第19話 捜索

 匠と和人とメンバーと森が、高尾の白いバンのあった駐車場に集まった。菊と洋子には家で待機してもらう事にした。和人が長沼と岳には丁重にお礼を言い、遅くなりそうだからと帰ってもらう事にした。メンバーにも言ったのだが、聞かない。

「五人組は外国人だったんですよね?」

匠が念のため、森に確認する。

「プロレスラーのように体格の良い外国人だった」

「そうであれば、この辺りの地理に詳しいわけでもないと思うんだ……」

和人がアントンと透の言った事を思い出しつつ口にする。

「そうだとすれば、山の中に入るよりも、この辺にいる確率の方が高いかもしれないですね。余程、その外国人が山慣れしていなければ、別ですが」

森が和人に言う。波瑠が提案した。

「じゃあ、日本語で呼びかけて回れば?」

「それじゃあ、近所から、何事かと警察に通報されてしまって、向こうも警戒するかもしれない」

「警察に連絡していないんですか?!」

楓が驚いたように和人を見上げる。

「色々、理由があって、まだ連絡はしていないんです。そう言うこともあり、皆さんには、帰宅していただいた方がいいかもしれません」

メンバーは顔を見合わせるが、帰るとは言い出さない。

「父さん! 透ちゃんの命と、どっちが大事なの?」

「どっちも大事なんだよ」

和人が苦しそうに匠を見る。

「それより、どうやって、透君を見つけるか、またはせめて、この辺りに我々がいる事を知らせるか、考えないと……」

「呼びかけないで、知らせる……。なら、結衣の作った曲を歌いながら、歩いて回れば? ヒット曲だと普通に歩きながら歌っている人がいるけれど、あの曲なら、私たち以外歌わないから、透ちゃんが聞けば気がつくはず」

「歌で知らせるか……。いいね!」

紬が匠の肩を叩く。

「私たちにしか出来ない方法だね」

メンバーも頷く。

「上手くいけば、透君が居場所を知らせてくれるかもしれない。少なくとも、我々が近くまで来たと知らせることが出来る。ダメ元でやってみようか」


「二組に分かれて、この駐車場から徐々に円を描くように範囲を広げて行こう」

森がメンバーを連れ、匠は和人と周る事になった。三人と四人と言う分け方もあったが、森が親子で話すことがありそうだと見て分けた。なるべく、通報されない程度、鼻歌を歌うように自然に聞こえるように歌いながら、ゆっくり歩く。立ち止まって歌わなければ、窓を開けてまで見る人はいない。


 静かな高尾郊外に、静かに歌声が通り過ぎていく。近隣の家の人々は、夕食を食べながら、テレビを見ながら、ただの酔っ払いか、気分の良くなった人が歌いながら通り過ぎただけだと思うだろう。


 はじめ、豆腐屋のラッパの音にも驚いていた五人組も、だんだんラーメン屋や、物干し竿などの物売りの音に無反応になっていった。

「どうやって、女王に連絡する?」

「え? 連絡方法を知らないのか……」

「内部の諜報員からだと、そいつの身元がバレる」

「王宮の一部は解放されているから、そこに電話して繋いでもらえば?」

「何を要求する?」

「我々の身の安全と、補償だ」

「そんな約束守られるはずがない。いっそ、復讐と称してこの男を女王の目の前で殺してみたらどうだろう?」

もし透が言語を理解したなら、唖然としそうな事を五人組は話し合っている。

 

 ようやく、うつらうつらしかけた透の耳に、匠の声が微かに聞こえた気がした。透は寝ているふりをしつつ、耳を澄ます。「嘘の真実」を歌っている声が近づいてくる。透は咄嗟に立ち上がった。

