第9話 青年と老犬

 どこの町だったか、港を目指している途中で、風にのって音楽が聴こえてきた。


 進行方向だったから、興味を持つままそっちに行くと、路上でチェロを演奏する青年と、そのすぐそばで、地面に腹をつけて座っている大型の白い老犬がいた。


 主人を守るために寄り添っているかのような座り方だった。


 その主人は旅人なのか、年季の入った薄手のコートを着ていて、よくよく見ると、青年の方は目が見えないようだ。


 木箱に座る青年の足元には器が置いてあり、その中にお金が入っていた。


 こうやって日銭を稼いでいるのか。


 ニンゲンのゲイジュツってやつはわからないが、不思議な聞き心地で、しばらくそれに聞き入っていた。


「おや、今日は珍しいお客さんがいるね」


 演奏を終え、周りにいた客にお礼を言い終えた青年が俺に言った。


 俺の気配でも察したのか、“にゃ~”と返事をしてやる。


「お腹すいてない?ジンのおやつで悪いけど、食べていく?ジンはもうおじいちゃんだから、硬いものは食べられなくて少し余っているんだ」


 ジンと思われる老犬を見ると、パタリとフサフサの尻尾を一度だけ揺らした。


 遠慮するなと言っている。


 じゃあ、有り難くもらうか。


 もう周りには誰もいなくなっていたから、ゆっくり食べることにした。


「僕とジンは旅をしながら、時々こうやってチェロを弾いて路銀を稼いでいるんだ」


 目が見えないのに旅か。


 すごいな。


 おやつをご馳走になりながら、青年の話を聞いていた。


「ふふっ。君の言葉も表情も分からないのに、何を考えているのかはわかるよ。ただの勘だけどね。違ってたらごめんね」


 青年は楽しげに笑って、話を続けた。


「ジンがいれば、どこまででも行ける気がするんだ。実際に、何年もジンと旅をしている。いつか、どこかに根を下ろさなければならないのだけどね」


 世界を見て回りたいんだな。


 肌で感じていたいんだな。


 俺は、ここまで景色を楽しむ余裕はなかったよ。


 一人と一匹だから成せることか。いいな。


「僕は目が見えないけど、世界が美しいってことは知っているよ」


 見えないからこそ美しく感じるのかと思ったが、


「もちろん、残酷で、哀しみが溢れていることも」


 その考えは、即、撤回した。


 そうだよな。


 ずっと旅をしているのなら、世間知らずな坊ちゃんなわけないよな。


「話に付き合ってくれて、ありがとう。猫君」


 こちらこそだが、どういたしまして。ジンの飼い主。


 最後に、お前の旅は楽しいか?ってジンに尋ねた。


 “幸せだ”と答えが返ってきた。


 色んな意味で、ご馳走様だ。


 じゃあな、ジンとジンの飼い主。


 俺は港町を目指して走り出した。




















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