だから、俺の物するんだ! だが、その娘は俺の告白を拒否しやがった! 俺の感情を弄んだんだ!!!」


その言葉を聞いた途端、俺は今までに経験したことが無いくらいの怒りを覚えた。


「……ざけんな」


「あぁ?」


「っざけんじゃねーよ! そんなもん、テメェの勘違いだろうが! で、断られたから、殺すのかよ! ――確かに俺は口が悪い。だが、テメェは心から腐りまくってんだよ!!」


「言いやがったな……クソガキがぁ! テメェから始末してやる!」


「殺れるもんならやってみろよ! 蓮華! 立て! 今すぐ逃げろっ!!」


「嫌……! だって、護と、ずっと一緒に……」


蓮華は泣きながらそう言った。


「俺は、必ず戻る! ――だからこれが終わったら、また沢山話そう!」


俺は蓮華が不安にならない様に、少し微笑んで言った


「で、でも……足が……」


蓮華がそう言うと、男が


「死ね! クソガキ!」


と言う声と共に『包丁』を持った手を振り下ろす。


俺はその攻撃を避け、男を蹴り飛ばす。


俺は蓮華に駆け寄る。


「蓮華、立てるか?」


そう言って手を貸す。そして、こう続けた。


「蓮華、カバンを頼む。そして逃げろ。悪いが、返事はYes以外無しだ」


「わ、分かった……絶対に戻って来てね……」


「勿論だ!」


そういうと、蓮華は駅の方面に振り返って、走り出した。

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