第15話 心の距離

 詩と遊んだ日から二日が経ち、月曜日になった。いつも通り授業を受け、詩と他愛ない話で盛り上がる。しかし、今日はいつもとは違うことが一つあった。


「林君、えっと、図書室、行こ?」


 佐藤さんが俺にそう話しかけてくる。そう俺は今日からカウンター当番として一週間働くことになっている。


「そ、そうだね。そろそろ、行こうか」


 俺も少しどもりながら佐藤さんの言葉に返事をする。


 因みに詩は前の図書委員会の時と同様いつの間にかいなくなっていた。


「それにしても、今日から図書委員か……なんか緊張して来たな。」


 どんなことでも初めてっていうのは意外と緊張するもので図書委員に関してもそれは同じだった。


 ……まあわからないことが合ったら佐藤さんに聞けばいいからそこまで緊張することはないか……


 話せるかな……いや、話すって言っても図書室でするのは筆談だよな。それともわからないことを聞く時くらいは小声で話しかけていいのかな?難しい所だよな。何事も臨機応変っていうのは求められるからな。


 俺が一人自問自答していると佐藤さんが話しかけてきた。


「そこまで緊張しなくても大丈夫ですよ。わからないことがあったら聞いてくれてかまわないですし」


 佐藤さんにも先ほどの俺の懸念が聞えていたらしくとても頼りがいのあることを言ってくれる。


「それに初めの1、2回は先輩たちの誰かが教えに来てくれるんじゃないですかね?去年は確かそうでしたし。」


 成程、仕事とかはいつ教えてくれるのかと思ったら、カウンター当番の当日に先輩が来てくれるのか……


 でも、そうなると佐藤さんと二人きりというわけでは……いや、別に二人きりになりたかったわけではないし、うん、佐藤さんと先輩、図書委員について詳しい人が二人もいるなら、頼もしいまであるよな。……それに、あくまで、1回目と2回目だけの話だしな。……いや、それだとまるで、佐藤さんと二人っきりになりたいみたいだな。


 まあ、あれだよ。佐藤さんと親睦を深めるみたいなのは必要だしな。これから図書委員としてやっていくわけだし、それ以外でも……………………絡みないか…………

 ……いや、同じクラスだし、詩と同じ部活だし、何らかの絡みがあるかもしれないよな。


 …………とりあえず今は未来のことよりも目の前の図書委員のことについて考えるか。


「…大丈夫?林君。悩み事?」


「え、あれ佐藤さん。話しかけてくれてた?」


 俺が深く考え込んでいると佐藤さんが話しかけてきていた。


「う、うん。林君急に静かになるからどうしたのかなって?何か用事があるなら今日は帰りますか?先輩には私から言っておきますよ」

 

 佐藤さんが気を使ってくれるが、別に重要な悩みがあるわけではない……いや、うん、まあまあ、個人的には重要なことでもあるような、ないような。


 そんなことを考えながら佐藤さんを見ると佐藤さんがもう一度「大丈夫ですよ。去年も図書委員だったし私一人でも回せますから」と言いながら安心させるためにか笑みを見せてくれる。


 しかし、別にこの後に用事があるというわけではないため、佐藤さんの気づかいに俺は首を横に振る。


「大丈夫だよ。別にこの後用事があるわけではないから。……ただ、ほら、わからないことがあるときとかは声に出して質問してもいいのかなとか……さ。そういうの考えてたんだよ」


 …………先ほど考えてたことは、図書委員以外での佐藤さんとの接点があるかどうかとかだったけど、俺は咄嗟にそれを誤魔化して別の言葉を口に出した。


 別にわからないことをどう質問するかについても考えていなかったわけではないから嘘ではない。


 ただ、佐藤さんに話しかけられていた時に考えていたことは俺と佐藤さんの今後の付き合いだっただけで…………


 ただそのことを急にいう訳にもいかない。俺と佐藤さんはまだ会ったばっかだし、あんまり仲が良くない男から図書委員以外でも仲良くしたいなんて言われても迷惑なだけだろうしな。


 佐藤さんは俺の言葉に合点が言ったというように頷いている。


「成程、そういうことでしたか、一応図書委員に関係のあることなら問題ないと思いますよ。大きい声で話してたら別ですが、小声で話す分には問題ないと思います。仕事の説明の際も普通に説明しますしね。反対に筆談で説明して仕事が滞る方が問題ですから」


