第11話 陽満薫を守る戌守

 “ご主人様、ご主人様、陽満薫ひみか様が呼んでおります”


「ありがとう、ファナ。教えに来てくれたのね」


 ご主人様は、私に優しげに微笑んで、頭を撫でてくれました。


 それがとても心地良く、思わず目を細めてしまいました。


 私は真っ黒い犬で、ご主人様は、円一族の巫女様・巫女様候補をお守りする戌守の一族です。


 お名前は藍音あいね


 烏羽色の綺麗な長い髪を、いつも一つに結んでいます。


 今は、巫女になったばかりの14歳の陽満薫様にお仕えしています。


 その陽満薫様の元へ向かうご主人様の後ろについて行きました。


 本堂へと続く、長くて細い階段を上がっていきます。


 それから縁側を歩いて、重くて頑丈な襖の前で一度声をかけてから、大間へと入りました。


「陽満薫様、お呼びですか?」


「来てくれてありがとう、藍音。ファナも、呼んできてくれてありがとう」


 陽満薫様は、ポカポカのお日様のような笑顔を向けてくれました。


 私のご主人様は藍音だけれども、大好きな陽満薫様をお守りすることが、何よりも優先されます。


「それで、用件なのだけど」


「はい」


 陽満薫様は少しだけ俯き、表情を曇らせて話し始めました。


「今日は私が巫女に就任した祝いの言葉を届けるために、莉音様がくるでしょう?」


「はい。その予定です」


「私、会いたくないから、藍音が代わりに対応してくれない?莉音様は、悲劇の公子なんかじゃないわ。私があの方に会えば、何を言うかわからない。今でも怒りは収まっていないもの。だから、莉音様と幼なじみで乳兄妹でもある藍音が対応して。その方が莉音様もきっと心が安らぐでしょ」


 私には、人の気遣いたるものが少しわかりにくいですが、陽満薫様は、“過失”で姉の悠紀流様を死なせてしまった莉音様に怒っている。顔を合わせてしまうと酷いことを言ってしまうので、気を許せるご主人様に対応してもらうという配慮からですね。


 ご主人様は陽満薫様に言われた通りに、また細長い階段を降りていった先で莉音様を出迎えました。


 藍音の表情は淡々としたもので、普段と変わらないように見えましたが、


「久しぶり、藍音」


 寂しげな笑みを浮かべる莉音様は、私から見ても弱々しく映りました。


「陽満薫様は、今は莉音様にお会いしたくはないそうなので、私が対応させていただきます」


「陽満薫が僕に会いたくないと言うのも当然のことだ。巫女の守人を遠ざけ、大切な姉君を死なせた愚か者だからね……」


「はい」


 ご主人様は莉音様の言葉を容赦なく否定しません。


 でも、ご主人様はその否定だけでは終わりにしませんでした。


「でも、そもそも紫乃は貴方の命令を聞く必要などなかったのです。何よりも巫女を守ることが優先されるのですから。私情を抑えきれなかった紫乃の責任……それが分かっているから、貴方に何も言わずにここを去ったのです」


「そうだと、君の言葉に頷けたら、立派な当主になれるのだろうね……」


“仕方のない人達です”と、ご主人様は呟きました。


「ちゃんと、お食事はなさっていますか?夜はお休みになられていますか?」


「うん……僕が今、倒れるわけにはいかないから……」


「家、大公家のためなどではなく、貴方の心配をしているのです。しっかりしてください。貴方が衰弱死したところで、喜ぶ者は環の一族くらいですよ」


「僕は、叱られているのだろうか」


「そうですね。ご自分を大切にしてください」


「陽満薫に罵られるつもりできたのに……」


「陽満薫様はそれほど暇ではありません」


「やっぱり、藍音は厳しいね」


 莉音様は、ほんの少しだけ口の端を持ち上げました。


「やっと笑ってくれましたね。死にそうな顔で陽満薫様の前には立たないでください。それこそ、怒りを煽るだけです」


「君は、陽満薫のことが大好きなんだね」


「巫女を守る一族として当然のことです」


「ありがとう、藍音」


「感謝は、この時間をくださった陽満薫様に」


「僕に会ってくれるかな?」


「にこやかに対応してくださると思わなければ、お会いになるのではないでしょうか」


 ご主人様と莉音様は、細くて長い階段を並んで登っていったので、私はお二人の後ろをついて行きました。
















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