第42話 救出の始まり

 いろいろなスケジュールを先延ばししたり、キャンセルしたりして、透は日本から直行便で大国の都市まできた。そこから、地方都市行きの小さい飛行機に乗り換える。

 地方都市行きの飛行機はガラガラで、両手で数えるくらいしか人が乗っていないバスのようだった。通路を挟んで座っている、二十代後半くらいのロシア人と見える男性が、透に、こんにちはと日本語で声をかけて来た。

 透が驚いていると、透が日本語の新聞を手にしていたからだという。透は日系の飛行機で新聞をもらい、捨てそびれて手に持ったままだった。その人物が日本語を話せる事に驚いていると、日本のアニメは人気があるので、日本語を勉強する人が結構多いから、そんなに驚くほどでもない、とローベルトと名乗る男性は笑った。透が聞いてもいないのに、自分はこれから地方都市にいる彼女に会いに行くのだと言う。透にも同じかと聞いて来た為、曖昧に返事をすると、日本人のその曖昧さでは、ロシア人女性は気がないとしか思わない、とローベルトは勝手にアドバイスをして来た。

「何か日本からプレゼントを持って来ました?」

透はアントン達にもあげようと、抹茶のキットカット何袋か持っていたので見せた。その途端に、ローベルトの目が輝いた。

「それ、一つほしいです。美味しかったから彼女に、食べさせたいのです」

透は2袋をローベルトにあげた。大袈裟なくらいローベルトはお礼を言い、帰りに時間があったら、ぜひうちに寄ってと電話番号を紙に書いて渡して来た。ローベルトは念押しのように、こちらの女性には花束や贈り物をし、大袈裟なくらいきちんと愛を伝えないと伝わらないと、教えてくれた。

 透は溜息をついた。そんなシチュエーションで会いに行くのであれば、どんなにいいだろうと。飛行機を降りぎわに、ローベルトはまた会いましょう、と言って来た。日本語で二度と会うかわからない人に言うと変だが、この国の挨拶なのだろうと透は思った。


 地方空港にアントンが迎えに来ていた。透は朝、日本を出て、アントンと再会する頃には、もう夕方になっていた。

「レイラは無事だろうか? 護衛はついていなかったのか?」

「マルコヴィッチがついて行ったが、別々に軟禁されているようだ。その後、二人ともスマホを取り上げられたらしく、返事が返ってこない」


 国境を超えてから、二〜三人ずつに分かれて入国していた護衛と透達は、小さな町で落ち合った。透と護衛十一人は地図に描かれた森の入り口まで辿り着いた。最初、護衛達は見知らぬ透からの依頼を断った。アントンが、透は将来、王配になる人物だし、だからこそ、カテリーナからレイラを迎えにくる人物として指名されたのだから、と言い聞かせ、やっと協力させたのだ。


 透はアントンに頼んでおいた、カメラのついたドローンを森の上空に飛ばした。護衛の六人がカメラ付きのドローンを散開させて飛ばす。ノートパソコン上にドローンから送られてくる映像が映る。広い森のあちらこちらに五十人以上の兵士が潜んでいることがわかった。

 護衛達は最初、レイラを取り戻す為、闘う気満々だったが、透は護衛達を説得した。

 レイラを奪還して、ここまで来た時に、誰もいなかったら困る。屋敷からレイラさえ取り戻すことが出来れば、護衛達に森の中まで迎えに来てもらい、レイラを守ってもらう事が出来る。森の中で護衛たちが、バラバラになって戦っていたら、屋敷から脱出したレイラを迎えに来る者がいなくなる。万が一、護衛が一人でも欠けてしまう事は、レイラの為にも避けたい。

 護衛達は納得し、森の外で待機すると約束してくれた。透が来るまでに、護衛にドローンを使える様に練習しておいて欲しい、と透はアントンに依頼していたのだった。


 透は五台の農薬散布用のドローンに催涙スプレーを取り付け、それを残りの五人に運転させ、先程のカメラの映像から、人がいる所に確実に撒いた。人がいる所ほぼ全てに散布し終わった後、トラックの荷台に積んで運んでもらった、オフロードバイクを荷台から降ろす。レイラがどんな服装で出かけて行ったかわからない為、透はリュックにレイラ用のライダージャケットとジーンズとブーツを入れておいた。屋敷の近くまでドローンを飛ばすと、人の背の高さほどの鉄柵で囲われている事がわかった。人の背の高さ位しかないと言う事は、鉄柵には高圧電流が流れている可能性がある。


「透、レイラ様を頼んだぞ」

透はヘルメットを被りながら頷いた。これで少なくとも、森に潜む兵士を相手にする必要が無くなった。催涙スプレーは効果が持続するので、レイラを乗せて戻ってくるまで、森は無人地帯と同じ様に通過出来るはずだ。

 透はオフロードバイクで、未舗装の森の中を走っていく。ツーリングとは違って、催涙スプレーを浴びていない兵士と出会う危険もあり、のんびり走ってはいられない。あちこちで、呻いている兵士を見かけた。催涙スプレーは浴びると皮膚から浸透し、数時間は痛みが継続する為、呻いている兵士は動けないと見て良かった。

 透はレイラを軟禁した相手の目的は、自分ではないかと考えた。暗殺が目的であれば、レイラはとっくに殺されているはずだ。だとすれば、目的は透を捉えて、レイラの人質とする事くらいしか浮かばなかった。だからこそ、透が行かなければ、レイラは解放されない。透は大人しく人質になるつもりなど、もちろん無かった。

 

 レイラが不安の中、中庭のベンチに座っているとカテリーナが現れた。

「女王、あなたの大事な人が、今こちらへ向かっているわ」

「どういう事ですか」

カテリーナは銃を持った屈強そうな護衛六名に守られていた。銃口は全て、レイラの方を向いている。

「あなたを救出する為に」

銃を持っている護衛が六名もいなければ、もしくは武器があればカテリーナを襲って人質にできるのに、とレイラは悔しく思った。透にもしもの事があったら、と考えると、レイラは慄然とした。そんな事があったら、もう二度と立ち上がれないのではないか、と思った。

「貴女がけしかけたのですね。彼がここまで来る様に……」

カテリーナは、ふふふと笑った。

「そうよ。貴女は息子と彼の為に、私のもとへ相談に来た。下手をしたら、命を落とすかも知れない覚悟できた、そうよね? 今度は囚われた姫を、騎士が助けに来ないと面白くないわよね」

「彼は平和な日本の、一般人です。訓練された兵士相手に戦う事は出来ません。ここまで来られるかどうかも、わかりません」

レイラは、透は来てくれると思ってはいたが、カテリーナが少しでも考えを変えてくれるのであればと願い、そう言った。それと同時に心の中では、危険な目にあう位なら来なくていいと思った。透が危険な目にあえば、自分がここに来た意味がなくなってしまう。


「あら、随分、彼を過小評価しているのね。すでにうちの兵士を使い物にならなくして、森を通過中よ」

「森に兵士がいたのですか?」

レイラはすんなり森を通り抜けたので、驚いた。

「五十人はいるわ。あなたはどうやって森を抜けてきたのかしら?」

「透が、兵士を倒して?!」

「さぁ、兵士から連絡が途絶えてしまったので、よくわからないけれど。平和な日本から来た割には、よくやるわね。貴女にはしばらく眠っていてもらいましょう」

レイラはカテリーナの護衛に押さえられ、睡眠薬を注射された。

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