第100話 番組出演

 匠はこんなに長い期間、透と会えない事は初めてだった。記者が尾けて来ても、庇ってくれる人がいない。どうでもいい事を聞いてくれたり、相談に乗ってくれたり、色々な所へ連れて行ってくれる人がいない。匠はいかに自分が透に頼っていたのかを知った。透が行くかどうかで、自分がサファノバへ行くかどうかは決めない様に、と言われた意味がようやくわかった。


 両親は記者たちに追い回される匠を、学校まで送り迎えしてくれた。透が学校の敷地内に入ることの出来る場所に、駅の改札のようなゲートを設置させ、ガードマンを置いた為、I Dの無い人間は敷地内に入ることが出来なくなった。生徒は勿論、保護者たちは学校に来る際は、必ずI Dを身につけなければならなくなった。生徒たちが門を通過すると、保護者のスマホに連絡がいく。I Dを身に付けなければならない事は面倒ではあるが、不審者が入って来なくなると言う事と、生徒の登校がわかる事で、保護者たちからは歓迎された。


 One smile for allのメンバーにテレビ出演の依頼がきた。結衣はチャンスだから、出たいと言ったのだが、他のメンバーは記者に追い回されていた理事長や匠を見て、これ以上の露出を望まなかった。

 匠が透に相談すると、結衣の為と言う気持ちだけならば、出ない方がいいとアドバイスされた。年齢や学校名も、本名も出さないで出演できるよう交渉できれば、出てもいいもかもしれない、と。最近、そう言うバンドもあるからだ。匠は結衣の力になりたかった。他のメンバーは年齢や本名、学校名を出したくないという。そうであれば、出さないように交渉するしかない。以前インタビューを受けた雑誌に、学校名などが出てしまっていたが、それは伏せてくれるよう、森が交渉してくれた。森はいつの間にか、マネージャー的な役割を引き受けてくれていた。

 

 One smile for allは 朝の番組の10分ほどの「今話題の!」と言うコーナーに出演することになった。そこで、新しい曲も含め2曲演奏する。

 結局、メンバーは全員、年齢、本名、学校名は出さない、と言うことで落ち着いた。番組の中で、メンバーは喜んで撮影の様子を語った。レイラが飛び降り、透が受け止めるシーンも、撮影のための演技ではなく、本当に透を見つけたレイラが、手すりを飛び越えた話は驚きをもって受け止められた。下にマットも、命網も無かったため、一歩間違えば大怪我をしていたかもしれないのだ。

 撮影地のお城の中は見学コースもあることや、街もお城も一見、中世にタイムスリップしたかのような外見にも関わらず、中は快適だった事など、サファノバ国についても話した。


 その番組の後、サファノバ国への旅行についての問い合わせが多数あったという。レイラはそれを受けて、大急ぎで、観光事業を進めるように大臣たちに指示を出した。まずは国内の表記をサファノバ語とロシア語だけではなく、英語と日本語表記を付け加えさせ、案内板を所々に設置するなど、早速できるところから始める事にした。


 コメントの後に、スタジオを移動して歌を撮る。今日はOne smile for allのメンバーは各自、迷彩柄の服を着ていた。匠は一見ワンピースにも見えるロングコート、結衣はミニのタイトなワンピース、楓はボリュームのあるアシンメトリーのスカートにコンパクトなカーキ色のTシャツ、波瑠はロングワンピース、紬はつなぎを着た。スタジオは廃墟に見えるよう作られていた。録画は順調に終わり、放送された。放送される前から、ダウンロード数は鰻登りに増えていたが、放送されると「One smile for all」の名前はTwitter上で上位にトレンド入りした。 

 曲数がまだ2曲しかないこともあり、単独ライブはできないが、イベントで歌って欲しいとの依頼も出始めた。メンバーは、最初は反響の大きさに戸惑っていたが、楓の、

「2年の春休みまでは、好きなことを思いっきりしようよ。忘れられない、青い春の思い出ってやつを作ろうよ!」

との言葉に押され、呼ばれたイベントにも積極的に参加する事にした。結衣は楓の積極さに喜ぶ反面、3年になったら、やめてしまうのだろうか、と不安になったが、楓の気持ちが変わる事に期待して、黙っていた。紬は楓と違って、有名大学を狙っているわけではなかった為、夏休みまでは部活をやると宣言した。波瑠は音大を受験する為、春休みから本格的に週に3回先生について、レッスンを始めると言う。

 今メンバーはネット番組や、ラジオ番組にも呼ばれて出演している。匠は化粧品のコマーシャルへの出演依頼を受けた。これには洋子も和人も、即答出来ずに困った。匠は、もう洋子と和人だけの子供ではないからだ。二人はレイラと透にも意見を聞く事にして、依頼を保留にした。

 いずれ、王族になる匠が一企業のコマーシャルに出ていいものか判断がつかなかったのだ。もう既に、テレビ、ラジオ、ネット、雑誌と色々なメディアに出ているので、コマーシャルくらいとも思ったが……。

 レイラは、匠が綺麗に写るのであれば、化粧品のコマーシャル位、良いのではないかと、無邪気に言ったが、透はサファノバの国営企業でもないコマーシャルに王族が出る事に反対した。国として、その製品や会社を推奨しているのでは無い限り、慎重に考えた方が良いと考えたからだ。まだお披露目をしていないとはいえ、匠はサファノバの皇太子だ。匠のやる事は、イコール、サファノバ国の公認と受け取られてしまう可能性が高い。 


 今や、将来、好きなことをする自由は無いのではないかと、匠は感じていた。透は、コマーシャルは別として、これからの時代、王族であっても自分のやりたい事と国の運営を両立する方法を考えても良いのではないかという。匠が後を継いだら、専制国家から緩やかに共和制や民主主義に移行しても良いのではないか、と透はレイラと匠にだけ話した。レイラは匠の代になって、それが国民の幸せになるのであれば、それでも良いと答えた。ただ、この話は三人の内輪だけの話だ。大臣たちが聞いたら、驚きのあまり泡を吹いてひっくり返ってしまうか、透をそれこそ、傾国の詐欺師か危険分子として牢屋にぶち込む位の話だったからだ。

ただ、匠には、今で精一杯で、まだそんな先の未来の事まで、考えるなんて出来なかった。


 春休み中に、One smile for all にいくつかイベントに参加してほしいと言う依頼が来た。

楓と波瑠は春休み前後から受験勉強に入るため、参加出来ないと断った。匠も断った。結衣は、受験生でもない匠が参加できない理由を問い詰めた。せっかくのチャンスであるのに、ボーカルがいなければ、話にならないからだ。

 匠はイベントに参加したかったが、「叔父とサファノバに行く事になっているから」と断った。理事長が、婚約者であるレイラに会いに行くのは分かるが、何故、匠がそれに同行するのかが、結衣にはわからない。

「匠がついて行く必要は、ないじゃない」

結衣に責められても、匠には今は何も答える事が出来ない。匠はレイラから、大臣たちに正式に会わせるから、春休みに来るように、と言われていたのだ。国民にもお披露目する事になる、と伝えられていた。歌いたそうな匠が断る事に、結衣は不満だった。それとは反比例して、メンバーは今後の展開に不協和音を抱えながら、不思議な事に音だけは一つにまとまり、あちこちから引っ張りだこになっていった。

 匠はイベントに参加したり、サファノバ語の勉強をしたり、差し迫った将来について思い悩んだりで、結衣への想いも大分薄らいでいる事に気がつかなかった。

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