「トイレ!」

五人組が驚いて振り返る。

「トイレと言ったようだ」

「連れていってやれ」

一人が透を手招きする。透は手錠を見せて外して欲しいと、身振りで訴えた。

「仕方ない、手錠を前にしてやれ」

透がトイレに行くだけでわざわざ、三人が付いてきた。これでは逃げる事は出来ない。


 一軒家のトイレには大抵、窓がある。透は嘘の真実を鼻歌で歌いながらトイレに向かった。見張りは透が急に歌い出した為、「なんだ?」と言う顔をしたが、言葉がわからず、歌うなと言っても通じない為、放っておくしかない。


 見張りはドアの外に立っているがドアを閉めても何も言わない。窓は小さくて、逃げる事が不可能だとわかっているからだ。

 透はそっと窓を開けて、外を見る。窓から道路が見える。日が落ちて暗い為、電灯の下以外は何も見えない。

 歌声が近づいてくる。透は腕時計を外そうとするが、手錠をかけられているせいと焦っているせいか、なかなか外れない。歌声は数メートル先を横切り、通り過ぎてしまった。透は窓から、時計を出来るだけ、遠くへ投げた。手錠が邪魔をしているから、どこまで飛んだかはわからない。飛ばしたと同時に、嘘の真実のサビを思いっきり大きな声で歌った。トイレのドアが開いた。

「おい、何をしている」

「別に何も」

分からない言葉ながらも、お互い言いそうな事はわかった。


 あの時計に、気がついてもらえると良いが、と内心思いつつ、透は誤魔化すために、部屋に戻るまで鼻歌を歌い続けた。見張りは、言葉が通じないことを思い出し、諦めて歌ったままの透を元の部屋へ連れ戻した。


 幹線道路から一本入った住宅街を、和人に付き添われた匠が、歌いながら歩いていると、微かに透の声の様な歌声が聞こえた気がした。何を歌っているかまでははっきりしない。と、どこかで窓が開く音がした。うるさい、と言われるかと思ったが、通り過ぎてから、カチャリと、小さい物が落ちる音がした。そして、嘘の真実らしき歌のサビが急に聞こえて来た。

 匠は歌い続けながら、和人と振り返ると、道の真ん中に腕時計が落ちていた。さっき通り過ぎた時には、何も無かった。匠が拾い上げる。

「今窓から、飛んできたみたい。まだ温かい。なんか見たことある様な……」

「ゼニスの腕時計。透君のじゃないかな? 普通は腕時計を窓から投げ捨てない」


 夏の夕方、窓の空いている家はたくさんある。しかし、まだ微かに聞こえる歌声の方角と時計の位置から考えると、

「目の前のこの家しか無いな」

「トイレの窓っぽいね。それに、この辺りから透ちゃんの声によく似た声で歌っている声が聞こえた。結衣の曲だとしたら、ちょっと外れてたけど」

「そういえば、透君が歌っている所、聞いた事なかったな……」

低い生垣の向こうに、空いている窓がある。

「歌っているのが聞こえて、時計を投げて知らせたのかも?」

「取り敢えず、森先生たちに知らせるか……。それとも、アントンにさん知らせるか……」

「え? アントンに?」

「アントンさんが匠を見たら、きっとわかってしまうから、匠はメンバーと森先生と一緒に帰るんだ。父さんはひとまず、アントンさんに相談してみる」


 和人は駐車場に集合をかけて、森とメンバーに、透は見つからなかったから、この後、警察に相談しに行くため、今日のところは一旦帰宅して下さい、とお願いした。もちろん、こんな時間まで一緒に探してくれた事への感謝と、他言しない様にと念を押して。

