第108話 破壊と絶望

 帰国したレイラは次の日の夕方も、不思議と気持ちが落ち着かなかった。何故、別れ際に取り乱してしまったのか、自分でもよくわからなかった。デザイナーを呼んで、ウェディングドレスのデザインの打ち合わせをすると言う、心が躍り出してしまうような楽しみのせいかもしれないと、自分に言い聞かせた。

デザイナーに、イメージを伝えると、いくつかこんな感じではどうでしょう、と言う提案があった。どのデザインもうっとりするほど美しくて、レイラは決めかねて、いくつか絞って、透に相談しようと写メを撮った。


 不意に、手からスマホが滑り落ちた。デザイナーが拾って、手渡そうとすると、レイラはスマホを落とした事にも気が付かず、真っ青になっている。

「どうかなさいましたか? 具合が悪いのですか?」

慌てたデザイナーが、レイラに尋ねたが返事をしない。デザイナーの緊張した声に気がついたミハイルが、侍医を呼びに行った。


 その声にハッと気がついたレイラは顔を両手で覆った。透の意識が、一瞬、レイラの心に刺さった気がしたのだ。何故かはわからないが、不安でたまらなくなった。これが良い事の予感であるはずがない。不安の波が寄せては引いていくような、その中にもみくちゃにされている木の葉のような気分だった。気を落ち着けて、透に電話をかけたが、出ない。

(仕事中の透が電話に出るわけがない )

レイラは必死で自分にそう言い聞かせた。


代わりに、匠からレイラにメッセージが来た。そのメッセージを見て、レイラは、これはきっと、悪い夢なのだと思った。眠っていると分かっているのに、怖くてたまらない夢。目覚めればいいだけなのに、目覚めることが出来ない悪夢の中にいる感覚。やけに全てのものがゆっくりと、嫌な感じに動いていく。

匠からのメッセージは「S島で大きな地震が起こりました。透ちゃんと連絡がつきません。お母さんの方からも連絡してみて」だった。すぐにネットでI国のS島についてのニュースを調べると、地震による津波がS島を襲い、死者・行方不明者多数とあった。


レイラは何かの間違いではないか、別の場所ではないかと思った。一昨日逢ったばかりなのだから、そんなことがある筈ないと思った。まだ、透に触れられた感覚が刻印のように残っている。レイラの五感の全てが、未だあの晩を覚えている。

 ニュースでは、壊滅的に街が破壊されていく映像が、何度も何度も流れてくる。その映像の中の何処かに透がいるなどと、レイラにはどう考えても、有り得ないような気がした。それと相反するように、続いていた不安はこの事だったのだと、思いあたった。

レイラは匠に「本当に、連絡が取れないの? 混線しているだけでは?」とメッセージを送った。「電話も繋がらないし、泊まっているホテルにも繋がらない。どうなっているかもわからない。連絡出来たら知らせて。こちらも知らせるから」すぐに返事が返ってきた。


 匠の家では、ゴールデンウィークとあって、透以外の家族は揃ってテレビに釘付けになった。まだ詳しい情報は入って来ない。


 翌日、森から匠に連絡が入った。一緒にいるはずの森からの連絡にホッとしたのも束の間、「築地先生、行方不明」の文字が飛び込んできた。慌てて電話をかける。

「森先生、一緒ではないんですか? どう言う事ですか?」

匠の周りに洋子も菊も和人も、集まってきて耳をそばだてている。かなり動揺している森からの話を要約すると、透は第一波が来た時は無事だったのだが、避難中に第二波に足を攫われた生徒の一人を助けて、濁流に呑まれ、目の前であっという間に流されてしまった、との事だった。匠は心臓をバクバクさせながら、レイラに連絡をした。森から聞いた話をすると、レイラは半狂乱になった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る