第23話 二人の関係
翌朝、匠のいつもの登校時間より少し早い時間に、透が匠に声をかけてきた。ヘルメットを2つ抱えている。匠は学校まで、いつも20分の道のりを気分や天気で歩くか、自転車に乗って登校している。
「もしかして、バイクで行くの?」
「その方が早いし、ヘルメットをかぶっていれば、誰が送ってきたのかわからないだろう? 正門で下ろすから」
「了解」
匠は小さい頃から、良く後ろに乗せてもらっていた為、二人乗りに慣れている。
匠は正門近くで、バイクを降りてヘルメットを渡し、透を見送った。透は正門からは入らず、別の門の方へ角を曲がって行った。学校の職員用駐車場にバイクを止めるのだろう。
「匠! おはよう」
学生が来るには少し早い時間だった為、人がいないと思っていた匠は、後ろから声をかけられて驚いた。隣のクラスの大介だった。髪が黒に戻っている。
「大介、おはよう。髪の色、戻したんだね」
「うん。誰に送ってもらったの?」
「叔父に。職場に行くついでって」
「へぇ、いいなぁ。俺も早く免許とりたいな」
正門をくぐる前に、また声をかけられた。
「匠、おはよう! バイク二人乗りで通学?」
と今度は美里に声をかけられた。匠は大介にしたのと同じ答えをする。
「叔父さん、何やってる人?」
「何だったかな? あ、そうそう、この間コンテスト聞きに来てくれた大介」
美里は一瞬訝しそうに、匠と大介を見る。
「あ、隣のクラスの、金髪に染めてた……」
「そうそう」
大介が心なしか、うっすら赤くなる。
「来てくれて有難うね。この後、ソニックシティで関東甲信越ブロックコンクールがあるから、遠いけど良かったら聞きに来てね」
美里は係があるから、と先に走って行ってしまった。
「大介、なんか赤くない?」
「そんな事ないよ」
「もしかして、美里のこと気になる?」
「そんなんじゃないって」
やけにムキになっている。匠はつい面白くなって、
「美里と付き合いたいなら、取り持つよ」
と言ってしまった。言ってしまってから、何だか少しモヤモヤした。下駄箱までくると大介は、
「考えとく。じゃあな」
と隣の教室へ入って行った。
匠にとって近くにいると、ドキドキするのは母と結衣だ。美里は推薦入学の戦友だと匠は思う。と考えた瞬間、昨夜の、母と透がキスをしている光景を思い出した。女心に鈍感で、もしかしたら、興味がないのかとさえ思っていた透が、レイラに惹かれていた……。レイラは透の危機に、国を飛び出して駆けつけてくるほど……。匠は頭からその光景を振り払って、朝練のある音楽室へ向かった。
職員専用の駐車場でバイクを降りたところで、透は森に声をかけられた。森はロードバイクで通勤している。
「築地先生、無事だったのですね。良かったです! 僕が捕まってしまわなければ、あんな事にはならなかったのに……。すみませんでした」
「森先生の所為ではありませんよ。五人相手では、どちらにせよ結果は同じでしたよ。昨日は、色々と心配をかけてしまって……」
「とんでもないです! それにしても、バイク通勤なんて珍しいですね。理事長になってから、なかったですよね」
「匠を送る約束をしたので……」
「その後どうなったのですか? 今ここにいると言うことは、無事、救出されたって事ですよね」
「そうなんですよ。帰宅が遅くなってしまったので、連絡しそびれてしまって……」
「犯人は何で築地先生を誘拐したのですか? どうやって助かったのですか?」
「どうやら人違いだったみたいで……。義兄が腕の立つ知人に連絡をしてくれて、救出されました」
「そうなのですか?! メンバーには私から、無事だったと知らせておきましょう。多分、心配しているはずです」
「有難うございます。よければ、放課後、森先生とメンバーと関わった人で、私の部屋へ来てください。お礼と言っては何ですが、甘いものを用意しましょう。森先生にはお酒ではなくて申し訳ありませんが」
放課後。
理事長室に森と、One smile for allのメンバーと長沼が呼ばれた。匠は部活を休んだ様で、先に来ていた。テーブルの上には、近隣で美味しいと評判の店のケーキと焼き菓子が並んでいる。椅子も人数分用意されている。メンバーと長沼は嬉しい悲鳴を上げる。
「昨日は迷惑をかけてしまいましたね。ほんの気持ちですがスイーツを用意したので、どうぞ召し上がって下さい。飲み物は紅茶とコーヒーを用意したので、どちらがいいか言ってください」
透は朝、森に話した内容と同じ話をした。
「翌日の夕方、くみがトイレの窓から忍び入って、玄関のドアを開けたんですよ。そこから知人が助けに来てくれたんです」
みんなが一斉にくみに注目した。
「まじで?! 凄〜い!」
「くみ、誘拐犯たちがいる家に侵入なんて、怖くなかった?」