 和人は車を使用する為、森とメンバーとくみは電車で帰ることになる。結衣が別れ際に優しく力付けるように、匠の肩を叩いた。

「くみ、理事長がこんなことになって、心配だよね。また、何か手伝えることがあったら、いつでも言って」

森もメンバーも黙って、匠の肩を慰めるように叩いた。


 和人はみんなと別れてから、即座にアントンに電話をした。透の居場所が分かった事、場所は高尾の駅から近い事を伝える。

「アントンさん、警察に電話しますか?」

「今すぐ高尾に行くから、まだ警察に行かずに、待っていてほしい」


 待つ事1時間と少し。和人は駅までアントンを迎えに行き、透がいると思われる家まで案内する。

「透君の時計と思われる時計が、あの窓から飛んで来ました」

時計をアントンに見せる。

「透の時計だな。ここで待っていろ」


 普段近くにいる匠や和人の方が、透の持ち物を覚えていない。逆に最近来日したばかりのアントンは、はっきりと透の持ち物だと断言した。和人は、意外に身近な人のことは見ている様で、見ていないものだなと思った。匠の事も、自分よりも透の方がよく見ている。やはり、自分は人相手の仕事より、物相手の方が向いていると和人は思った。それでも、透から依頼されたら、理事長を引き受けてみようと思ったのは、透とは違う方法で学校経営ができるのではないかと、密かに思ったからかもしれなかった。


 アントンは大きな図体に似合わず、暗闇に紛れ静かに庭に入り込んだ。家は先ほどのトイレ以外は窓も雨戸も閉められ、空き家の様だ。アントンがあちこち耳をつけて、中に人がいるか確認していく。物干し台がある庭に面した場所で、アントンの動きが止まる。雨戸に何か取り付けて戻って来る。


「透の声はしないが、間違いない。五人組はここにいる。ここで物音を立てて見つかったらまずいから、車のところへ行こう」

「五人組の目的はなんですか?」

「知らない。なんで日本に来た? と聞かれた」

「どう言う事でしょう?」

アントンは、この透の義兄という人物が、どこまで何を知っているか分からなかったが、眼鏡をかけた穏やかで知性的な顔をしているのを見て、信頼に足る人物と判断した。

「私は子供の頃からレイラ様の護衛をしているから、私が日本に来たと言う事は、何か目的があると考えて、ついて来たのかもしれない。だから、奴らは私が来た目的を知らない」

「じゃあ、なんで透君を拐ったのでしょうか?」

「日本に来る前、レイラ様がうっかり自国の言葉で、透について何か話したのを聞いて、透がレイラ様にとって重要な人物だと思っただろう。この間、私が襲われた時に、透が通りかかり、名前を呼んでしまったから、それから透をマークしていたのかもしれない」


 アントンは改めて和人を見た。

「透はレイラ様について何か言っていたか?」

「特には何も」

初めてアントンは困った顔を見せた。

「透は来てくれるのだろうか?」

「さぁ、迷っているみたいですよ」

「透がはっきりしないと、こっちも困るのだ。しかも誘拐なんかされて……。とてもじゃ無いが、恐ろしくてレイラ様に報告出来ない。万が一透に怪我でもさせたら、あの五人組は、酷い方法で皆殺しだ」

アントンは自分の髪を掻き毟った。

「アントンさん、落ち着いて。透君の安全が第一です」

「分かっている。透に万が一のことがあったら、と考えるとゾッとする……。それに……」

「それに?」

「もう美味しい麻婆豆腐が食べられない……」

和人は少し心配になった。アントンは透の心配よりも、どちらかといえば、誘拐犯の方を心配しているように思える。更に、アントンの口ぶりからすると、レイラは恐ろしい独裁者の様に聞こえてしまう。

(透君が迷っているポイントはそこだろうか。それとも、知らないのだろうか)

「レイラさんはそんなに恐ろしい方なんですか?」

「? 恐ろしい? 勘違いしては困る! 聡明で気高くて、その上美しくて、国民思いの良い方だ。だが、透の事となると、違うのだ。透に何かあったら、おかしくなってしまうかもしれない。だから、安心しろ。我々は絶対に、透を助ける」

 和人はレイラという人物をイメージ出来ないでいた。透はレイラについては口を噤んでいるし、匠は遠慮しているのか、レイラの写真を見せない。洋子と菊の話からは、高校の頃から美しいがヤンチャな人物である事と、なんともちぐはぐな感じだ。洋子はそれ以上知らないのか話そうとしない。

