第18話 誘拐
One smile for allはコンテストのファイナル進出となった。会場の外に出ると、静実学園生と応援に来たメンバーの家族が待っていて、口々にお祝いを伝えに来た。透が、「家族や友達と一緒に帰らなくて良いのですか」と、メンバーに聞くと、「理事長と一緒に打ち上げに行きます」、と答えた為、透は森と一緒に車を取りに駐車場へ向かった。
透はアントンが出て行くのを確認してから、出発した為、遅くなってしまい、タイムズサザンスカイタワーの駐車場は地下二階の一番奥の方しか空いていなかった。
見に来ていた長沼が、理事長にこっそりお詫びをするチャンスと、二人の後を追った。長沼が駐車場で透に声をかけようとした時、透と森は体格のいい五人の男たちに囲まれた。長沼はどうしたら良いかわからず、岳と一緒にすかさず物陰に隠れて、見守った。
男たちは透を羽交い締めにしようとしたが、透は抵抗を試み、一人は倒したが、森が捕まってしまった。残った四人のうちの一人が、透に何か言っているのだが、言葉が全くわからない。男が、手振りで透を手招きし、来れば森は放すと言っているようだった。透は、相手が森を放す瞬間に隙が出来る事を祈って、ゆっくり近寄った。だが、森は、いきなり投げ飛ばされた。隙が出来てしまったのは透の方だった。一人に盲腸の開腹手術跡を殴られ、蹲ってしまった。そこをすかさず、口を塞がれ、後ろ手に縛られ、車に乗せられた。透は手を縛られる前に、車のキーを落とし森の方へ蹴った。ありふれた白いバンは倒れた一人を回収し、急発進で駐車場から出て行った。
長沼はすぐ近くにいる岳を呼び出し、白い車を追うよう頼んだ。
「沙織といると、なんだかスパイ映画を地で行くような……」
「いいから! あの白いバンを見失わないで!」
森も起き上がって車のキーを拾い、すぐさま後を追った。長沼はくみに連絡しようとしたが、くみの連絡先がわからなかった為、結衣に電話した。
「結衣、私、長沼だけど、くみに代わって」
「くみに代わったら、何を言うつもり?」
結衣の声は冷たい。長沼は焦った。
「違うの! やばい事になったの! 理事長が駐車場で誘拐された!」
結衣が慌てて匠にそのまま伝えると、匠はすぐに家族に連絡をした。
「私は、理事長を誘拐した車を追っているから! 白いバンで、ナンバーは……。見えないように隠しているみたい……。森先生も、理事長の車で追いかけてる」
匠が結衣のスマホを借りる。
「誘拐した相手は?」
「ガタイのいい五人組の外国人だった」
最後まで尾行して、と言いたいところだったが、匠は抑えた。
「危険のないようにね。くれぐれも無理しないように。知らせてくれて有難う」
「わかった。任せて!」
匠は駆けつけて来た和人に、メンバーから離れた所で説明する。話しながらも膝がガクガクしていることに気がついた。
「透ちゃんが、ガタイの良い外国人五人組に、車で拐われたって……」
和人は駐車場に黒いものが落ちているのに気付いた。拾ってみると、透のスマホだった。ロックがかかっているから、勿論使えない。犯人が追跡を恐れて、スマホを捨てて行ったのかもしれない。座り込んでしまった匠に、和人がスマホを渡した。
「匠、しっかりするんだ。透君のスマホのロック、解除できるか?」
匠はカバーを開けて数字を打ち込み、和人にスマホを手渡した。
「よく横で見てたから。あ、でも、勝手にいじった事ないよ」
和人はわかった、と頷きながら、匠から離れた場所で電話をかける。
「もしもし、私は透の義理の兄の和人と言う者です」
「義理の兄が何の用だ。それは透のスマホだろう?」
思っていたよりもなめらかな日本語が返ってきた。
「アントンさん、透君が五人組の外国人に拐われました。心当たりはありますか?」
後ろで、匠が母と菊に何が起きたのか説明している声が和人の耳に入る。
「何で透が? この間の奴らか……。場所は?」
電話の向こうの声が狼狽える。
「今、知り合いが行方を追っています。場所が分かり次第、また連絡します」
和人が電話を切ったのを見て、匠が声をかける。
「父さん、警察に連絡したんでしょ?」
「サファノバの調査員は誘拐犯に心当たりがあるようだ。もし、警察に届けると、マスコミがある事ない事でっち上げて書くかもしれない」
和人は、警察に届ける事によって、後々、マスコミがサファノバ女王の子供として匠をスクープするかもしれず、女王の未来の夫、または愛人と透のことを書き立てるかもしれない、と考えると、すぐに、警察に届けない方が良い気がした。 それを菊と洋子に説明すると、二人とも、今はまだ警察に届けない事に賛成した。警察に知らせるのは、犯人の目的が分かってからでも遅くはない。匠はやっと立ち上がり、結衣の近くに行き、長沼からの連絡を待った。
匠は警察を呼ばなくていいのかと、再三聞いたが、和人がうんと言わなかった。
一方、車の中。外に物音が漏れないと踏んだ五人組は、透の猿轡を外した。透が開口一番、
