第109話 正気の淵
「早く探しにいかなくては、手遅れになる!」
レイラは専用機に飛び乗って、すぐに飛ぼうとした所を護衛たちに止められた。
「今、行っても何も出来ません。レイラ様が行かれましても、I国政府が困るだけです」
「見殺しにしろと言うのか!」
「この混乱状況では、どうしようもありません。透殿も何処にいるかわかりません。すぐに、救援物資や人手を手配しましょう。我々が探しに行って参ります」
「そうです。レイラ様が行って、もし巻き込まれてしまったら、透殿が無事に帰って来た時に、どうするのですか?」
その場にいた護衛たちは皆、透は生きていまいと思ったが、口に出すことは出来なかった。そんな事を口にしたが最後、レイラが発狂してしまうのではないかと思ったからだ。とにかく、今は何としても、レイラを止めなければならない。
「こんな事になるなら、S島に立ち寄った時に……離れずに一緒にいれば良かった……」
レイラの呟きを聞いた、大臣たちは、自分たちの女王も一歩間違えば、行方不明になっていた可能性があった事に、背筋を凍らせた。女王を引き止めずに送り出した透に、心の中で感謝さえした。
レイラの命令で、すぐにI国に救援物資とレスキューチーム、医療支援チーム、義援金が送られた。本人が行く代わりに護衛十二名のうち四名が、極秘裏に透を探すために派遣された。
レイラはいても立ってもいられず、全神経を集中させて、動物や植物を伝って遠いS島へ意識を伸ばした。しかし、地震の前に逃げる事の出来る動物や鳥たちは逃げてしまっている。逃げる事の出来ない動物たちは津波に呑まれてしまったり、建物の崩壊の下敷きになってしまったりして壊滅状態だった。距離も遠すぎて、感度も悪い。なんとか感じ取ることの出来る事は、生物たちの恐怖、絶望、諦めばかりで、レイラはすぐに疲れてしまった。
いつもであればそのまま、昏々と眠りにつくのだが、レイラは諦めるわけにはいかなかった。何かをしていなければ、おかしくなりそうだったのだ。無理矢理、起き上がっては森へ行き、動物たちからエネルギーをもらい、透を探す。見つからずに、エネルギーを返しに森へ行く。短いスパンで、エネルギーの交換を休まず繰り返す。
よろよろとレイラが森へ行く姿を見つけた大臣の一人が、このまま続けると、女王の命が危ない、と侍医と護衛に訴えた。レイラは鎮静剤を打たれ、部屋に軟禁された。
アントンはすぐに匠に電話をした。日本が何時か、などという配慮は消し飛んでいる。
「匠君、こんな時期に家族と離れたくないだろうが、今すぐに、サファノバに来てもらえないだろうか。このままではレイラ様が、死んでしまう! 前回の時も、匠君が側にいる事で、レイラ様は明るく振る舞っていた。今回は正気を保っていただく為にも、おかしくなってしまわれない為にも、すぐに来て欲しい!」
匠は透が身を引いてから、レイラが驚くほどやせ細ってしまった事を思い出した。今回、透は行方不明。透が身を引いただけで、レイラはあれほど痩せ細ってしまったのだから、今度は命を絶ってしまうかも知れないと危機感を覚えて、取る物とりあえず、サファノバに向かった。両親は匠がレイラの側へ行く事を許してくれた。
レイラは目を覚ますと、扉を開けて森へ行こうとしたが、鍵がかかっていた為、自分が軟禁されている事に気づいた。こんな扱いは今まで受けた事が無かったが、それを屈辱と感じる気持ちすらも既に無くなっていた。とにかく外に行かなくては、と言う気持ちに押されて、ガチャガチャと執拗にノブを回した。扉が開かないと知ったレイラは、扉に体当たりし始めた。
レイラが目を覚ましたと聞いたアントンが、慌てて面会に来た。
「レイラ様、今、匠君がこちらに向かっています。どうかお気を確かにお持ち下さい」
「……王位は匠に譲る。私を……S島に行かせてくれ。頼む……」
レイラが頭を下げた。絨毯の上にポタポタと水滴が溢れた。レイラは顔を上げない。今まで、サファノバの前女王以外の誰にもレイラが頭を下げた事など無かった。
「レイラ様、おやめ下さい! しっかりして下さい! 匠君はまだ中学生です! 王位を継ぐには早すぎます。一度しか申し上げませんから、お聞き下さい。チャンスは、今しかありません」
「アントン、なんの話をしている?」
(このまま透が見つからなければ、いや見つかりっこない……。レイラ様はこのまま行くと、私か誰かと無理矢理、結婚させられてしまう。そうなったら、レイラ様は壊れてしまうだろう。それを止める方法は、きっとこれしかない……)
「何の為に、透はロンドンに3ヶ月も滞在していたのですか。透の残したものを無駄にしてはいけません。命を繋ぐのです」
焦点のあっていなかったレイラの瞳に、光が戻った。
匠が到着した日、侍医が「レイラ様はかなり衰弱している為、しばらく休養が必要」と家臣たちに説明し、レイラは匠と侍医以外は一週間程、誰とも顔を合わせなかった。大臣たちはレイラが密かに、I国へ飛んでいるのではないかと危惧したが、専用機はきちんと格納庫に収まっていた。
海外から医療チームが呼ばれ、レイラの治療に当たった。
1週間たって、レイラが家臣たちの前に姿を表した。匠がずっと傍にいる事により、レイラはだいぶ落ち着いたように見えた。子供の前でしっかりしなければならない、と自分に言い聞かせているのかも知れないと、家臣たちは痛ましく思った。
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