第106話 S島
ゴールデンウィーク中に、静実学園から5名の生徒が、I国のS島で開かれる高校生の国際会議に参加する事になった。期間は一週間。透は森と一緒に付き添いとして、行く事にした。森は透と一緒に海外出張と聞いて、休み返上で行くと引き受けた。記者に追われる事もなく、現地料理を楽しみつつ、観光も楽しみつつの、国際会議への付き添いに、透は久しぶりにほっと息をつくことが出来そうだと思った。
一日目の午前中に観光、午後には会議に参加する各国の高校生たちの交流会があった。無事に1日の行程が終わった夕食の後、森が透の部屋を訪ね、簡単に明日の打ち合わせをしていると、ドアをノックする音がした。透がドアチェーンをしたまま、ドアを開けると、レイラが立っていた。透は一旦ドアを閉め、チェーンを外してドアを開いた。目の覚めるようなターコイズブルーのワンピースを着たレイラが飛びついて来た。
「久しぶり!」
透は、レイラがI島に来る事と翌日の予定を、少し前にアントンから知らされていた為、予測はしていたので驚きはしなかった。むしろ、レイラに逢えるのではないかと少し期待していた。
「B国を訪問して来たから、帰りに寄ったの」
森が何事かと透ごしにドアの外を覗き、レイラを見て驚きのあまり口をパクパクさせた。女王に対してどう言う態度をとって良いのかわからず、パニック状態になっているのだ。レイラはそんな森をチラッと見てから、透を見た。透は、レイラの聞きたい事がわかった。
「今、森先生と、明日の打ち合わせをしていたところだ。森先生、婚約者のレイラです」
森は透にレイラを紹介され、紫の瞳に見つめられ、しどろもどろになった。
「どうも、いや、あの、お目にかかれて光栄です」
「どうぞ、お気を使わずに。森先生、透がお世話になっています。色々と打ち合わせをする必要があるので、透を借りていきますね。明日の朝までには帰しますから」
透はレイラに逢えるとは思っていたが、この展開は予想していなかった。森も交えて、お茶をする位だと予測していたのだ。
「レイラ、生徒たちを引率して来ているから、ここから動く訳にはいかないんだよ。だから、三人でここでお茶でも飲もう」
透は優しく諭すように言ったが、無駄な抵抗だった。
「それじゃ、時間が足りない。そんな事だろうと思って、上の階に泊まっているの」
透は呆れてしまった。動向を監視カメラで観察されているのではないかとさえ、思ってしまう。透はレイラに逢えることを期待してはいたが、流石に仕事から外れる訳にはいかない。
「上の階なら、いいでしょ?」
「レイラ、ちょっと強引だよ」
透は眉を顰めている。
「……不安なの」
「何が不安なの?」
レイラは説明出来なかった。招待されていたB国にいた時に、何かどす黒いものが迫って来ている夢を見た、と言えば笑われてしまいそうだったからだ。目覚めた後に、どうしようもなくなり、予定を早く切り上げて、S島まで来てしまった。
「わからないけれど、不安なの。出来れば、このまま私と一緒に帰国して欲しい」
麗しい女性の泣きそうな気配と、透が困り果てている事に気づいて、森は透をレイラの方へ押しやった。森は、何故か、透を送り出さなければいけない気がしてしまったのだ。
「どうぞ、築地先生を連れて行って下さい。築地先生が朝までに戻って来れば、私の方は問題ありません。生徒たちも問題はないようですし、こちらの打ち合わせは、ほぼ終わっていますので」
「森先生……」
透は困惑して、森とレイラを見た。レイラはこの機を逃さない。
「森先生、有難うございます。スマホは持たせますから、何かあったら、すぐに電話して下さいね」
しかし、何があっても、とてもではないが、電話などできそうもない。二人の邪魔をするような事をしたら、相当、寝覚めが悪いに違いない、と森は感じた。
透が手を合わせ、森に謝っているのが目に入った。ドアがパタンと閉まり、森は一人、部屋に取り残された。慌てて、自分の部屋に戻った森は、自分のベッドに寝転んだ。目の奥に色鮮やかなターコイズブルーが残り、なかなか寝付けそうになかった。
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