第44話 再会

 レイラの規則正しい寝息が、透のすぐ後ろから聞こえてくる。アントンを呼ぼうと思ったが、女性が最後に言った、頼みごとが無効になる、と言われたことが透は気になった。アントンに、困難な状態に陥っていて、明日の朝まで動けないかも知れない、とだけ伝え、インカムのスイッチを切った。しばらくインカムの出番はなさそうだ。


 透は、早く先ほどの女性が戻ってくる事を祈って待っていた。透の背後で、レイラが目覚めたらしく、モゾモゾと動き出したようだ。透に、レイラの緊張した気配が伝わって来た。

「誰?」

レイラの気を緩める気配が伝わってきた。透の背中に向かって、問いつつ、レイラはそっと髪に手を触れてきた。

「透?」

透は肯けないので背を見せたまま答える。

「助けに来たけど、間抜けな事に、一緒に趣味の悪い棺桶に閉じ込められてしまった。ごめん」

「本当に来てくれたんだ。無事で嬉しい」

そう言って、レイラは透の背中にしがみついた。レイラは透の背中に向かって、ここに来た理由を説明した。

「ここから出ようと思ったけれど、そう言う理由があるなら、カテリーナが来るのを待つしかない、か……。何しろ、許可なしにこの棺から出たら、レイラに約束した事が無効になると言っていたから」

「ごめん、私がカテリーナに透の事を話してしまったばかりに、また透を巻き込んでしまって……」

「レイラは匠を迎えるために、命がけでここまで来てくれた。有難う」

「匠だけじゃない。透が来るから……。そういえば、なんで後ろを向いているの? こっちを向いたら?」

「向きたいけれど、狭いし……」

「久しぶりなのだから、顔を見せて」

透は仕方なく、レイラにぶつからない様に、向きを変えた。互いの顔と顔の距離が20センチもない。

「近すぎるでしょ?」

透が再び背中を向けようとすると、レイラが首を横に振る。

「帰国してから、1ヶ月も経っていないのに、長く感じた。高校の時に帰国してから、ついこの間まで、会えなかった時間よりも、長く感じたかも知れない。逢いたかった……」

レイラの目に涙が滲んだ。透が労るようにレイラの髪を撫でると、レイラは透の顔の輪郭を細い指先でなぞり、首筋を辿る。透は唇でレイラの涙を吸った。自然と唇が重なり合う。


 レイラは不意に、健斗の言葉を思い出した。透は健斗と、自分とはしていないキスをしたのだろうかと。

「……どうかした?」

レイラは透に聞くに聞けずに、泣きたくなって来た。レイラの泣きそうな表情に気がついた透は優しくレイラの背中を撫でる。

「……大丈夫、必ず助けるから」

 透は安心させる様に、優しく頬にキスをした。レイラが何度かキスを返した。透はそっと、レイラを離そうとしたが、レイラは嫌々をする様に首を振った後、潤んだ瞳で透を見つめてきた。透が何か言いかけた途端に、レイラは透の顔を手で挟み、少し唇を開いてキスをした。レイラの舌が透の口内に侵入した。お互いの舌が絡まり合う。透の舌の柔らかさと動きに、レイラは頭の奥まで蕩けそうになり、健斗が言った事は真実だったと、頭の片隅でぼんやり思った。


レイラの唇から溜息のような喘ぎ声が漏れた。その声に透はゾクゾクすると同時に、遅まきながら、此処がガラスの棺の中である事を思い出した。監視カメラが作動している可能性は大だ。慌てて、レイラを離す。レイラの瞳はトロンとしていた。レイラが動けなくなってしまったら、どうしようもない。これから、何が起こるのかわからない上に、抱えて逃げるのでは、逃げ遂せる確率が低くなる。レイラは眠りから目覚めて、まだ朦朧としているのだから、自分が状況を把握していなければと、透は自分を責めた。

「レイラ、ごめん、しっかりするんだ」

「なんだか力が入らない……」

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