第15話 それぞれの想い

 匠は悩みつつも、コンテストとコンクールに向かって忙しい日々を送っていた。透に聞きたい事、言いたいことは山ほどあったが、透は相変わらずアントンと書庫に寝泊まりしている為、それを聞く機会がなかった。


 多忙な透は匠が理事長室に行ってもいない事の方が多かった。軽音部がある水曜日、匠が理事長室に入ると、ちょうど透が仕事をしていた。

「透ちゃん久しぶり。調査は進んでる?」

「匠、この間は噂を打ち消してくれて、有難う。年配の先生を揶揄ってしまって、森先生に怒られたよ。アントンの調査の方は、まだ匠にたどり着かなさそうだ」

匠は透に害が及んでいない事がわかり、ほっとした。

「来週、軽音のコンテストがあるから、見にきてよ」

「なんとか、アントンを巻くことが出来たらね。流石に、くみを見たら気づくでしょ。あ、でも、探している子供は男の子だと思っているだろうから、分からないかもしれないか……」

「透ちゃんが来ないと、メンバーががっかりするよ」

透はうん、と言って手元の紙を見始めた。

「来てくれないと、俺も張り合いないから。はい、これ、場所と時間とチケット。着替えるから、控室借りるね」

「匠」

「何?」

こう言うなんでもない普通の生活がどれだけ続くのだろう、と透は思った。匠にとっての、普通の中学生としての生活も。

「いや、何でもない」


 匠が出て行ったのを見計らって、透は父である修の日記を取り出し読み始めた。修はマメな人物で、何かの参考になるかもしれないと、遺言で透に日記を残した。もしかしたら、自分の気持ちを誰かに残しておきたかったのかもしれない。随分古い日記もある。レイラが何故、数ある学校の中から静実学園に留学して来たのかを読んで見ると、どうやら修と、レイラの母は知り合いだったらしい事に気が付いた。そこで古い日記を探し出したのだ。


 修はイギリスの大学に留学していた。クラスメートには透の母である菊とアデリーナと言う女性がいた。修はアデリーナに恋をし、不器用ながらもアプローチをした。アデリーナもアプローチを続ける修に好意を抱いたが、国に帰れば婚約者がいた。アデリーナは帰国前に、修に自分はサファノバの第一王位継承者だから、修の想いに応えることは出来ないと告げた。二人は良い友人同士でもあった為、もし、アデリーナに子供が生まれたら、修の学校に留学させると約束をして帰国した。


 菊は修がアデリーナに恋をしていた事を知っていたし、その恋が破れた事も知っていた。修は傷心中に菊に慰められ、その優しさに絆されて、結婚した。修は海外の生徒でも、日本の生徒と一緒に学びやすい学校を目指して、学校を整備して行った。そして、アデリーナの娘のレイラが、約束通り留学して来た。

—彼女の娘レイラ嬢は身の安全をはかる為、男装して学校に通うことになった— 


—レイラ嬢は透と一緒に生徒会役員になった様子—


—透と良い友人関係にある模様—


—体育祭の買い物競争でレイラ嬢は「好きな人をお姫様抱っこで連れてくる」を引いたようで透を抱えて走った。あの時の透の表情は忘れられない。どうやら、今回は想いが反対らしい。レイラ嬢は透の事が好きなようだ—


—もし、私がアデリーナに恋をしたように、透がレイラ嬢に恋をしたら、アデリーナは何と言うだろう。透はレイラ嬢を男だと思っているから、それはないと思うが……—


 透は修が、面白半分だけではなく、自分に重ね合わせて、自分とレイラを見ていたのだと初めて知った。

(あの時、自分がレイラに想いを寄せていると言ったら、修はレイラが女性であると教えてくれたのであろうか。それとも、自分と同じで、届かぬ思いと一笑に付してしまっただろうか)


 高一だった透が自習時間に生徒会室で、ノートに議題や問題点をメモしていると、不意に後ろから呼ばれ、顔をむけた途端にレイの顔が目一杯に飛び込んできた。レイの唇が透の唇に触れた。途端に、二人の脊髄に電撃が走った。仕掛けたレイも驚いたようだったが、すぐに笑って見せた。

