第16話 夏の終わり

帰国の飛行機の中、裕之はあの写真のことが頭から離れなかった。ネイリンとの夜を過ごしたのはアメリカ同時多発テロがあった年。あの時の子供だとすれば確かにアキナの年齢と一致する。

ただ彼女の職業柄、あの写真だけでアキナが自分の娘だとは受け入れ難かった。たまたまあの写真の男を夫としたのではないだろうか。アキナが勝手に母と写る男を父親と思い込んだ可能性もある。


飛行機が日本に近づくにつれ、裕之は確かめようのない事実に少しづつどうでもよくなっていった。



仕事を終える時間帯、外は肌寒さを感じる季節になった。アキナはマンションに着くとエレベーターに乗った。体の重さがふと軽くなり、扉が開いた。昼間は全く気にならない扉の音も、この時間帯は大きく響いた。

小さなバッグから鍵を取り出し玄関の扉を開けたその瞬間だった。アキナは背中を強く押され、玄関に膝をついた。扉が閉まり鍵をかける音。振り返ったアキナはその光景に声を出すことが出来なかった。髭を生やしボサボサ頭の男。風貌はだいぶ変わっていたがすぐにわかった。従兄だ。

「ミツケタ。オレノ人形」


アキナは立ち上がるとキッチンへ走り包丁を手にした。男と揉み合い、倒れたその時、胸に激しい痛みを感じた。溢れ出る血はアキナの紺色のブラウスを黒色に変えていった。床に流れる血を見ながらアキナは〝シーツを洗わなきゃ。祖母に叱られないように〟と思った。そして母親の顔が浮かんで消えた後、裕之の横顔が一瞬浮かんですぐに消えた。

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