 一応そこら辺の線引きはあるのか。……一つ疑問が解消してすっきりした


 俺と佐藤さんが話していたら、いつの間にか図書室についていた。


 俺たちが図書室の中に入ると、貸出カウンターの前に一人の男子生徒が座っていた。


 その生徒はこちらに気が付くと手を振りながら小声で話しかけてくる。


「え~、まあ図書委員にようこそ。って言って置いた方がいいかな?そっちの佐藤の方は去年も図書委員だし、そういうのはいらなそうだけど」


「あ、こんにちは坂本先輩。」


 どうやら、俺たちを待っていた先輩の苗字は坂本というらしい。メガネのかけた優しそうな先輩だ。


「えっと、初めまして俺は林湊っていいます。」


「ああ、これは丁寧にありがとう。俺は坂本凛侘。これからよろしくね。」


 坂本先輩はそう言いながら手を差し出してきたのでその手を握る。


「そう言えば今回、私たちに図書委員の仕事を教えてくれるのは坂本先輩なんですか?」


 丁度、俺も疑問に感じていたことを佐藤さんが聞いてくれる。


「ん、ああ一応そうなんだが……正直、俺いるか?佐藤がいるならいらない気もするんだけど……」


 その言葉を受けた佐藤さんは俺の方を見てくる。もし、坂本先輩が教えないとなると俺に図書委員の仕事を教えるのは佐藤さんになるから、自分が教えるか、坂本先輩に教わるかどっちにするか問いかけてきているのだろうか?

 

 坂本先輩もそれを受けこちらを見てきている。


 正直、この場合はどっちを選べばいいんだろうか……。これで佐藤さんがいるから大丈夫ですなんて言ったら、ほら勘違いされそうだろ?


 う~ん、それを考えるとやっぱり坂本先輩に教わった方がいいかな?


「え~と、坂本先輩にまず教えて貰おうかな?」


 俺がそう言うと佐藤さんが俺の肩に手を置いてきた


「大丈夫だよ。私、先輩だから、私、先輩だから。ね、大丈夫だよ?」


 何だか佐藤さんからの圧が強い。


 もしかして、一応判断を俺に委ねたけどその上で自分を頼って欲しかったってことなのか?


 それを見ていた坂本先輩は微笑を浮かべる


「なら、俺はとりあえず、見守ることにするよ。……もし、佐藤の説明でわからないことがあった時は俺を頼ってくれて構わないから。」


「いえ、先輩の出番はないので引っ込んでいてください。林君は私が責任をもって一端の図書委員に育て上げます。」


 何故か二人の間に火花が散っている様子を想像してしまった。しかし、坂本先輩はすぐに切り替えて話題をもとに戻す


「とりあえず、カウンター席に移動しようか。」


 それに従い俺たちはカウンター席に移動する。


 その後は佐藤さんが仕事を教えてくれたんだけど、口頭だけだとわからないってことで坂本先輩が返そうと思ってた本を使って実際に返す作業をやって見せてくれた。


 ただ、そうなると必然的に一つの画面を佐藤さんと二人で見ることになって画面をみるために結構密着することになった。


 ……それにドキッとしていたら後ろから視線を感じ、振り返れば坂本先輩がなんかニヤニヤしていたため、結構やりづらかった。


「うん、一通りは問題なさそうだし、俺は向こうに言ってるよ。どうやら、俺がいると林君もやりづらいみたいだしね」


 最後の方はにやにやしながらそう言い放ち坂本先輩はカウンター席から他の生徒たちも座っている図書室利用者用の席に座って勉強を始めた。


 因みに先ほどの言葉に佐藤さんは首を傾げており、ノートを取り出し、【どういうこと】と尋ねてくる。俺はそれに対し【何でもないよ】と返しておいた。


 というかそう返すしかない。それに坂本先輩は恋心かなにかと勘違いしてるみたいだけどこれは別にそういうものではない。まだ仲が言い訳でない女子に対してのちょっとした初々しい照れみたいなものだ。