隣の席に座った結衣に頭を撫でられ、匠は少し赤くなった。
「くみは理事長の事となると、すごく一生懸命だよね」
波瑠が言うと、森が、
「築地先生の事だけじゃなくて、コンテストも一生懸命だと思うがな」
「そうだよ。くみ、良くやったね」
紬が声をかけながら、三つ目の焼き菓子を頬張っている。
長沼が、透のところまで来て、デマを流したことを詫びた。透はにこやかに、
「大事にならなかったから、大丈夫です。車で追跡してくれて、有難う。長沼さんの彼にもお礼を言っておいてください。大変助かりましたが、もうあんな冒険はしないでください」
長沼が席に戻ると、場の雰囲気を変えようとの意図か、森が切り出した。
「築地先生は、伝説とも言える生徒会の会長だったのですよ」
「え? この間から思ってたんですけど、何で森先生、築地先生って呼ぶんですか?」
高校生たちが聞く。
「3年前まで、高校の方で教師をしていたんですよ」
「私は築地先生から授業を受けたかったです!」
波瑠がキッパリ言う。
「理事長も森先生も、この学校出身だったんですか?」
「森先生は確か中等部から、私は高等部からこの学校に通っています」
透の答えを、匠は意外に思った。透は幼稚舎からずっと静実学園だと思っていたのだ。
「築地先生は帰国子女でしたよね」
森は良く知っている様だ。透は一瞬、嫌な記憶が頭をよぎったが、振り払う。向こうでの学生生活を知る者はいない。
「義兄の仕事があったので、それに付いて行ったので」
「伝説の生徒会って何?」
匠が続きを聞きたがった。
「私が生徒会長をしていたのは高校1年からの2年間だけですよ。伝説なんて大袈裟ですよ」
森が続きを話し出した。
「私は一学年下の中等部でした。築地先生は唯一、一年で生徒会長になったのでしたよね。特に一年目の生徒会の人気は凄かった。その人気が異常で伝説の生徒会と言われていたのですよ」
透は話が不味い方に進みそうな気がしてきた。波瑠が聞いた。
「一年生でも生徒会長になれるんですか?」
「選挙で選ばれれば一年でもなれますよ。私の場合は前理事長と親子だと最初から、知られていたせいもありましたし、改革するならやりやすいだろうと思われていたので」
「副会長もこれまた一年生で、物凄い美少年の留学生で、築地先生といいコンビだったのですよね」
「彼の人気は凄かったんですよ。副会長というより、アイドルでしたね。森先生、まだ中学生だったはずなのに、何で知っているんですか? 彼がいたのは一年の途中まででしたよ」
透は仕方なく話を合わせる。
「体育祭・文化祭は中高一緒にやるじゃないですか。私は中学の体育祭委員だったので、何回か高校の生徒会メンバーと打ち合わせしていた為、評判を知ったのです。実物にも会いましたしね。そこから話が広がり、中学でも女生徒達が異常に騒いでいたので覚えているのです。」
メンバーと長沼は、イケメン理事長とアイドル並みの美少年が出てくる話に興味津々だ。透は席を立ちたい衝動に耐えた。案の定、体育祭の借り物競争の話になったからだ。匠はお姫様抱っこでピンときたのか、透の顔をニヤニヤしながら見ている。
「腐女子が騒ぎそう……」
長沼が言う。
「腐女子じゃなくても、騒ぐと思うけど」
楓が波瑠を横目に言う。波瑠は目をキラキラさせている。
「理事長、当時から男子にも人気があったんですね!」
「レイ君は築地先生に、跪いて何か誓っていましたね。それが妙に様になっていて……」
森が付け加えた。
「あれは、単なる余興です」
「いやいや、余興にしてはあたり一面、しんと静まり返って、まるで映画のワンシーンを見ているような感じでしたね。中学生でも高校の会長・副会長に憧れた生徒がたくさんいましたよ。まぁ、私もその一人だったわけで」
森の告白に、
「ええ! 森先生、最近人気のボーイズラブですか?!」
波瑠が過剰反応する。
「本人の前で、告白なんて、やばくないですか?」
紬がふざけて言う。
「いや、そう言うのではなくて……」
森が必死に否定する。
「森先生、今度一緒に飲みに行きましょうか」
透が笑いながら言う。
「そういえば、二人とも独身ですよね? お付き合いしている人とかはいないんですか?」
楓の質問に、波瑠が横で頷いている。
「仕事と部活で忙しくて、それどころでは……」
森が頭と冷や汗をかきながら答える。
「森先生、部活を専属顧問に任せますか。中等部は専属顧問制を始めているのですが、高等部も早急にそうしましょう。先生たちも余暇を楽しめる様にしなくてはいけませんね」
「もしやその空いた時間に、お二人で……」
楓が口を挟む。
「そんなことあり得ないでしょ」
森は冷や汗をかきながら、答える。
