第43話 ガラスの棺

 透は攻撃される事なく、無事に広大な屋敷の鉄柵が見える所まで来た。森から出ると、丸見えになる為、森の中にいるうちにアントンに連絡を取った。

「レイラのいる部屋はわかったか?」

護衛達は赤外線搭載のドローンで上空から屋敷を探っている。しかし、レイラが何処にいるかまではわからない。

「透、すまん。わからない。赤外線センサーによると、今透がいる所から侵入すれば、人はいないはずだ。屋敷が広い割には人が少ないな。何かあったら、すぐに発煙筒か、このインカムで呼んでくれ。すぐに駆けつける」

「了解」


 ドローンで確認した通り、鉄柵は人の背の高さよりも少し高いくらいしかない。多分、高圧電流が流れているのだろう。鉤付きロープを用意して来たが、鉄柵付近には、都合の良い大きな木は無かった。鉄柵の前に昔は空堀でもあったのか1メートルほど窪みがあり、その外側に堀を掘った土が山になっている。鉄柵は実質、人の背の高さプラス、1メートルほどある事になる。


 土山をジャンプ台と考えれば、オフロードバイクで、鉄柵は超えられない高さではない。透は一時、オフロードバイクでのジャンプに凝って、練習していた事もあったが、最後にジャンプをしてから、数年経っている。最近乗っているのはオンロードのバイクだけだからだ。これは練習ではなく、失敗して鉄柵に引っかかれば、黒こげになる可能性が大だ。しかし、他に方法は無いし、迷っている暇も無い。

 透は助走をつけるためにバイクで少し引き返した。助走をしっかりつけて、アクセルを開いて土山を登る。一旦沈み込んでから、踏み切るタイミングでバイクを引っ張り上げる。うまく前輪と後輪が、同時に踏み切れた。バイクが離陸した。鉄柵を越える。着地点を見定める。前輪と後輪同時に、無事、着地出来た。振り返ると、鉄柵から離れた所に着地していた。

 透は、ほっとしている時間も惜しんで、屋敷と鉄柵の間に小屋があったので、その裏にバイクをした。観音開きの窓をガスバーナーで炙って割り、鍵を外して中に侵入する。アントンの言っていた通り、手近の部屋には誰もいなかった。透はインカムに向かって報告する。

「侵入完了」

「隣の部屋に人がいる。動かないから、もしかするとレイラ様かも知れない」


 透が隣の部屋の扉をそっと押してみると、すんなり開いた。隙間から覗くと、台の上に人がいた。背後を気にしながら、もう少し開けると、レイラの様に見えた為、そっと誰もいない部屋に滑り込む。

 ガラスの様なケースの中に、レイラが眠っていた。透はケースのあけ口を探そうと、ケースの周りを巡った。レイラに声をかけようとしたその時に、違和感をもった。違和感の正体を探そうと、ケースの中を注意深く眺める。心なしか、プラチナブロンドの髪に艶がない様な気がした。いつもみるレイラの髪は光を受けて輝いている。じっくり見ると、そっくりに出来ている人形だった。透はそっと、部屋を出た。

 アントンが隣と言っていたのは、この部屋の前かも知れないと透は思い、今出て来た部屋の前の扉を開ける。同じ様なケースの中にレイラらしき人物が眠っている。今度も用心して、近寄ってよく見る。今度は人形ではなく生きている様で、呼吸のたびに胸が上下している。目を閉じているが、レイラそっくりだ。ふと手を見ると、特徴的な細くて長い指ではなく、ふっくらした手が見えた。偽物だ。顔は合成マスクだろうか。

 部屋は左右合わせて十以上並んでいる。本物のレイラを求めて、一つ一つ部屋を確認するのか、と透は理解した。そうであれば順番に、部屋を確認していくしかない。順番に見ていくと、最後の部屋に本物がいるのではないか、とも思ったが、そう考えて、部屋を飛ばすと、間に本物がいるかも知れず、端から確認していくしか無かった。