 というか、俺、交換ノートの返事書いてきたんだった。佐藤さんが筆談してきてくれるまで忘れてたな。


 俺は自分の鞄から佐藤さんから預かっていた交換ノートを取り出し、佐藤さんに渡す。


 佐藤さんは俺からの交換ノートを受け取ると中を読み始める。


 俺はその間、返却しに来る人がいないかを確認しながら、少しだけ佐藤さんの様子を伺う。


 変なことは書いてないと思うけどこういうのってなんか緊張するな。ラインだとそんなことないのに…………


 俺はドキドキしながら佐藤さんが読み終わるのを待つ。


 それから程なくして佐藤さんが顔を上げると交換ノートに何かを書いていく。


 な、なにか不備があったかな、なんて戦々恐々としていたら、

【私もアニメとかラノベとか漫画とかのサブカルチャー、好きですよ】

 と書いてきた。


 どうやら不備とかではなかったらしい。

 

 俺は佐藤さんが書いたすぐ下に

【そうだったのか、佐藤さんはてっきり純文学とかが好きなのかと思ってたけど……。それなら、いつか好きなアニメとかラノベとか話したいな】

 と書いた。


 ちょっとまてこれだと今度一緒にデートしない?的な風に受け取られないか?

 いや、そこまでのことではないか。話の流れ的に俺の意図は伝わるだろうし……。

 うん、別におかしなことではないな。


 ……でも、その場合どこで話すのだろうか。いや、そもそも、佐藤さんは俺の誘いの返事にどういう対応を取るのだろうか?


 俺は佐藤さんの様子を伺う。


 佐藤さんは嬉しそうな表情をした後、少しの間、考えこみ

【いつにする】

 と書いた。


 しかし、それを慌てて消して、

【そうだね。いつか話したいね】

 と書き直す。

 

 いつかとかって相手の誘いを断るときに使う典型的な文章だけど今回に限ってはそんなことはないよね?


 いつにするって書いてくれたし、とは言え、このまま誘うと引かれちゃうかな?

 俺は少し考えた後、今回は佐藤さんの返答にそのまま頷いて返す。


 俺たちがそんなやり取りをしながらもカウンターとしての仕事を行いながら過ごしているといつの間にか時間が過ぎており、図書委員の終わりの時間が来ていた。


 坂本先輩も時間が来たことに気が付いたのかこちらに歩み寄ってくる。


「二人ともお疲れ様、本当に俺はいらなかったかもしれないな。」


 坂本先輩が謙遜してそのように発言したので

「いえ、坂本先輩がいてくれて助かりましたよ。最初の本の返却の練習にも付き合ってくれましたし、すっごいもたもたしてたのに文句も言わずに待ってくれてとてもやりやすかったです。」

 俺は坂本先輩にありのままの感謝の言葉を述べる。


「まあ、私の天才的な指導もあったとは思いますけどね」


 そこに対抗心を燃やした佐藤さんが胸を張りながら主張してくる。


 改めて考えてみると佐藤さんが人にこういう態度取るのって初めて見るな。いや、そもそも、そんな長い付き合いじゃないし、当たり前なんだけど……。友達とかにはこういう感じなのかな?


「それじゃあ俺は先に帰るわ。お前らも気をつけろよ」


「え?私たちもこれから帰るんですけど……一緒に帰らないんですか。林君も帰りますよね」


 俺が考え事をしている間に二人の会話は進んでおり、その際に俺に話が降られたようだ。俺は今まで考えごとをしていたことがばれないように返事をする。


「ん。ああ、俺もこれから帰りますよ」


 帰る。帰らないというところからは聞いていたのでそこまでおかしな返事はしていないと思う。


「いやいや、今日は二人で帰れよ。俺とは林もあんま接点ないだろけど、佐藤とは別だろうしな」


 なんだか、坂本先輩が一瞬こちらを見てアイコンタクトをしてきた気がするけど、……きっと気のせいだろう。


 坂本先輩は「そんじゃ、先帰るわ」と言い。そのまま一人で帰ってしまった。


 俺と佐藤さんは顔を見合わせるとどちらともなく顔を逸らす。


「まあ、じゃ、帰ろっか」


 気まずい空気をどうにか払拭しようと口を開くと自然とそんな言葉が出てきた。


 まあどうせ、このまま突っ立ってるわけには行かないし妥当な考えではあると思う。


「そ、そうだね。なら帰ろっか」


 そのまま俺たちは帰り支度をして司書さんたちに挨拶をした後その場を後にする。俺たちの間に気まずい沈黙が流れている。そんな中何か話題を振りたくて色々と考えているとふと疑問に思っていたことを口に出していた


「そう言えば、佐藤さんと坂本先輩って仲いいの?」


 その言葉を言った後にはっと佐藤さんの方を見る。正直、これだと佐藤さんに対し好意があるように見えるのではないだろうか?