「透のファーストキスはもらった! あ、ファーストじゃなかった?」

しかし、途方に暮れている透を目にして、レイはすぐに態度を改めた。

「ごめん。びっくりさせようと思っただけなんだ」

「今の……」

レイは透の言わんとしている事に気が付いたようだ。

「僕も電気が走った気がした」


 そういう悪戯が流行っていたのか、教室で男子生徒同士がする同じような光景をたまに見かけてはいたが、他の男子生徒には電流が走ったようには見えなかった、と透は思った。あの体の中心を駆け抜けた電流は何だったのだろうと言う事と、触れた唇がマシュマロのように柔らかくて驚いたせいか、その後暫く、心臓が波打ち収まらなかった事を覚えている。透にとってファーストキスではなかったが、電撃が走ったのは初めてだった。思い起こせば、そこから悩み始めたのだったような……。


「……うちのクラスは自習中だけど、レイのクラスは授業中じゃなかった?」

「透が教室を出たのを見かけて、多分、生徒会室に行くんだろうと思って、頭痛がするからと言って抜けて来た」

「何か、用か?」

わざと素っ気なく聞いたが、透の鼓動は早鐘を打ったまま収まらない。レイが珍しく真剣な顔で透を見た。

「話したい事があって……。実は、僕は……」

突然、生徒会室のドアがガラッと開いた。

「会長! 先生が戻って来たから、授業再開だよ!」

透を呼びに来たクラスメイトが生徒会室に、レイがいるのを見て驚いた。

「あれ? 隣のクラス授業中じゃなかったけ?」


「父さん、知っていたなら、最初から言ってくれ……」

 透は思わず、もういない父に呟いた。親子2代で恋をするなんて。

 そして、今思えばレイはあの時、自分は女性だと告げようとしていたのかもしれなかった。


 一方レイラは透に会いに来る前に、母の日記を見つけて読んでいた。

透の父である修への好意はあったが、婚約者がいた為、応えられなかった事。自分に子供が生まれた時には、修の学校に子供を留学させる約束をした事。その為、小さい頃から、レイラには日本語を教えていた事。一緒に日本に行かせる目的で、優秀な護衛の一人にも途中から日本語を習わせた事。


—レイラを修の学校に留学させる為、修に手紙を出した—


—修にも同い年の男の子がいる事がわかった—


—レイラが修の子供、透に好意を持っている様子—


—今日、侍医から余命4〜5年と宣告を受けた。レイラには帰国して隣国のアレクセイ王と結婚するように伝えた。もし、レイラがアレクセイ王との結婚を強く拒絶し、透と結婚したいと言い張るのであれば、認めてもいいかもしれない。親子2代叶わぬ思いでは哀しいから……—


—レイラは帰国したが、結婚したくないとしか言わない。そんな子供のような我儘は通させるわけにはいかない—


「私があの時はっきり、勇気を出して言っていれば……。私はもっと早く、透と一緒になれて、あのような、嫌な思いをしないで済んだかもしれなかったのか……」

レイラは悔やんで、そして入院中の透に逢いに来た。


 菊は修の日記は読んでいなかったが、洋子が見せたサファノバの紋章を見て、アデリーナがサファノバの王族だったと、初めて気がついた。調べてみると、アデリーナは先代の女王だとわかった。だから、修はあっさり諦めたのだと。ただ婚約者がいるからという理由だけで諦めたのではなかったのだ。そして、菊はレイラがサファノバの女王である事を知って、修に裏切られたような気がした。修は菊に内緒で、アデリーナと連絡を取り合い、彼女の娘レイラを自分の学校に留学させていたのだ。

 今、彼女の娘のレイラが、透を連れて行こうとしている。菊はこの二人の結婚を阻止しなければと思った。息子と彼女の娘の恋愛が、過去の自分達に重なり、その延長の様に感じてしまっていたのだ。そして、可愛い孫である匠は、あのアデリーナの娘レイラの子供。菊は孫の匠について、どう考えて良いかわからなくなってしまった。

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