第14話 スキャンダル
岳が長沼とデート中に、尋ねた。
「妹が沙織の学校に行きたいって言ってるんだけど。学校の雰囲気とかどう?」
「他の友達から聞く高校と比べると、校則がほとんどなくて自由だよ。ちょっと待ってね」
長沼が学校のホームページをスマホで探す。見つけた途端に、長沼は声をあげた。
「どうしたの?」
ホームページには、理事長挨拶が真っ先に出て来るところが多い。その写真を見て、長沼はピンときた。岳が覗き込んで事もなげに言う。
「理事長にしては随分若くて、イケメンだなぁ」
この間のレストランで、長沼からは横顔しか見えなかったが、
「くみの彼だ……」
「え? この間のレストランにいた子の?」
長沼は高校生と大人の交際は、スキャンダルになるのではないかと考えたが、自分も大学生と付き合っている事を思い出し、歯噛みする思いだった。しかし、相手が学校の理事長ならどうだろう? しかし、証拠写真も何もない。それでも、長沼は部活のメンバーに、くみの彼は理事長らしいと知らせた。ただでさえ、前回のカラオケの帰りに、くみの彼がスポーツカーで迎えにきた、と言う噂があった為、その話は瞬く間に広がった。
One smile for allのメンバーは噂を流したのは、長沼だとすぐに気がついた。ちょうど部室でOne smile for allのメンバーが長沼を取り囲んでいる所へ、折り悪く匠が入って来た。匠はその噂を知らなかった。匠はメンバーがリンチのように長沼を取り囲んでいるのを見て驚きの声を上げた。
「どうしたの?!」
結衣が振り向いて、口を開きかけて閉じる。長沼が代わりに答える。
「くみ、あんた理事長と付き合ってるんだって? パパ活?」
「長沼が、理事長がくみと付き合っているって噂を流したんだよ」
紬が匠に教えた。結衣が心配そうな顔を匠に向ける。匠はどこで見られたのだろう? と考えたが、ここで、きちんと答えないと、透の名前に傷がつくと思った。匠は自分のせいで、そんな事になるのは許せなかった。
「長沼さん、何勘違いしているの? 理事長は私の叔父です。先生達から私が特別扱いされないようにと、お互い黙っていたんだけど。今すぐ叔父に直接確かめてもらっても構わないよ」
長沼はあっけに取られた。猫だと思って虐めたら相手は虎だったのだ。くみの叔父が理事長であるなら、くみに睨まれたら、先生たちから睨まれるかもしれない……。匠が長沼の手を引く。
「今から確かめに行きましょうか?」
「本当なの?」
半信半疑で長沼が誰にともなく聞くと、囲んでいるメンバーが全員頷く。
「嘘なんかついてどうするの? 理事長本人から聞いたよ」
「理事長、姪がメンバーである私たちのライブにも来てくれたよ」
「この間みんなで病院にお見舞いにも行ったよ。森先生も知ってるよ」
長沼は視線を泳がせる。
「ごめん……」
「ごめんじゃないでしょう? 私はいいけど、叔父の名前を汚したら、名誉毀損で訴えるよ。今すぐ、私の目の前でその噂取り消して」
「くみ、噂結構広がっているみたい……。どうする?」
匠は近くにあったプリントの裏にマジックでデカデカと、
「理事長とくみが付き合っているとデマを流したのは私です。このデマを送った相手に必ず、この写真を送ってください」
とデマの部分を太字で書き、長沼に持たせた。
「スマホ貸して」
長沼の顔下半分とその紙を写し、長沼にスマホを返す。
「これ、今すぐ、噂を流した相手全員に流して。その噂を広めた人全員がこの写真を見るように」
「まじ……。そんな恥ずかしい事、出来っこないでしょ!」
長沼は悲鳴を上げた。
「何言ってるの? 顔は全部写っていないでしょ? 叔父が辞めなきゃいけない羽目になったら、責任とってくれるの? 叔父は色々な生徒が、この学校で伸び伸びと過ごせるようにする為に、いつも考えているのに、こんな事をする人がいるなんて……。今すぐ、私が言った通りにやって」
One smile for allのメンバーは、口を開けて、匠と長沼のやりとりを見ている。長沼は匠の有無を言わさぬ口調に半ベソをかきながら、言われた通りにした。
「あなたのせいで叔父が傷付いたら、許さないから」
静かに匠にそう言われ、やっと解放された長沼は走って部室から出て行った。
匠のあまりの剣幕に恐れ慄きながら。もう二度と手を出してはいけないと長沼は思った。
「く、くみ? 大丈夫? 夏休み明けて、なんか雰囲気が変わったね」
「って言うか、相当むかついたんだね」
「まじで、切れてたもんね」
メンバーはほっとしたように、匠を取り囲んだ。
理事長室に長沼がばら撒いた噂を発見した先生たち何人かが入ってきた。
「理事長、こんなこと書かれていますが……。本当ですか? だとしたら、まずいですよ。『くみ』と言うのは、我が校の生徒ですか? 高校生のようですが……」
年配の先生が探るような目で透を見る。透は表情を変えずに、内容を読んでいる。どこで、誰が見ていたのだろうと思いながら。
「何がまずいんですか?」
透は探るような目で見ていた教師に聞いた。
「理事長は若いからご存知ないかもしれませんが、生徒と教育関係者だと普通よりも世間体が悪いのですよ」
聞いた教師は内心、これだから、若い者は困る、と言外に滲ませる。
「誤解を恐れずに言えば、16歳を超えている女子高校生と大人の真摯な恋愛は罪ではありませんよ」
透が悪びれずに言う。
「で、ではあの噂は本当なんですか?」
そこへ森が入ってきた。
「理事長も人が悪い。牛込先生を揶揄うのはやめてください。本気にしていますよ」
「バレてましたか。『くみ』は姪です。赤ちゃんの頃から一緒に住んでいますし、可愛がっているので、私は兄のようなものなんです。誰かが勘違いしたのでしょう。だから、特別騒ぎ立てる必要はありません」
森が自分のスマホを見せる。画面には顔の下半分と「理事長とくみが付き合っているとデマを流したのは私です。」とデマの部分を太字書きした紙を持っている女子生徒が写っていた。それを見て、他の先生たちは安堵して自分の持ち場へ帰って行った。理事長室には森が残った。
「匠君、なかなかやりますね」
「怖いよ、うちの甥っ子は」
二人は顔を見合わせて笑った。透が高校の教師をしていた時、森は同僚だった。透は、高校の方が馴染みもあるせいもあり、つい、高校の方へ足が向くことが多くなってしまう。
匠以外にこんな事をする生徒はいない。透は内心、匠の強さと行動力は母親譲りだと改めて思った。
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