第11話 さとみ

さとみは長らく裕之の部屋の灯りがないことを心配になっていた。裕之と別れてもう2ヶ月以上になるが、会社から帰宅途中に裕之のマンションを見る癖は抜けてなかった。〝引っ越したのだろうか。まさか入院?〟


別れた理由は些細なことだった。裕之の仕事が忙しくて構ってもらえないさとみは、元彼に相談した。そのことにありもしない話がくっついて裕之に伝わったのだ。別れ話は初めてではない。なんとなくお互いまた元に戻るような気がしていた。


帰宅途中に久しぶりに裕之の部屋に灯りが点いているのが見えた。さとみは思わず車を止めると裕之に電話した。2ヶ月ぶりの連絡。裕之は電話に出た。「どこ行ってたのよ。」安心した気持ちがまるで怒ったような口調にさせた。「出張だよ。中国。」



1ヶ月だったが、初めての海外出張はもっと長く感じた。日本に着いて空港で食べた蕎麦の美味さに感動した。街にはゴミ1つなく、クラクションの音もない。1ヶ月ぶりの日本はまるで異次元から帰ってきたような気分だった。

仕事はそこそこ上手くいった。2ヶ月後には生産状況の見極めにもう一度現地に行く必要があるが、それは短期だろう。


さとみとの電話の後、パソコンを立ち上げ出張先でまとめきれなかった情報の整理を始めた。項目別にデータを分かりやすくまとめる。デジカメをパソコンに繋ぎ、現場の画像を貼り付ける。その時、仕事とは関係ない画像に一瞬ドキッとした。ベッドに座る女性の写真と、その女性と2人で写った写真。裕之はその写真が自分に起きた出来事のような気がしなかった。


裕之はデジカメのゴミ箱のボタンを探した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る