 和人は匠が実子でないと言う話をしてから、なんだか家族がバラバラになり始めた気がした。匠は元々、歳の近い透になんでも相談する傾向があったが、妻である洋子が、和人に話さない事があるなんて初めてだった。


「レイラさんに連絡しなくて良いんですか? あなたに連絡が来ないという事は、彼らはレイラさんに連絡をしようとしているのかもしれませんよ?」

「時差があるから、連絡をするとしたら明日の昼以降だろう」


 アントンは高尾に来る前にデータベースを調べた。あの五人組はアレクセイの近衛隊だった。そうであれば、レイラを恨んでの犯行だ。下手をしたら、レイラの目の前で透は殺されてしまうかもしれない。しかし、アレクセイの近衛隊はレイラの護衛と違い、呑気な者が多かった。土地勘もなく、慣れない日本に来て、五人組も疲れている事だろうし、日本が22時を回っているのであれば、サファノバはもう夕方だ。色々な場所が閉まり始める事を考えると、今夜はアクションを起こす事はないだろう。

「取り敢えず、和人は家に帰って休んだ方がいい」

「アントンさんはどうしますか?」

「明日また来る」

「車で送りますよ」

車中でアントンは、今日透は何をしていたのか、和人に尋ねた。和人は自分の子供のコンテストを応援しに来てくれた、と話した。

「この間は、透の甥の合唱コンテストに一緒に行ったが、日本はたくさんコンテストがあるのだな。この間、聞いた時は皆上手で驚いた。透には可愛い姪もいると聞いている」

和人はうかつなことを言えないと、冷や汗をかいた。透とアントンのやりとりがわからない為、姪も甥も同じ人物だとは言えない。アントンに匠とレイラが親子であると感づかれる様な話は一切してはならない、と和人は気を引き締めた。


「透の武術の腕前はどのくらいだろう?」

和人は透が匠を連れて、クラヴマガを習いに行っていた事は知っているが、腕前は知らないし、聞いてみた事もなかった。

「高校から習っているとは聞いていますが、今はやっていないですね」

「実戦で使ったことはあるのだろうか?」

「日本は平和な国なので、実戦はほとんどないと思いますよ」

そう答えつつも、自分の転勤と時を同じくして、菊と一緒に透が米国に留学していた中学生の時に、よく怪我をして帰ってきていると菊がこぼしていた事を思い出した。喧嘩をして帰ってきていた様だと洋子は言っていた。

「この間の様子では、手術したばかりでなければ、使えそうだったがな。今は駄目だろうな。和人、明日は来なくていい。危ないから連絡するまで、家で待ってろ」


 アントンを送り届けて、帰宅した和人を心配そうな表情の匠と菊と洋子が玄関で待っていた。

「どうなったの?」

「やはりあの家にいる様だったよ。アントンさんに、明日の昼過ぎまでは何も起こらないだろうから、って帰された」

「見ず知らずのアントンとやらに任せておいて大丈夫なの!?」

「レイラが来てから、ろくな事が起きないわ。和君、アントンと一緒にいなくて良かったの?」

「私がいると却って足手纏いになるのだろう」

「透は大丈夫なの? 透に何かあったら……」

菊の顔は真っ青だ。

「義母さん、アントンは優秀な護衛の様ですし、アントンは絶対に透君を助けると言っていましたから、きっと大丈夫ですよ」

「ばあちゃん、顔色悪いからもう休んだ方がいいよ」

匠は菊を支えて、部屋まで連れて行った。

「透は無事に戻ってくるのかしら。匠はあの女の所へ行くの? 透は何か言っていた?」

「ばあちゃん、透ちゃんはきっと大丈夫だよ。透ちゃんは何も言っていなかったよ」

菊は頷くと、自室へ入っていった。匠はとてもではないが、菊に母親に会いたいと言い出せなかった。菊も洋子もレイラに対していい印象を持っていない。

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