『清廉の騎士』と『神威』の章

1節 いとし いとし といふココロ

人知れずの“時機”―――“場処ばしょ”にて、密やかに結ばれた『盟約』。

それとはまた、違う“時機”と“場処ばしょ”にて『運命の歯車』はまわる……


その場所とはヒト族の国である『サライ』の都城マジェスティック―――このヒト族の国の都に住まう者の中に、彼女達は居ました。

その“一人”―――身分はサライの地方領主に仕える、『武術指南役』の娘……


「お願いします―――!」

「うむ、かかって参れ!」


彼女の名は『リリア』―――この武術指南役を務める家柄の、一人娘。

そう、男児ではなく女児、まだこの頃のサライの風潮としては家の跡目を継げるのは男児でなくてはならない―――とされていました。

しかしこの家の子供は、一人の女の子供しかいない……両親の希望まなかった生命―――だとて、廃嫡するワケにもいかず、それに一人娘だとてやり様はある。

いずれは見込みのある男性を『婿』として迎え入れればいい……そうリリアの父親は思っていました。

ところが―――喜んでいいのか、哀しんでいいのか……まず喜ぶべきなのは、一人娘であるリリアの武人としての腕前が、もうこの当時では師である父をも凌いでいた……と言う事。 そう、地方領主の武術を指南する立場の者よりも強い―――しかも、彼女以上の腕前を持つ男性ともなれば、おのずと……これこそが哀しむべき事実でもありましたが、何よりリリア自身が自分よりも弱い男性をめとることなど思ってもいない話しでもあったのです。

けれどもその事は、リリアとその夫と成るべき者との間に子が成せなければ自然と武術指南役の家は、『断絶』―――


「なあリリアよ、お前もう少しばかりまからぬか。」

「お父さん、何度も言うようですが、私よりも弱い男にはさらっさら興味はありませんッ!」

「そう言わずにだなあ~~~それよりどうだ?こちらの者は……」

「お断りいたしますッ! それにお父さんもお父さんですよ、なぜ私の夫となるべき男がヒト族でなければならないのですか。 以前から申し上げているように、他種属の男……魔族の中でも特に武勇に優れ、エリート集団とも言われている魔王軍に多く所属している鬼人族オーガなど……」

「馬鹿者!お前、そう思っているだけで決してその事を口にしてはならんぞ!?ただでさえワシ等ヒト族は他の種属よりも劣っていると言われているのだ。 それを、外の血を取り入れてなんとする!」

「お父さんは頭が固いのです!ヒト族が他の種属より劣っていると言われているのなら、なぜ外からの血を積極的に取り入れないのですか!」


ヒト族は、この魔界の中でも最弱種と言われている部類に分けられていました。

ただ、その“数”だけは他を圧倒していた―――だからその当時の種属としての風潮として、数だけで圧倒する為に―――としていたのです。

そしてそこで衝突してしまう“意見”と“意見”―――だとてお互い相容れない主張。 それにリリアにはある悩みがありました、地方領主に代々から仕えてきたからこそなのか、古風な風習―――女は男に劣り、年長者や上の立場の言う事に絶対逆らってはならない。 つまり、今しがたのリリアとその父親の言い合いにしても……


         * * * * * * * * * *


そんな、派手な親子喧嘩をやらかし、勢いで家を飛び出したリリアが向かった先とは―――『八幡神社』と言う建物でした。

『八幡大明神』と言う『戦神いくさがみ』を奉じるお社―――そんな建物にリリアが駆け込んだのは、やはり彼女が武術指南役の娘……だったからでありましょうか。 いえ実は、その神社の『本堂』と呼ばれる建物の中にて一心に何かを祈り上げる女性の姿。 その容姿はまるで人形の様な『無表情』……色白く―――ながらも『烏の濡れ羽』とも言われている美しくもしっとりとした黒の長髪、その身には『絹白けんぱく』と『唐紅からくれない』の装束を羽織り、見続けていれば吸い込まれそうになる『瑠璃』の眸。

そう―――この女性こそが……


「その様子では、また旦那様とやり合ったみたいですね。」

「ホホヅキ~~聞いてくれる?お父さんたらまた私よりも弱い男と結婚させようとしてるんだよ~~。」

「(……)それはまた不届きな話しですね―――」

「でしょう~? だから、神主の娘であるホホヅキからも言って聞かせてあげてよ~~。」


リリアとホホヅキは、年頃も同じの同性……女の子同士でした。 だから片方の悩みもよく判り合え、相談もしていた―――出来ていた間柄だったのです。

けれど……それは上辺うわべだけでの話し―――

自分よりも強い男性にしか興味がない、湧かない―――同族であるヒト族に該当者がいなければ他の種属、例えば鬼人オーガですらも許容範囲としていたリリアも、この当時としては十分 異質ヘテロ ではあったのですが。

ホホヅキの 異質ヘテロ は、まだこの当時では認識されてはいなかった……それが、リリアからの悩みを『是』としていた部分―――なのですが、実はこの『是』としていた部分こそが、ホホヅキの異質ヘテロだったのです。


ホホヅキの事をあまり理解せず、その言葉をただ聞いただけなら異質ヘテロではないような気がするのですが?

ホホヅキの異質ヘテロ―――それこそは……


「それより、また家を飛び出してきてしまったのでしょう? で、あれば、中々すぐ戻るには難い話し……ですから、また今宵も私と同衾どうきんをしてもらえませんか?」


同衾どうきん』……しとねを同じくする行為―――彼女達は年頃が同じだっただけに、幼い頃から枕を同じくする機会は多々にしてありましたが、現在の彼女達の年頃……17もの頃合に、もうすでに身体つきも大人の女性と成ろうとしていた時に、同衾どうきんを誘う幼馴染の女性…………

それにリリアも、ようやく最近になって同衾どうきんを求めて来る自分の幼馴染に少なからずの違和感を覚え始めるのですが……勢いで家を飛び出してきた手前もあるからか、流れに逆らえず……


「(また一緒に寝ちゃった……昔から一緒によく寝ていたから悪い気はしないんだけれど、時々変な処を触られちゃうのよね―――それに寝返りを打ってきた時、うなじに息が吹きかかるまでに密着てくるしぃ~~~)」


ここだけの、リリアだけの証言で一体何事があったのか―――ご想像に難くないものだとは思いますが。

そう―――ホホヅキはリリアしか知らない……リリアの肉体の味知らない―――その肌や唇や太腿の内側が堪らなく好きで、熟睡している時に無意識に喘ぐあえぐ息遣いなどこの上なく好物だ……

けれどリリアは、そうした“性”の“癖”の慣習など無知なことなどしらない為、自分の幼馴染の女の子が『同性愛者レズビアン』である事など、終生しゅうせいを通じて知る由もなかったのです。

とは言え、リリアが悩みを打ち明けられるのは幼馴染であるホホヅキしかいないのだから、だから今は―――少し『おかしい』とは感じていても、受け入れるしか外はなかったのです。



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