2節 血の味を覚えてしまった巫女

他の周りの女性同士の“よしみ”とはまた違った別のかたちの“よしみ”を結ぶ2人―――リリアとホホヅキ…。

リリアの家柄は、ヒト族の国であるサライの一地方領主の武術を指南すると言う立場上、それなりの格式がある家柄でした。

片やホホヅキは、そのリリアの家の庇護の下、戦神いくさがみと呼ばれている『八幡大明神』をたてまつる神社に仕える神主の娘。

だから幼い頃には一緒に遊び、交流を深めるなどしてきましたが、そんな彼女達にも『転機』と言うものは訪れるのです。


        * * * * * * * * * *


それはある折、神社の境内で真剣での素振り500本を“しげしげ”と見つめる視線―――ホホヅキの胸の内には、あるモノが去来をしていました。

それはまた、自分の幼馴染の女性を、常に目で追っていたからこその、憧憬あこがれにも似た感情……


「498―――499―――500!……と――― (うん?)どうしたの、ホホヅキ。」

「いえ……いつ見てもあなたのそのサマは美しい―――そう想いまして……」

「『美しい』って言われたって、ただ真剣を振っていただけなんだけれどね……。」


同性である幼馴染が、心なしがほんの少し頬を紅潮させながら自分の在り様を『美しい』と言ってくる。 そこに“変”な事を感じながらも、謙遜を発する自分。

そしてほんの“ぽつり”と漏れ出してしまう、その想い―――


「そう……仰られずとも―――私はこの胸に、ずっと抱いている事があるのです。

いつかあなたの側で……共に真剣を振ってみたい―――」

「えっ……」

「だって、そうでしょう? あなたは『ただ真剣を振っているだけ』とは仰いましたが、そのたたずまい自体が美しいんですもの……。 そんなあなたの『美しさ』を、私も得たい―――言うならくは、私はのです。」


その『想い』―――こそ、まさに『転機』……そして、逃れ得ぬ、抗い切れぬ『運命さだめ』……


ふと何気なく口にしてしまった事、その事にリリアもあまり深く考えるような事はしませんでした。 その当時にしてみれば、自分の幼馴染の『ささやかな願い』―――そう思ってしまった事だから……


だが、これこそが『転機』―――逃れ得ぬ、抗い切れぬ『運命さだめ』。


リリアはそんな幼馴染の『ささやかな願い』を汲み取り、自分の師である父にも内緒でホホヅキに剣術の指南をしてしまったのです。


「(ふうん……やはりと言うか、流石と言うか―――いつも私の素振りを見つめていたから、“型”としての基本動作はよく出来てる……。 それに、ひょっとすると私が視ていない処で密かに私の素振りの真似事でもしていたのかもしれない。 体幹の軸のブレもないし、剣を振り切る諸動作―――私よりもキレがある……。 ここは一つお父さんに相談をするなどして、私の家の道場で正式に稽古を積ませてみるのも“アリ”なのかも……)」


武術指南役の娘であるリリアも認める程の筋の良さ。 だからこそリリアも、自分と一緒に鍛錬・修錬に励む道を模索し始めていた―――


そんな矢先の出来事に…………


         * * * * * * * * * *


「お父さん? どうしたんです―――」

「うむ……いや実はな、治部少輔殿が昨夜半何者かによって斬り付けられたみたいなのだ。」


「(『辻斬り』―――?!何と言う暴挙……己の武を知らしめる為なら御前試合にでも出て示せばいいものを。 それを己の武に心酔、卑怯にも不意打ちの如くに斬り捨て御免にするなんて―――ッ!!)」


同じ地方領主に仕えるさある高官が、正体不明の何者かによって刃傷にんじょううを被ってしまった。 この一大事が為に、ホホヅキと一緒に修錬・鍛錬をする旨を言い出せなくなってしまったのです。

そして、この一件があってしばらく経った後、八幡神社を訪れたリリアが見たモノとは―――


「(昨晩にもあった……これで連日立て続け―――全く、一体何者なの?こん――――な…………)」


「あらリリア、どうしたのまた思い詰めた顔をして。 ああまた旦那様とやり合ったというのですね。」


それは、『いつも』と変わらぬ光景のはずでした。


『いつも』の様に自分の悩みを打ち明け。   『いつも』の様に慰めてもらいたかった。


―――だけ、なのに…………


『いつも』と違う幼馴染―――


リリアが、そう感じてしまったのには理由がありました。


だって、『いつも』ならば―――


「(なぜ……なぜ―――あなたから血の臭いが漂っているの??)」


それは疑い―――疑ってはならないけれど―――『疑い』……

普段ならば、血の臭いなど漂わせる事由なんてどこにもないのに。


『いつも』の表情―――   『いつも』の口調―――


と、変わらぬ態度の幼馴染から漂ってしまっている『異変』。


「(ウソ……でしょ? ウソ……だよね?お願いだから―――ウソだと言って!!)ね……ねえ?ホホヅキ―――最近あなたの身の回りで、変わった事―――なかった?よ……ね。」

「何をおかしなことを―――リリアったら。 別におかしなことなんて何もないわよ?」


『いつも』の相好そうごう―――   『いつも』の声質―――


動揺ゆらぎなんてどこにもない……だからこそ、“黒”に近い“灰”だとはしても、自分の希望的観測をめて、その場は敢えて看過みのがしてみる事にしてみました。

けれど―――これがいけなかった………リリアが看過みのがしたお蔭で、日に一度だけだった頻度も、日に二・三度ともなればさすがに看過みのがすわけにも行かなくなった。 しかも回を重ねる毎に被害の度合いが強くなってくる。


この『辻斬り』が取り沙汰された当初は、刃傷沙汰だけに留まっていたものでしたが。 この『辻斬り』、回を重ねる毎に腕前の方も上がっているものと見え、最初に取り沙汰されてより5日目、とうとう最初の被害者が出てしまったのです。

しかもその被害者は、前年に於いての御前試合―――その準優勝者……

その『辻斬り』とほぼ互角の腕か、それ以上の腕前を持つ者に対しさすがに手加減が出来なかったのか……


「(実に見事な斬られっぷりだわ―――こうした評価は妥当ではないと判ってはいる……ものの、まさかが独学でここまでの腕前に成り上がっているなんて!)」


右肩口からの袈裟斬り―――またそこからの返し刀での逆袈裟斬り。

『実にいい腕』―――と、本来なら賞賛するべきなのに、それはやってはならない行為。 してやこの技こそは、自分の家の流派でもあったのです。

そしてこの遺体の実証検分が終わった頃、父に呼び止められるリリア。

父と娘と、水入らずで追及がなされる―――……


「リリアよ、お前に問いたい事がある。」 「……はい―――」

「この辻斬りの事が知れてより、我らが流派の道統は夜半の外出を禁じている事は、お前も知っていよう。」 「……はい―――」

「ならばあの仏の有り様、あれは何なのだ?!あれは我らが流派の『武刻斬波』そのものではないか!!? お前……まさかではあるが、我らが道統以外の者に剣術の指南をしているわけではあるまいよなあ?してやお前はいまだ、師範としての免状も得てはおらぬと言うのに!!」


日頃は娘である自分に対しては甘い父も、この時ばかりは厳しかった。

しかも核心部分を衝かれてしまい、口唇をきつく噛み締めるしかなかった。


それに、このままでは―――……


「お父さん―――何卒なにとぞ私に機会を! どうかこの私めに機会をお与えください!!」



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