第2話 長き戦いの末に
じゃんけんというゲームはグーチョキパーの3つの役を用いた三すくみのゲームである。
チョキがグーに勝つことはなくパーがチョキ勝つこともなくグーがパーに勝つこともない。それ故にこのゲームは完全に運の要素によって構築されているといっても過言ではない。
しかし、そんなゲームでも勝利をもぎ取ろうと考えるものがおり、そんな彼らが持ち込んだものこそ。
「なあ、お前ら知ってるか?グーを出した場合に勝つ確率は大体六十%らしいぜ」
そう、駆け引きである。このように真実か嘘かすらわからない情報により相手をかく乱し、自分が勝てるように相手を誘導するやり口だ。
当然これには相手が何を出してくるかを予測する必要が出てくるが、完全に運の勝負から実力を踏まえた勝負に落とし込むことが出来る。
また、運の勝負であるが故に
「俺は今日のために神社巡りをして運を高めていた。それだけじゃない。開運アイテムや風水。あらゆる面において俺に死角はない」
このようにして必勝祈願を行うものもいる。
また、駆け引きを持ち出された際に心を乱さないために
「ふん、貴様らのような俗物にこのじゃんけん、勝てると思うなよ?」
滝に打たれてきたものもいた。
因みにそんな特殊な…というか少し変わった手法を用いて勝負に挑んで来た彼らは全員春休みが終わる前までは帰宅部所属?の普通におとなしい生徒だったらしい。
しかし、今では頬にハートやスペードのペイントをした桃色の髪の青年(駆け引きを仕掛けてきた生徒)、お守りやパワーストーンらしきものを大量に腕に巻き付けた青年(神社巡りを行っていた生徒)、筋骨隆々の坊主頭の青年(滝に打たれてきた生徒)へと変貌を遂げていた。
その変化に彼らについて知っている人たちは驚きを隠せないみたいで、本当に本人なのか確認している人までいた。
そんな弛緩した空気を引き締める言葉が俺たちに投げかけられる。
「お~い、なんでもいいから早く決めてくれないか」
担任の何の気なしの言葉。だが、現在この場においてはこれ以上ないほど効果を発揮する言葉。
現在そして過去、どれだけ笑いあっていようとこの舞台に立った以上は絶対に避けることのできない戦い、仲間などいない孤独な戦いであることを思い出すのには十分な言葉だ。
そして、誰の掛け声だったか覚えていない。
しかし戦いの火ぶたは切って落とされた。
「最初はグー。じゃんけん ポン」
初戦はグー、チョキ、パーが場に揃う。結果は引き分けだ。
「くそ、まさか、俺の思考誘導が破られるとはな」
ピンク髪にハートとスペードのペイントをした生徒(彼を知っているクラスメイトからは鈴木君と呼ばれていた)がそう呟く。
「ふん、そんな付け焼刃の思考誘導が俺に聞くかよ」
お守りやらパワーストーンやらを手に巻きつけている男子(彼を知っているクラスメイトからは山崎君と呼ばれていた)が不敵な笑みを浮かべる。
「ふん、その程度でこの俺を揺さぶれると思われていたとはな」
やや呆れたように、坊主頭のガタイがいい生徒(彼を知っている生徒からは伊藤君と呼ばれていた)が嘆息する。
因みに鈴木君はチョキ、山崎君と伊藤君はパーだったのだが…これは三人でじゃんけんをしていた場合、彼らは鈴木君に負けていたのではないだろうか?
因みに俺は鈴木君と同じチョキを出していた。俺の場合は元々、初めにチョキ、二回目はパー、三回目はチョキ、そして四回目はグーを。そして、その後はこれを繰り返すとあらかじめ自分の出す役を決めていたからなんだけど。
そうすれば、駆け引きで誘導されることもないからね。
因みに今じゃんけんをしている人数は元々、群青さんと関わりを持っていなかった人たちが集まっており、人数で言うと大体十人くらいがこの戦いに参戦している。
☆☆☆
…長き戦いの末に(まだ4回目)鈴木君がしびれを切らし勝負を仕掛けてくる。
「ふう、だから言っただろうグーの勝率は六割、つまりグーを出すのが正解だと」
彼は肩を竦めながらそうのたまう。最初の戦いでパーを出した人の言いぐさとは思えないがこれが彼の戦い方である以上野暮なことは言えない。
それにしてもどういうつもりだ?あいこから次の手を出す間にこんな駆け引きを持ち込むなんて、普通は考える時間なんてないぞ?
…いや、まさか、それを狙って!
彼はグーが強いという認識を植え付けることによって俺らにグー出させる気だ。そして、彼は初戦のように悠々とパーを出す。
クソ、はめられた。今からパーに変えなければ…
だが俺の右手は既に固く握りしめられており、ここからパーに変えることは出来なかった。
…当然、負けたと思った。
しかし、
「なっ…」
周りの人間の手は鈴木君を除きチョキとなっており、俺と鈴木君のみがグーを出していた。
「ば、ばかな。あの状況でグー…だと?俺たちが初戦と同じ轍を踏むことを読んでのパーじゃなかったのか?」
俺以上に森崎君が鈴木君の役に驚きを隠せずにいた。
「ふん、俺を甘く見るな。長きにわたる死闘を繰り返したお前たちがこの程度の高速思考バトルについてこれないなんて………俺が思うわけないだろう?」
その言葉を聞いた俺たちの胸には何とも言えない感情が芽生えた。
いや、わかる。この感情こそが≪絆≫。
この一体感こそが心が通じ合うということ…俺は鈴木君にお礼を言おうと口を開く。そうこの感情を教えてくれた彼に対して礼を言うために…
「お~い。鈴木、林、ちゃっちゃとじゃんけんして図書委員を決めろ」
担任が俺たちに声をかける。
俺は鈴木君に向き合い。
「鈴木君、悪いけど図書委員の座は俺がもらうから」
俺たちは友と書いてライバルと読むから仕方ないね。
それに対し、鈴木君も好戦的に笑い
「ああ、かかってこい。」
結果だけいうと俺の勝ちだった。勝因はやっぱり俺が彼の駆け引きなんて気にせず、初めに決めた役を出したことだろう。
そういえば。結局お礼は言ってなかったけど、まあいいか。
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