第20話 要求
翌夕方、アレクセイ残党五人組は、誰でも調べればかける事の出来る宮殿のインフォメーションセンターに電話をかけた。サファノバは朝だ。
「女王を出せ」
「こちらはサファノバ城インフォメーションセンターです」
「大事な用がある」
「悪戯電話でしょうか?」
「女王に『透』と言えば通じるはずだ。女王にかわれ」
散々待たされた挙句、
「女王陛下への直通電話はありませんので、そちらの番号をお知らせください」
電話番号を伝えてから、しばらくしてから非通知で電話がかかって来た。
透の猿轡が一瞬外された。スマホに向かって声をかけるよう促されているようだった為、仕方なく透はなるべく落ち着いた声で名前を呼んだ。
「レイラ?」
すぐに猿轡をかまされる。
「透? どうしたの?」
女王は透の声だけで相手が誰だかわかったようだ。五人組は透を攫ってきて正解だったと思った。一人が代表で電話口に出る。
「サファノバ語で話せ」
「誰?」
「こちらが言うスマホの番号にスカイプでかけ、ビデオ通話にしろ」
レイラは透の者らしき声が聞こえた為、言う通りにした。かけ直して相手が出た途端、画面に手錠をかけられ、猿轡をかまされた透が写っていた。
「透?! どうしたの?!」
すぐに覆面をした男が画面に映った。
「女王か?」
「自国の女王の顔も知らないのか?」
「そんな態度をとっていられるのも、今のうちだ」
「どう言う事だ」
「この男を知っているか?」
「知っていたら、どうなのだ?」
慌ててつけられたせいか、透の猿轡が外れた。
「レイラ、落ち着いて。普通にアントンに話す様に話すんだ」
一人が慌てて猿轡をしようとしたが、中の一人が止める。
「少し喋らせた方が、女王の関心度がわかるだろう」
「透がこんな事になるなんて……。なぜ私を狙うのではなく、透なんだ」
「レイラ、アントンや護衛には有給休暇はある?」
「こんな時に、いきなりどうしたの?」
「いいから、大事な事だから答えて」
「ない」
「君の側から離れるはずのないアントンが、単独で日本に来た。当然、君の弱点を探している人たちは、何かあると思ってついて来てしまう。もし、アントンや護衛に有給休暇があって、休暇毎に海外旅行に出かけたりしていれば、こう言うことは起きない」
「それは、そうかも……。でも、昔から休暇なんて制度は護衛にはない」
透はチラッと5人組を見ていう。
「有給休暇の事は今後のためにも考えてみてほしい。匠が同じ目にあわないためにも。私の事は、日本社会の仕組みを知る為と、日本の教育のエキスパートで、サファノバの未来のために、教育についてのアドバイザーとして迎えるつもりだ、と言うんだ。それ以上でも以下でもないし、代わりの人物は他にもいると言うんだ。いいね」
二人をしばらく観察している五人組が、
「おい、こいつら何を話しているんだ? 関心度なんてわからないぞ」
「全然切羽詰まった感じがしないな」
五人は当然、女王がこの状況を嘆き、透と呼ばれる男が、助けてくれと頼むと考えていた。言語が分からずとも、声のトーンや表情で何となく分かるだろうと思っていたのだ。
「やっぱり違うんじゃないか?」
「ちょっと通訳させるか……」
「女王、今なんの話をしていたのかを通訳しろ」
「日本の有給休暇について。うちの護衛に有給休暇を与える様にとの、アドバイスを受けた」
「は?」
「彼は日本の教育のエキスパートであり、サファノバの子供たちのために教育についてのアドバイザーになってもらう為と、日本社会の仕組みを知る為に、我が国に招く予定でいる人物だ。お前たちの子供や親戚の子供達の未来を、もっと良くする為だ。その目で、日本を見たであろう? 小さい子供が一人で、買い物に行き、子供だけで外で遊んでいる国なんて他にあまり無い。日本の子供たちの平均的な教育レベルはまだ高い。子供たちは我が国の未来を背負う宝。だから、国の未来を考えるのであれば、まずは教育から変えなければいけない、わかるであろう? 国を良くする為に招く人物を誘拐してどうする?」
五人組は顔を見合わせる。
「この男の職業はなんだ?」
「幼稚園から大学院まである私立の学校の理事長。たまに日本のネットの新聞に学校の改革者として載っている」
レイラが横にあるパソコンで記事を検索し、写して見せる。
「女王との関係は?」
「高校の時の友人。彼が高校の生徒会会長で、私は副会長。西欧のいくつかの国は生徒会が学校経営企画に参加する。私のいた日本の学校もそれに近かった。当時から、彼の仕事ぶりが優秀だと知っているし、信頼がおけたから、招くのだ。ただ、透が断った場合、他にも知り合いがいるから、そちらに声をかける予定だ。今はまだ、透が返事をくれないので待っている。返事を引き伸ばしているのは、もしかしたら、報酬が少ない事が原因かもしれない」