「そうではなくて、最近学校の先生という職業はブラックだと言われていますからね。先生達にはより良い授業をしてもらいたいし、生徒を取りこぼすことなく、サポートしてもらいたいのですよ。忙しすぎると、気づかない事が増えますから」
透は質問の答えを言わずに済んだと思ったが、甘かった。女子高生は噂と恋話が大好物だ。森の時よりは遠慮がちに波瑠が質問する。
「理事長は?」
「プライベートな質問は勘弁してください」
透は余計なことは言うな、と匠に視線で釘を刺したが、長沼が勘違いした。
「理事長、よく、くみを連れ歩いてますよね?」
「よく?」
「外車で迎えに来たり、高級レストランに連れて行ったり、夜景スポットに連れて行ったり……」
森は声にこそ出さなかったが、内心驚いていた。匠君は甥。築地先生やはり……。メンバーもレストランや夜景スポットについては知らなかった為、少し驚いている。自分たちの叔父や伯父が自分にそんな事をしてくれるだろうかと、比べて考え始めた。
「姪とはいえ、年が割と近いので、妹みたいな感じなんですよ。外車は、祖父のものだった車にエンジンをかけていたら、くみの母であり私の姉から迎えに行けと頼まれただけだし、レストランはそのついでに、二年生の実習についての打ち合わせ、夜景スポットも車慣らしで行っただけですから。」
匠も慌てて弁護する。
「仕事も家まで持ち帰って、遅くまでやっているし、ろくに眠っていない日もある位、理事長になってから、忙しいみたいだよ。ね?」
「え? 二人で一緒に住んでいるの?」
「祖母と両親と私と、叔父—理事長で住んでいるけど」
「最近は核家族化が進んでいるから、みなさんから見たら、珍しいかもしれないですね」
透は他に言い様がないため、困惑するしかない。好奇心旺盛な女子高生は疑惑の目で二人を見ている。匠は堪えきれずに言ってしまった。
「次のコンテストに、叔父の彼女が来る予定だから、確かめるといいよ」
「くみ! 余計なことを言わないように。それに、彼女じゃない」
「へぇ、彼女じゃないのにキスするんだ?」
女子高生と森が一斉に、透を見た。透はたじろいだ。
「くみのいる目の前で?」
結衣が驚く。
「私がいる事に、叔父たちは気がつかなかったから」
「……あれは挨拶だから」
透が苦しい言い逃れをする。
「海外の人なんですか?」
楓が質問する。
「くみ〜、覗き見しちゃ駄目じゃん……」
紬がくみの頭を軽く叩く。
疑惑は晴れた様だったが、波瑠を含んだみんなは、次回のコンテストが別の意味で楽しみになった。ただ、結衣は、くみは理事長に対して憧れか片思いをしているのではと思っている様だった。
もちろん、匠は後でたっぷりと透からお小言を頂戴した。以前は透に驚かされる事が多かったが、最近は透の方が、匠にたじろぐ事の方が多くなってきた事に匠は気がついた。
憧れの結衣の疑惑を晴らす為に、匠はレイラに軽音のコンテストに、何が何でも来てくれる様に頼んだ。女装して出る事も告げておかなければならないが、仕方がない。しかし疑惑を晴らしたところで、結衣はくみが女子だと思っている。
レイラと性別は反対だが同じ状況だと、匠は思った。透はレイが男子だと思っていたが、レイは女子で透の事が好きだった。透は気付いていたのかいないのか……。匠はレイラが、男装しているはずなのに、積極的に透にアプローチしていたなどとは知らなかった。
一週間ほど、匠はバイクで透に送ってもらっていた。匠は朝練がある為、普通の生徒が登校するより早く登校している上に、送ってもらう時はさらに早い時間に登校する為、あまり生徒と会うことがない。だが、ある日、匠がバイクから降りて正門に入って行くところを何気なく目にした生徒がいた。軽音部の垣田と言う男子生徒だ。前日にスマホを池のあたりに置き忘れた為、朝一で取りに来たのだ。
バイクで送ってもらう中学生もいるんだ、と垣田は思った。池に向かう途中、先ほどのバイクが目の前を通り、職員駐車場に入って止まった。さっきの子は先生か職員の子なのかと、何の気なしに見ていると、ヘルメットをとった顔に見覚えがあった。スマホの方が気がかりだった為、垣田は挨拶だけして、池へ向かった。置いた場所に無事スマホを見つけ、ほっとした途端に、先ほどのバイクの人物が理事長である事に気がついた。理事長の子供は中学生なのか、と思ったが、理事長はまだ中学生の子供がいる歳ではなかった様な気がした。次の日、何となく気になったので、同じ時間に登校すると、やはり正門で理事長のバイクから降りて登校する中学生の男子がいた。分厚いメガネをかけていたが、見えた横顔に見覚えがある様な気がした。
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