3節 現実逃避
自分の愛娘が、切羽詰まった表情で―――しかも伏して頼み込んでくる。
やはり父は愛娘に甘かった……いや、大甘だった。
それに愛娘自身が『けじめ』をつけようとしている、その態度を
「まさかお前、この辻斬りに心当たりでもあるのか。」
「ない―――とまでは言いません……が、しかし、その事を私自身でどうしても確かめたいのです。 ですから―――何卒ッ!」
どこか、心当たりがあるようだった……それに、愛娘ほどの腕前なら、この辻斬りに対処できるだろう―――そう思い、愛娘からの願いを聞き入れてしまったのです。
* * * * * * * * * *
その夜半―――紫の頭巾を被った、地方領主の高官の家紋を着けた者が、夜の辻を徘徊する。
それを狙い澄ませたかのように、辻斬りは襲い来る―――
だとて、今宵に限っては『いつも』通りとはいかなかった……そう、なぜならば―――
「(!!!)リ―――リリア……なぜあなたが。」
「やはりね、夜毎人斬りを愉しんでいたのはあなただったんだ。」
この、『辻斬り』の正体こそ、ホホヅキでした。
間違いであって欲しかった―――けれど間違いじゃなかった……自分の愚かさ故、
「あ、あのね?違う―――違うのよ?リリア……」
「何が違うって言うのよ!こんなにも
「待って?違うの、違うのよ。 私だってこんな事をするのは、あなたに迷惑がかかることだって判っていた……判っていたんだけれど―――ね? 我慢をしていると不思議と斬りたくなって堪らなくなってくるの……最初に斬り付けた時の、あの感覚―――人肉を斬ると言う……そしてその刃傷から溢れ出す多量の血潮―――私は、その時血の臭いに酔ってしまったんだと思うの。
だから、こんな事はいけない事―――こんな事を続けてしまっていては、大好きなあなたに……愛しているあなたに嫌われてしまう、そう想った。 そう想ったからこそ、今度で止めよう―――今度で止めよう、と自分に言い聞かせてきたのだけれど……どうしよう~~~もう、止まらないの―――無性に、血肉を斬りたくなって堪らなくなるの!!」
何の……言い訳にもなっていない。 いや最早、言い訳にすらなっていない―――
そこでただ吐いて棄てたのは、神に仕える巫女が生殺与奪の愉悦を覚えてしまったという―――独白。
それに、自分のしてきた事を正当化しようとしている為、普段では無口なはずの幼馴染の舌は、実に
それに―――……
それにリリアは、実は、自分の幼馴染の事を、実に好く理解をしていた……。
「―――そう言う事だったんだね、よく判った。」
「リリア―――ごめんなさい……私は覚悟は出来ています。 あなたが私の前に現れたと言う事は、辻斬りの正体が私だと判っての事なのですよね。
だったら……この私の生命の行方を、あなたに委ねたいと思います。 他の誰かの手でこの
その覚悟は、既にできていた―――愛する者の手により、この生命が断たれることが本望だと、血によって朱に染まった巫女は、そう申したのでしたが……
「じゃあ―――逃げよう……私と一緒に。」
「(…………)―――今、なんと?」
実はリリアは、ホホヅキを殺める為に―――辻斬りの正体を看破し
そう、リリアの内では十中の八か九、辻斬りの正体をホホヅキだと見込んでいた。 ただ、十中の十ではなく、残りの一・二は、ホホヅキではない事に少なからずの希望を賭けていたのです。
けれども、結末だけを見れば―――なのですが……
「私は―――ね、ホホヅキ……今回の件はあなたじゃないかって当たりをつけていたの。」 「それでは―――……」
「うん、だからこう言う事になるであろうことを予測し、手は打っておいたのよ。」
今回の行動に及ぶに至り、リリアは
それが件の辻斬りを始末する為にと、身支度を整え家から出て行く間際に、父親宛てにと認めた『
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
お父さんへ―――これまで長い間、大変お世話になりました。
これより私は、我が家名を
つきましては、お父さんに告白しなければならない事がある為、急遽筆を
それは、この辻斬りの正体についての事でございます。
以前申し上げた通り、私の心当たりでない者であれば、必ずや私は彼の者を一刀の下に斬り捨て、かかる我が家の汚名を返上し、家へと戻って参りましょう。
ただし……心当たりある者なれば…………どうかこの不肖の娘めに勘当を言い渡し、それを
左様……私には心当たりがあったので御座います。
そしてお父さんから、『道統以外の者に、剣術の指南をしていないよな』と問はれた時、『していない』とお答えしたのは、真っ赤な嘘だったのでございます。
そう……あなたの不肖の娘は、絶対に嘘を
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そして図らずも、夜が明けた頃合になっても、辻斬りの始末に出かけた娘は、戻って来ることはなかった―――
* * * * * * * * * *
こうして―――産まれ故郷を離れた2人は、種属の
「あの……リリア、良かったのですか?」
「何を言っているのよ、私はこうなる事を予想してサライから出てきたのよ。 それにこの私の武がどこまで通用するか―――そうした事も興味としてあったからね。 最善で魔王軍―――最悪で傭兵稼業……ってところかな。」
着の身着のままで生まれ故郷から出てしまった事で、ホホヅキは不安に駆られたものでしたが、けれどリリアにしてみれば、今まで磨き上げてきた自信の
{*とは言え、この当時の魔王軍でも、入隊するには厳格な審査が必要だったため、そちらの道は断念せざるを得なかったようである。}
{*更にここで言う『厳格な審査』とは、入隊希望者が犯罪人であるか、前科があるかも含まれている。 そこへ行くとリリアは、犯罪人であるホホヅキを匿った上で出身国から脱出をしているため、断念せざるを得なかったのである。}
そしてこの後―――リリアはある選択をしました。
その選択とは、彼女自身が望んでいた事でもあり、後悔の念―――況してや他人からとやかく言われる事でもなかった……。
けれど彼女が選択んだ道…それが紆余曲折を経て、彼女が望んだ以上のモノを手に入れた事は、間違いはなかったのです。
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