レイラはなるべく、無表情を装った。透が自分の手の届かないところで、手錠をかけられ、身の安全を奪われていると思うと、心が千切れそうになる。それと同時に、誘拐犯に対して体の奥から激しい怒りが噴き上げてくる。
(透にかすり傷一つでもつけたら、生かしておかない)
「忙しいから、もう切る」
感情を抑えに抑えて、わざと素っ気なく言って、レイラは電話を切った。
「おい、切れてしまったぞ」
「恋人であれば、あんなに素っ気なく電話を切るか?」
「どうする? あの様子だと、人質として用をなさないかもしれない……」
「殺すか?」
「意味がないなら、放すか?」
透が手錠を前に回してくれる様、再度身振りで伝える。
(レイラに迷惑をかけてはいけない。自力で何とかしなければ……)
「なんだ? トイレか?」
手錠を前にしてもらうと、
「スマートフォン」
と手近にいた一人に手を出す。中の1人が、スマホの画面を開いた状態で、透に渡す。透は音声翻訳のアプリを探す。マークで見当をつけ、勝手にダウンロードする。
「私は人質としての価値はない。でも、アドバイザーになる予定だから、女王にあなたたちの要求を伝える事は出来る。何故、日本に来た?」
五人組は顔を見合わせる。その様子から大体の意味は伝わった様だと透は感じた。透はスマホを間に置いた。
「いつも女王から離れないアントンが、単独で動いた為、何かあると思って調べ、付いてきた」
「私を誘拐した理由は?」
「身分の保証」
「嫌がらせ」
「え?」
「本気で言っていたのか?」
嫌がらせであれば、このまま殺されてもおかしくない。しかし、五人の間で意見が分かれている様だ。
「身分の保証とは、どう言う事?」
「我々はアレクセイ様の近衛隊だった。アレクセイ様が亡くなって、身分を失った。女王はアレクセイ様を嫌っていたせいか、その後、護衛に入れてくれる様頼んだが、入れて貰えなかった」
「近衛隊と女王の護衛が啀み合っていたのか?」
「そう言う奴もいたが、我々は身分を保証してくれたら、きちんと働く」
「元々は同じ国だったから」
「30年ほど前に独立したんだ」
「サファノバと元独立した国は上手くいっているのか?」
「いがみ合って独立したわけではないし、元々同じ国だから、一つになってもあまり違和感がない。買い物をする為に、国境を超える人たちも多かったくらいだ」
「失業率が高いのだろうか?」
「低い方だろう」
「では、他の仕事をすれば良いのでは?」
「私たちは親の代から近衛隊を出す家となった。近衛隊に入る様に教育されて来たから、他の仕事など考えられない。出来るとしたら、護衛だろう。」
透はアレクセイの近衛隊を護衛にする事は、レイラの性格からいって無理だろうと思った。
「女王に恨みがある?」
「身分を保証してもらえればそれでいい。我々を社会からはじき出さないで欲しいだけだ」
「警察官や、消防士などやってみると言うのはどうだろう?」
「警官であれば今までの経験が役に立つかもしれないな。」
四人が頷いている。
「私は田舎でレストランのシェフになりたい」
透を含め五人の視線が集中する。
「田舎で子供たちに囲まれて、のんびり暮らしてみたいと思っていた」
「おい、本気か? 料理できるのか?」
「出来る。今まで言い出せなかっただけだ。悪いが、もう私はこの件から降りたい。平和に暮らしたい。だから、女王に交渉してほしい。アレクセイ様が亡くなった後、我々は常に、見張られていた。我々を危険人物として、見張りをつけるのではなく、普通に暮らさせてほしいと」
四人はそれを聞いて、黙り込んだ。
五人はアントンたちの様に代々護衛として仕えてきた家ではなく、30年ほど前にアレクセイの父親に見込まれて、親が近衛隊となった。他にやりたい事がなかったわけではない。
五人組はしばし、スマホの音声翻訳を消し、サファノバ語で話し合っている。自分たちのこれからを改めて、考え直しているのかもしれなかった。
暫くして、五人組が透に告げた。
「女王と交渉しろ。こいつは田舎でシェフをするから、もう見張りは不要だ。我々四人は警察に入れてほしい。国のために働くのだから、同じく見張りは不要だ。交渉に失敗したら、殺す」
「あなたたちの境遇が良くなる様、交渉してみよう。ついでに言えば、女王は私が殺されても、なんとも思わない。だが、日本の警察は優秀だから、私を殺したらあなたたちは捕まって、国に帰れなくなるか、サファノバの警察に引き渡される事になる」
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