章間 神人の件《くだり》

1節 四大熾天使

魔界の各所でそれぞれの動きがあった頃―――こちら〖神人〗の領域である『エデン』に於いても、これからの方針が討論されていました。


{それにしても―――あのルベリウスが、またどうして……}

{うむ、直近に於いてはまるで人が変わったかのようだ―――と、噂にまで昇ってしまう始末。}

{止さないか―――『ラファエル』に『ガブリエル』、その事を今更持ち出さずとも。}

{しかし『ウリエル』、あなたの方でもお感じになっている事なのでしょう。}

{然様……それにルベリウスは、我らが『ミカエル』、そして〖聖霊〗の『女媧』、〖昂魔〗の『ジィルガ』三者推挙の下、現政権に就いた経緯もある。  それをけいも知らぬではありませんでしょうに。}


その討論の内容とは、今更ながらも知れた処。

そう―――これまでの善政から手の平を返したかのようなまつりごとをする、現魔王ルベリウスの事に関してのものでした。

そして現政権に立つ者に対して諫言かんげんを行えない理由の一つとして、〖神人〗〖聖霊〗〖昂魔〗を代表する者達の名に於いて推挙任命してしまった事に、流石の天使たちも頭を痛めていたのです。


{それは言われずとも分かっている事。 それに今私達が集っているのは、今この時勢に対して愚痴をこぼすだけで終わってはならない、この現状を打開する為の話し合いをする為ではなかったか。}

{しかしそうは言いますが、ならばウリエル―――あなたにはその打開策や案があるとでも?}

{ない―――今のところは……。 だが、ルベリウスが豹変する“きっかけ”となったものは掴みかけている。}

{なんと……それは一体?}

{どうやら政権の一部……それも“上”の方では直向ひたむきに隠そうとしている事があるようなのだ。 それが、今現在この魔界が、何処いずことも知れぬ何者かにより、襲撃を受けていると言う事なのだ。}


その時、ウリエルから放たれた衝撃的な発言。 それが何者かによる魔界への侵攻でした。

しかしこれは、一つの派閥の責任ある立場であるウリエル達四大熾天使をしても、知られざる事実でもあった。 ただ、それだけでは懸念の材料にすらならない。 なぜなら今代の魔王であるルベリウスは、知力はさながらにして胆力・武力の方でも群を抜いており、だからこそ三大派閥の長からも推挙されるほどの人望もあったのです。

それにルベリウスが魔王に登極して以来1200年間、実に彼は多くの魔界の民達に慕われました。 慕われるだけの仁政を敷き、千年王朝の再来を誰しもが望み、また期待をした―――ものだった……のに。

それがなぜかここ数十年来、彼の政策方針がガラリと変わってしまった。 その途端に民達の暮らしぶりも一変し、横暴ばかりが蔓延はびこり弱者は常に震えながら眠り、明日生がある事を望むしか希望を持てなくなってしまった―――…

そうした時代の流れを憂い、“教え”を説く者も現れましたが、現体制を批判するものだとして捕えられ、酷い責め苦の果てに悶死してしまった。

自由な発言を禁じられ、またその為の集会をも禁じられ、今や魔王の周りには自分を好く視てもらおう……行く末には政権に取り立てて貰おうとする『曲学阿世』ので溢れ、正しき『学』であるべきものがゆがめられた……そんな世の中となってしまったのです。


そんな中、四大熾天使の一人であるウリエルが、魔王ルベリウスが豹変してしまった“きっかけ”となるモノを掴みかけていたのです。 それがこの、『何処いずことも知れぬ何者かにより、(魔界が)襲撃を受けている』件だったのです。


では一体……何者が自分達の魔界を侵略しようとしているのか―――……


{何ですって?判らない―――?!判らないとはどう言う事なのですか!}

{そう興奮することはない、ラファエル。 我らが天使族の情報網を駆使しても、その実態が不明であるとしか出ないのだ。}

{ううむ……しかしそれは思っていたよりも以上に深刻な話しですよ。 何者とも判らぬ実態の知れぬ者からの侵略を受けている―――こんなにも大事な事を現体制が直向きひたむきに隠そうとしたとて、どれほどの利があると?}


そう―――この当時での魔族の情報収集能力では、その『何者か』の実態を明らかには出来なかったのです。 しかも現時点での問題は最早そんな処にはなく、ならばどうしてルベリウスは、この得体の知れない者に抗う為、軍の増強……果ては有志を募ろうとしなかったのか。 そこもまた問題として浮上してきた時、四大熾天使の最後の一人が、自らの象徴でもある“業火”と共に現出したのです。


         * * * * * * * * * *


{ミカエル―――……}

{見た処、どうやら議論は完全に煮詰まってしまったようだね。}

{はい―――ですがしかし、またなぜ。 他の“三柱みつはしら”のおさ達と話し合っていたのでは。}

{終えさせたさ―――だからこそ私は、ここへと戻って来た。}

{それで、何か判った事でも? それと何を決めてきたのだと?}


“業火”と共に現出した者こそ、魔界の“三柱みつはしら”の一つ〖神人〗は天使族のおさであり、【大天使長】とも呼ばれている者、その二ツ名を『暁の明星』ともばれたミカエルでした。

そしてミカエルが自らの同胞はらからであり同輩ともがらでもある他の四大熾天使達の前に現れた理由こそ、他の“三柱みつはしら”―――〖聖霊〗と〖昂魔〗のおさと詰めた話を持ち帰って来た……。


ただ―――そこでも。


{残念ではあるが、『特定』までには至らなかった。}

{なんと?! “三柱みつはしら”のおさ達をしても??}

{そう悲観をすることはない、ラファエル。 ただ先程ウリエルが言っていた“きっかけ”よりかは詳しい事は判ってきたのだ。}

{おお、それは一体どのような?}


三柱みつはしら”の長達が膝を交わし合っても、判らないモノは判らないまま―――だったけれど、ミカエルはその話し合いの場で、ウリエルが掴みかけていた“きっかけ”よりも詳しい情報が、その場で開示されていた事を明かしたのです。


ではその内容とは―――……


{実態としては、未だ知れぬ部分ばかりなのだよ。 ただ、侵略をして来ている者共の実力は、魔族よりも強い―――}

{なんと!!?} {では……ルベリウスがその情報をおおやけにしないと言うのも―――}

{ああ―――お察しの通りだ。 全く彼は大した奴だよ、真実とは『不都合の塊』である事を好く心得ている。 今の君達でさえそうなのだ、この事実が私達の眷属の子達は元より、魔界に住む民達に伝播し、更なる不安を……混沌に駆り立てるのは善しとはしない判断の下でもあったのだろうね。}

{ですが……その事と現在の状況と、何か密接な関係が?}

{その事なのだよ、ウリエル。 魔王軍の軍部内では、よろしく『撃退出来た』との報が流れる一方、君達も存じているように、それ以降ルベリウスは誰とも会っていない……誰とも会おうともしていない―――}

{その時機とは―――?}

{現在よりも50年前……そう、悪政が目立ち始めた頃合いだ。}


実態としては掴めていない―――ものの、どうにか侵略をしてきた勢を退けることは出来ていた。 しかも現時点に於いての魔界の武力・兵力では太刀打ちできない程の実力を。

しかもこの一報すら一部の者達だけで共有し、民衆には知らせようともしていない……そこもまた、不要の心配をさせない為の施策の一環の様にも見て取れるのですが。 ただ不思議に感じたのは、その激闘があった後、魔王ルベリウスは誰とも会わなかった……会おうともしなかった―――


しかし、その傍らには、一人の―――経歴不祥の美姫がはべっていたのです。



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