第9話 私服の女性

それは初めての飲み物だった。

バケツのようなガラス容器には氷が入っている。そこへボトルワインを全て注ぎ入れたと思ったら、缶ジュースのスプライトが2、3本注ぎ込まれた。それをグラスに分けていく。赤ワインのスプライト割り。


「かんぱーい!」どこにいようが日本人が集まればこの音頭だ。裕之は少し味を確かめると、一気にそれを飲み干した。意外と美味しい。連日の仕事の疲れからかその一杯で気持ち良くなった。海外でずっと張り詰めていた緊張の糸が緩んでいくようだった。


女性の名前はネイリンと言った。漢字ではよくわからなかったが、そういう風に聞こえた。彼女は自分の名前を書いた紙を折り紙のように花の形に折ると裕之に渡した。

年齢は21才で今日が初めての出勤とのことだった。〝だから私服だったのか〟

肩までの黒髪。先輩は「日本人みたいだな。」と言ったが、確かにほかの女性達より見た目の雰囲気が日本人ぽかった。お酒を飲んだ彼女は、学生の飲み会のように楽しそうだった。接客という考えはまるでゼロだった。


数少ない日本語の歌を歌い、散々赤ワインのスプライト割りを飲んで盛り上がる中、時計の針は0時を回っていた。そろそろ帰ろうかという雰囲気になった時「女性連れて帰りますか?」と課長が言った。連れて帰った後は、ことを済ますと帰ってもらうパターンと朝まで泊まるパターンがあり、それぞれで金額が異なるとのことだった。先輩達全員が連れて帰ると言った。この状況で断ることもできず、裕之も連れて帰ることにした。


タクシーはギヤを変える度に裕之の体を揺すった。窓に流れる景色はさっきまでとはまるで違う世界を映していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る