第7話 アキナ
アキナは10才の時に母親を亡くした。癌だった。寝込むようになって3ヶ月ほどで、まるで別人のように痩せ細って死んだ。父親はアキナがもっと幼い時に死んだと聞いた。アキナに父親の記憶はない。母親と2人で写った写真が1枚あるだけだった。
母親の葬儀の後、アキナは生まれ育った土地を離れ、祖母の家に預けられた。その家には祖母以外にアキナの7才年上の従兄がいた。母親からは祖母や従兄の話を聞いたことがなかった。
家は狭かった。アキナは祖母の部屋で寝た。祖母は優しかったが、従兄はいつも苛立っているようで怖かった。
その時が訪れるのは早かった。祖母が風邪をひいて寝込んだ時、アキナは従兄の部屋で寝ることになった。小さな布団を従兄の布団の横に並べて敷いた。
眠りについてどれくらい経っただろうか。息苦しさで目が覚めた。暗い部屋の中、アキナに跨がる従兄の姿が見えた。何をしようとしているのか全くわからなかった。怖さに体が震え、声を出すことが出来なかった。すぐに怖さは痛みへと変わった。
翌朝、祖母が起きてこないうちに血の付いたシーツを洗った。痛みでまともに歩くことが出来なかった。ものすごく悪いことしたような罪悪感に襲われた。
祖母の体調が良くなりアキナはホッとした。その晩、祖母は言った。「あんた今の部屋で寝る方がいいんだってね。」
毎晩続く従兄の行為に、アキナは感情を無くしていった。〝私は人形。従兄は寂しがり屋で人形を抱かないと眠れないの〟
ある日、従兄は入院することになった。昔からの病状が悪化したとのことだった。アキナは彼の体が悪いことに全く気付かなかった。〝毎晩あんなに汗をかくまで人形と遊んでたのに〟
半年ほど過ぎた頃、祖母に連れられて従兄の入院する病院に行った。従兄はアキナを見ると興奮した様子だったが、ベッドにベルトで固定された体は全く身動きが取れないようだった。帰り際、祖母は泣いていた。病院を振り返ると、窓に張り巡らされたフェンスが目に付いた。従兄の姿を見たのはこの日が最後だった。
アキナは気分が悪くなってタクシーを止めた。マンションまではもう少し。歩いて帰れる。あの記憶の中に今日の行動と結びつく物はないと思った。〝私は立ち直れてる。あのことを思い出すことはやめよう〟
男の横顔を思い出した。〝またお店に来てくれるだろうか〟
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