「日本語話せますか?(日本語)」
「? 今、なんて言ったんだ? (サファノバ語)」
「Do you speak English?」
五人組は顔を見合わせている。
「A little. Hello, thank you and sorry.」
「……」
それは話せるとは言わないのでは、と透は思ったが通じないので黙っている。
「? サファノバ語わかるか? (サファノバ語)じゃあ、ロシア語は? (ロシア語)」
「?」
人質と誘拐犯で、全くコミュニケーションが取れない事が、お互いに判った。
「どうする?」
「誰もこの後、どうするか何も考えていなかったのか?」
一人が吐き捨てるように言う。
「アントンに通訳を頼め」
「そんな事をしたら、折角拐った人質を拐われてしまう」
「じゃあ、どうする?」
「まずは、後ろからついてくる車を撒いてから考えよう」
透は何となく様子を見ていて、もしかしたら、この五人は無計画に自分を誘拐したのではないかと疑った。しかし、言語が通じなければ、目的も何もわからない。目的があれば、目的が遂行されるまでは生きている事ができ、逃げるチャンスもあるかもしれないが、目的がないと下手をしたら、拐ったはいいが、面倒くさくなり殺してしまえ、となるかもしれない。スマホも駐車場で捨てられてしまっている。ただ、この五人組が、アントンを襲った五人である事はわかった。
透を乗せた白いバンは、人通りの少ない道を進んで行く。白いバンが遮断機の下りかかった踏切を無理やり突破した為、森も、長沼たちもそこでバンを見失ってしまった。そのまま道なりに行けば高尾山口に出てしまう。
白いバンを見失ってしまった森が、結衣に高尾まで来た事を連絡した。しばらく周辺を走ってみると、高尾駅近くの駐車場にナンバープレートの隠された白いバンが止まっていた。森がそっと近寄って中を覗いてみたが、誰も乗っていない。
高尾登山をする人は、高尾山口からだけとは限らないらしく、ナップザックに登山姿の人を、離れた所にある高尾駅の周りで見かけた。もう下山の時刻だ。日本人だけではなく、海外の人もいる。高尾山はミシュランガイドで三ツ星を頂いている、都心から一時間で行くことのできる観光スポットだ。いくら気軽に登ることの出来る山とはいえ、この時間から山中を探すわけにはいかない。しかも山中にいるとも限らない。
「上手く撒けたようだ」
五人は車を駐車場に車を止め、暫く透を囲むようにして歩き、空き家に忍び込んだ。
「この際だから、直接女王に電話してこいつを見せてやったら、どうだろう?」
「そういえば何で、女王の想い人だと判ったんだ?」
「あの女王が、子供の喪があけた頃、『やっと透に逢える』と珍しくウキウキした声で、アントンに話していたのを俺たちのスパイが教えてくれたからだ」
「え? それだけ? 『やっと透に逢える』ってウキウキした声で言ったからって、それだけで想い人と決めたのか?!」
「……」
「その言葉の裏を取ったんだろうな?」
「そのあとから、アントンがよくわからない言葉で、女王に話しかけ始めたから……。それ以来、アントンと女王はわからない言語で話しているから、裏は取れていない……アントンが、日本に行くという事はわかったから、こっそりついてきたんだが」
五人がチラッと透を見る。
「直接、女王に画像を見せて、聞いて反応をみればわかる」
「もう疲れたし、明日でいいんじゃないか?」
「アントンだって、すぐにここがわかる訳じゃないだろう?」
「そうだな……」
「そうしよう」
「時差があるから、明日の昼過ぎくらいに電話をしよう」
二人ほどが出ていき、暫くすると食料を買って帰って来た。自分たちだけで食べるのかと思いきや、透にもサンドイッチと牛乳が渡される。透の後ろ手に縛ってある片手の方の縄が解かれ、もう片方は手錠で作りつけの棚の取手と繋がれる。手錠で繋がれているとは言え、立って食べれば、食べるのには不自由しない。食べ終わると、また後ろ手に今度は手錠をかけられた。
透には五人組が「アントン」と言っている言葉だけは判ったが、他は全くわからなかった。予測のつかない事ほど人を不安にさせる事はない。しかし、ここで不安を取り除くために、匠にやらせたように、口角を上げて笑ってみる気にはなれない。匠はレイラに会うと決心した。
(なんとしても、匠をレイラに会わせなければ。レイラは約束を守った。そうなると、私は返事をしなければならなくなる。レイラには逢いたいが、返事をしたら、終わってしまうだろうか)
透は、負のスパイラルに落ちないように、取り敢えず、体力を保持するために、しっかり食べ、眠っておく事にした。しかし、目を閉じても、後ろ手に手錠、床に座っている状態では、なかなかすぐに眠りは訪れない。忙しさを理由に押しやっている問題が、頭の中を駆け巡り、透はますます目が冴えてしまった。
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