 いや、佐藤さんとは是非とも仲良くしていきたいとは思っているけど、出会ってから


 そんなに時間がたっていない奴に好意とかもたれてたら気持ち悪いよな。


 俺だってあくまでも友達として、そう友達として仲良くしたいだけで他意はないんだけどね。


 俺は不安になりながらも佐藤さんの返事を待つ。ここで急に話を変えたら余計に真実味が増すからな。


 しかし、どうやら俺の懸念は杞憂に終わったらしく、佐藤さんは俺の質問に真剣に答えてくれた。


「仲は良いですよ。まあ、友達というわけではないですけどね……。恋人とかでもないですし……。しいて言えば兄妹ですかね。いえ、私一人っ子なので兄妹がどういうものかわからないんですけどね」


 少し照れたように佐藤さんはそう答える。


 成程、兄妹みたいな感じなのか……


 そう言えば佐藤さんは彼氏とかいたことあるのかな?


 俺は少しだけ、踏み込んだ質問をする。先ほどの発言も世間話の一環として答えてくれたし、もしかしたら、この話も普通に答えてくれるかな?いやなら答えてくれなくてもいいんだけど。


「佐藤さんはその、恋とかしたことあるの?」




 その瞬間、世界が凍ったように感じた。


 ……もしかして、地雷を踏んだ?


 俺は恐る恐る佐藤さんの方を向き直る


「えっと、いや、いやなら答えなくてもいいんだけど」


 その言葉に佐藤さんは我に返ったのかいつもの明るい雰囲気で俺の質問に答える


「え、いえ、大丈夫ですよ。私は恋したことないです。……興味もないですしね」


 あれ、佐藤さんって純愛系の恋愛ものが好きなんじゃなかったっけ?


 俺の疑問に佐藤さんも気づいたのか先ほどの内容に補足を入れる。


「あ、あくまでも自分自身の恋愛とかに興味がないって話です。他人の恋愛には興味津々です。林君の恋の行方もしっかりサポートさせて頂きますので安心してください」


 グッと握りこぶしを作り佐藤さんはそう言い放つ。佐藤さんが言っているのはおそらく群青さんとの話だろう。


「そ、っか。ありがとう」


 別にまだあったばっかだし俺自身多少佐藤さんが気になるだけだから全く相手にされていないのは気にならない。ただ、当たり前だけど俺の知らない佐藤さんを今日の1日でいっぱい見て俺と佐藤さんの心の距離が思った以上に大きいことを知っただけだ。


「はい、任せてください。私は林君の友達なので」


 佐藤さんはそう言った後に、


「え、えっと急に友達は図々しいですよね。あはは……」

 

 と言って誤魔化す。

 

 俺はそれに対し

「ううん。俺も佐藤さんとは仲良くしたかったからうれしいよ」

 と返す。


 その言葉を聞いた佐藤さんはぱあっと明るい笑みを浮かべて


「なら良かったです。これからは私たち永遠の友達ですね」

 と言ってくる。


「永遠かあ……。」


「え、す、すいません。図々しいかったですね」


 心配げに佐藤さんが見てくるので俺は安心させるために精一杯の笑みを浮かべる


「いや、ならこれから俺たちは永遠の友達だ」


 吐いた唾は吞めぬという言葉もあるけど、正直、佐藤さんを安心させるためとはいえそんなことを言ってよかったのかと考えてしまう。


「あ、ここでお別れですね」


 佐藤さんの言葉で自分が既に校門まで来ていたことに気づいた。


 佐藤さんと俺は帰る方向が真逆なためここでお別れとなる


「うん、佐藤さん。また明日。」


 俺はそう言うと佐藤さんに別れて帰路につく。


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僕は美男子じゃないし、彼女は美少女じゃないそれでも僕らは恋をする パグだふる @wakaba1002

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