第104話 発表後

 サファノバ女王とS学園の理事長婚約について、注目していた日本のマスコミは、翌日には、この撮影された番組を見つけ出し、記事にした。静実学園の関係者や、軽音のメンバー、合唱部、クラスメイトたちは記事を見て、匠が皇太子だった事に仰天した。ひとり楓だけは匠がレイラに似ていると思っていたので、やっぱりそうだったかと、自分の推測が当たっていた事に満足した。

 メンバーや森は、レイラの匠に対する態度を思い出し、納得した。結衣は匠が、音楽会社と契約を渋っていた訳が、やっとわかり、何も事情を説明してくれなかった匠に裏切られたような気分になった。


 匠の元に沢山のメッセージが送られて来た。合唱部の美里からは、「なんだか、匠が手の届かない人になってしまったみたいで、少し寂しい」と書かれていた。大介は「色々あって、大変かもしれないけれど、匠は匠のままいればいいと思う」と励ますような言葉が送られてきた。匠とは仲が良くなかった人たちは反応が二通りに別れた。手のひらを返したような賛辞、もう一つは妬みだった。匠は返信に追われた。読むうちに、もう日本に戻って普通に暮らす事は、難しいのではないかと思い始めた。


 レイラは約束通り、透が来てから3人で、匠がどうしたいのか、どうしたらいいのかを話し合いの場を持ってくれた。その頃には匠は、自分がどうしたいのかわからなくなってきていた。やり始めたばかりの乗馬も楽しい。

 ただ、いつかはまた歌いたい、と言う気持ちがある事だけは確かだった。レイラは匠が歌手デビューしても構わない、と言った。ただし、後継者として必要な事を優先させることが出来れば、と。

 レイラは透が、「匠に好きな事をさせたい」と言うかと思っていたが、透は、暫くは後継者として必要な事を学んで、少し余裕ができてから、合間の息抜きであれば歌うのは良いのでは無いかと言う。コンサートを開いて、あちこちを回らなければ、歌手として成り立たない時代では無いから、ネットに歌った映像をアップする分には良いのではないか、と言うのが共通する意見だった。匠は歌う事を止めない、新しい両親に感謝した。レイラは、今度は日本で撮影したって、いいとまで言った。匠はここに来るまでは、高校卒業まで日本にいたいと思っていたが、サファノバでキリルや家令たちと接するうちに、自分がここで必要とされている事を実感し、気持ちが少しずつ動いていた。


「俺、2年生から、こっちに来てもいいよ」

「匠、気分だけで決めては駄目だ。周りの気持ちではなくて、自分がどうしたいか、よく考えてから決めた方がいい。せめて、新学期から夏休みまで様子を見てから決めた方がいいと思うけどな」

透はよく考えろと言う。

「早く来てくれれば、私としては有難いけれど、来てしまってから、後から日本に戻りたいとなると、勉強も部活も追いつくのが大変じゃない? 家庭教師はつけるけれど」

 レイラは、匠次第だと思っているようだった。結局、匠はとりあえず、新学期から学校に戻る事にした。透の言ったように、1学期通って、考える事にしたのだ。

 透も、春休み明けから日本に戻る。当分は長期休暇の時しか、サファノバに来る事は出来ないし、結婚してからも暫くは、行ったり来たりになるだろう、と透が伝えると、レイラは不満げながらも、諦めたようだった。レイラは透に、「ずっと、行ったり来たりじゃ困る」、と念を押した。


 匠は養父母と過ごす時間が残り少なくなってきたのを感じ、透より3日早く日本に戻った。日本でも匠と透の事が話題になっていると聞いて、匠の安全を考慮して、日本慣れしているアントンとミハイルが匠に付き添って日本に向かった。

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