 次の部屋も顔はそっくりだが、やはり手が違った。透は先に手を見る事にした。顔はそっくりに出来ている為、そのほうが早い。七部屋ほど、見終わったが、レイラはいなかった。次の部屋のケースを覗く。細っそりした長い指が目に入った。人形ではない。透がケースの上部を押してみると、上部がスライドして隙間が出来た。そのままスライドさせ、上部を床に下ろす。ケースの中に腕を差し入れ、レイラの上半身を起こす。はっと思い出して、頸を露わにする。黒子が無かった。透はそっと、そのレイラに似た人物をケースの中に戻し、蓋を閉めた。

 繰り返しているうちに、気がつくと、最後の部屋まで来ていた。既に1時間は経っている。最後の部屋のレイラも、偽物だった。どうやら、この屋敷の持ち主はジブリが好きらしい。本物はいない、というのが答えだ。


 透は時間を無駄にしてしまい、嘲笑されているような気がした。この確認作業自体が罠ではないかと疑心暗鬼になる。透が最後の部屋から出ると、突き当たりに、もう一部屋、一際大きな部屋があった。透が中に入ると、部屋の真ん中に台があり、台の上に真紅のビロードが敷かれ、その上に今までの部屋で見たケースよりも、大きく、深さのあるガラスケースの中にロイヤルブルーのワンピースを着たレイラもどきが眠っていた。ケースは今までと違い、蓋に蝶番が付いていて開木、ドラキュラの棺の様に足のほうへいくほど幅が細く、頭部の方が広い六角形の棺タイプだ。

 透は部屋の中に人がいない事を確認し、念の為、近寄って外から手を見た。頸を見るには、ケースに深さがある為、の中に入らなければならない。台に登ってケースの中に入り、レイラの上半身を起こし、頸を見た。細っそりした長い指、頸に黒子が二つ。プラチナブロンドはシャンデリアの光を受けて輝いている。顔と首に境目はないか確認したが無かった。透は思わず、手をとった。レイラの手だった。棺は深さが1メートルほどあり、台に乗っているため、意識のないレイラを外に出すには、負ぶって出てくるしかない。底が狭くなっているケースの中、透はレイラを踏まない様に、ガラスの棺の中で背負っていたリュックを降ろし、大人用に改良してもらったタンデム用のベルトと、レイラ用のライダースーツを出した。

 途端に、棺の蓋が音を立てて閉まった。蓋が透の頭に当たった。透はよろけてレイラの上に手をつかない様に、なんとか開いているスペースに手をつくだけで精一杯だった。ガラスの棺の底の広さは、女性が二人仰向けで横になる程度しかなく、ケース上部に向かって、広くなっている。透は慌てて、背中で蓋を押したが、びくともしない。空気穴が何処かに開いている様で、呼吸が苦しくなる事はなかったが、深さが1メートルでは立つ事もままならない。


 部屋の扉が開いて、護衛を従えた年配の女性が入って来た。横に通訳らしき人物が立っている。女性が話すと、通訳がすぐに日本語に翻訳した。

「ようこそ、透。よくここまで来られましたね。無事に本物を見つけた事も、褒めてあげましょう。時間もなかったし、ここまで来られると思っていなかったので、この後どうすればいいのか正直、思いつかないの。考えたら、またここに来るわ。そうそう、私の許可無く棺から出ていくと、レイラが私に頼んだ事は無効になるから、その中で大人しくしていて頂戴」

そう言うと、女性と通訳は再び出て行ってしまった。

 透はいつ目覚めるかわからないレイラの顔の真上で、顔の横に手をついているうちに、腕が痺れて、その状態を保つ事が、辛くなって来た。仕方なく、レイラをなんとか、横向きに寝かせ、隣になるべく小さくなって、背中を向けて、横になった。

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