第105話 公務は甘くない
翌日、女王主催の競馬の観戦。
透は慣れないモーニングとシルクハットに戸惑いながら、壁に寄り掛かってレイラの身支度が終わるのを待っていた。レイラは白の総レースのミモレ丈のドレスに着替えて出て来た。
レイラは壁に寄り掛かっている透に、駆け寄るや否や転びかけたのか、透の顔わきの壁に手をついた。
「レイラ? 大丈夫?」
レイラは頷いた。透は不意に何かを思い出したようで、即座に場所を入れ替わり、レイラを壁に押し付けた。レイラの顔の両脇に、壁に両手をつき耳に触れる程近くで甘く囁いた。
「この世の者とは思えない位、綺麗だよ」
「あ、ありがと」
「して欲しかったんだよね? 壁ドン。でも、こっちの方が人気らしい」
言うなり、透は片手を壁から離し、レイラの顎をクイっと持ち上げ、口付けた。
「まだ時間あるなら、寝室に行く? この世の者かどうか確かめたくなった」
レイラは思わず、時計を見てしまった。一瞬の躊躇。
「……でも、でも、髪型が崩れるから……」
「嘘だよ。困らせてみたかっただけ。綺麗だと言うのは本当だけど」
憤慨と羞恥心でレイラの白い顔が真っ赤に染まった。
「と、透〜!」
赤くなったレイラを、透はどうしようもなく可愛いと思った。そうは思ったが透は済ました顔でエスコートし、御伽噺に出て来るような馬車に乗り込んだ。馬車の扉を開けてくれた家令は、真っ赤になっているレイラを見て、慌てて言った。
「女王陛下、お熱があるのでは? 侍医を呼んできましょうか?」
朝はふざける余裕のあった透だが、競馬の後、病院訪問や観劇、大臣たちが開いてくれた晩餐会に出席したり、1日中人から見られ続け、レイラと城に戻る頃にはぐったり疲れていた。
「レイラ、もしかして、毎日こう言う事が続くのか?」
「結婚式前後は特に……。透ならすぐに慣れるから、大丈夫。私たちはそこで何かをする事が大事なのではなく、そこにいる事が大事なのだから」
生まれながらにして、そこにいる事が大事な存在であり、国にとって重要な存在だったレイラとは違う、民間人の透からすれば、慣れるまでにどのくらいかかるだろうと考えると、気が遠くなりそうだった。自分の起こした事––改革など––に注目される事には全く抵抗がないが、自分自体に注目が集まる事に抵抗のある透にとっては、なかなか辛い事ではあるが、レイラと結婚する以上は、慣れなければならない事だった。注目を浴びる事が嫌だから結婚はやめたいとは、とてもではないが言えないし、言いたいとも思わなかった。
他にも、レイラの仕事は任命したり、賞を授けたり、国賓をもてなしたり、さらには独裁国家であるため、国の重要事項を決定したりと幅が広い。現時点で透と匠に期待されているのは、日本の企業の誘致や、観光客を増やす事になるのだろう。
護衛たちから密かに、透が帰国した途端に落ち込むのではないかとか心配されていたレイラだったが、二人を年内に迎える可能性が出て来た事もあり、精力的に公務をこなしている。
日本に戻ってから、匠も透も駆けずり回る様な忙しい日々を過ごしていた。サファノバで公式に発表があった為、逃げも隠れもしないで良いはずなのだが、慣れない取材の申し込みへの対応や、知り合いからの質問攻めなどにあい、二人とも閉じこもっている事が出来るなら、閉じ籠もってしまいたいと思うほどだった。
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