第9話 保護者会
透は問題を抱えていた。透が直接抱えていたわけではないが。匠の隣のクラスの小川という男子生徒が、金髪に染めて登校し始めた。学校で禁止していない為、透は口を出したくないのだが、小川と同じクラスの子の親が、苦情を言ってきている、と小川の担任から校長に話が上がってきた。クラスに髪を染めている子がいるから、自分も染めたいと言いだす子がいたらしい。透は親子でよく話し合って欲しいと思うのだが、そう言う家に限って、全てを学校に丸投げしてくる。学校で禁止して欲しいようなのだ。
苦情を言う親たちは、
「髪を染めると、生活態度が乱れてくるのではないか」
「髪を染めていると、不良に絡まれるのでは?」
「他の子が髪を染めるのは構わないが、自分の子に影響が出るのは困る」
等と言う。
小川のクラスの担任は新米で、親を説得しかねていた。仕方なく、校長がサポートに入ると言う形で、保護者会を開くことになった。そこで、なぜか、小川の親が責められる展開となってしまったのだ。
静実学園は名門校であり、ある程度、学力の高い生徒が受験して入ってくる為、酷い問題を起こす生徒はあまりいない。何でもかんでも学校に丸投げしてくる様な家庭は来年から、不合格にしてやろうかと透は思ったが、面接ではそこまでは分からないし、ここで学びたい生徒を、親が原因で落とすのでは、子供がかわいそうである。透も校長も、小川がどう言う考えで髪を染めたのか聞いた方がいいと思ってはいたが、先生がそれを聞いてしまうと、詰問している様に思われ、生徒から「やっぱり自由と言っても、髪を染めることは先生から、目をつけられる事なんだ」と思われるのではないかと危惧して尋ねられずにいた。
透は小川のクラスの保護者会に参加する事にした。校長に呼ばれ、教室に入る。一瞬、保護者たちがどよめいた。保護者の多くは、入学式や行事で挨拶をする理事長の顔を見た事がある。入って来た透はざわめきを無視して、にこやかに、保護者に挨拶をした。
「本日はお忙しい中お集まり頂き、有難うございます。」
「理事長先生、その、髪をどうされましたか?」
保護者の一人が、恐る恐る質問する。今まで黒かった透の髪が、今日は明るい栗色になっている。わりに彫りが深い透は、髪をその色に染めると、まるで異国の王子様のようにも見える。
「小川君がどうして金髪に染めたのか、その目的はわかりませんが、周囲の反応が少しでもわかるかもしれないと思って、染めてみました」
質問した保護者は透に見つめられ、赤くなり俯く。今回も前回に続いて、保護者会に来ていた保護者は全員、母親だ。気丈にも小川の母親も参加している。
「保護者の皆様、髪を染めている方はいますか?」
半分以上が手をあげる。
「クラスの中に金髪に染めている子供がいる事が、よくないと仰しゃる保護者の方がいると聞きました。ご自分は染めてよくて、子供はいけないのは何故ですか? それを子供に説明出来ますか? 皆さんは、髪を染めて、生活態度が乱れましたか? 事件に巻き込まれましたか?」
「こ、子供と大人では違います」
「そうですか。我が校は中学生も髪染めもピアスも自由です。だから校則が、という事はありません。子供の方が、好奇心が強い。でもこの学校の子供は、親の気持ちをよく汲んでいる子が多い。だから、規則がなくても、染めてみたいと思っても、実際に思い切りよく金髪に染めている中高生はあまりいません」
違うと発言した親は、自分の子供の事を振り返り、沈黙した。
「みんなが黒いのに、一人だけ明らかに染めていたら、不良に絡まれたりするかもしれません」
いかにも真面目そうな母親が不安そうに発言する。
「それは憶測ではないでしょうか。小川君からはそう言ったことは全く聞いていません。保護者の方の中には私より明るい色に染められている方もいますが、その事で絡まれたりしましたか?」
「理事長の仰しゃることは、詭弁です」
「我が校は校則がないに等しい事で、自立心やその時々にあった相応しいドレスコード、立居振る舞いを自分で考えて身につけてもらおう、と考えています。中高生はまだ発達途中です。色々と試して見る事は悪いことでしょうか? もし、お子さんが髪を染めたいと言ったのであれば、親子で話し合って見てください。お子さんの意見を全否定してかからず、一旦聞いて見てあげてください。否定するのであれば、子供が納得する理由を話してあげてください。よく、他の学校で髪染め禁止は校則です、と言って禁止にするのと反対に、この学校では規則で自由ですので、学校は、今後も髪を染める事に関して、何も言うつもりはありません。各ご家庭のルールと学校のルールは別物です。この件に関しては、我が校では、今後これ以上話し合いを持つことはありません。小川君を責めるのであれば、その正当性を私と子供達に示してください。グローバル社会と言われている今、海外で働くお子さんも出てくると思います。髪の色など、海外では問題になりません。この学年は少ないですが、留学生には髪の色も目の色も肌の色も違う子達がいます。アジア人が一人しかいない環境で働く時に、皆さんは周りと同じ髪型にしたりするでしょうか。逆に色々な人種がいる国で、みんなと同じと言うものがない中で、他人と違う自分を確立しなければ、つまらない人とみなされる事もあると思います。これは、良い機会ですので、みなさん、ご家庭でこの問題について話し合って下さい。この事に限らず、家庭で色々な話をして下さい。お子さんに、差別や偏見の芽を植え付けないよう、色々な話をする事はとても大事な事です」
透は保護者を静かに見据え、キッパリと言った。教室はしんとなった。
「お茶を用意しましたので、他に、何かご意見や要望があれば、お伺いします。なかなか集まる機会がないと思いますので、どうぞご歓談下さい」
透がにこやかに、保護者一人一人にペットボトルのお茶と、並ばないと買えないことで有名なラスクを配る。
「1種類しかなくてすみませんが……」
保護者は、スイーツを見て一気に気が緩んだのか、まぁすみません、とか、有難うございますと口々に言い、受け取る。緊張して喉が乾いていたのか、皆その場で飲み、食べ始めた。
その後暫く、世間話やら、お悩み相談やらがフリートークで行われた。小川の保護者は、誰からも責められる事がなくなり、ほっとしたようだった。透と小川の保護者が話をし始めた為、他の保護者もそれに加わる。中には、
「理事長先生、独身だとお伺いしておりますが、知り合いに、年頃も丁度良いお嬢さんがいるのですが……」
と言い出す強者もいた。
「聞いていただきたい事があるので、別の日にお時間をとっていただけないでしょうか」
という問いには、透は、個別案件は担任か、学年主任、または校長を通して、解決しない場合のみ承ります、と答えた。
校長が皆さん、もう下校の時間ですから、というまで誰も席を立とうとしなかった。
「理事長先生、集合写真を撮っても構いませんか?」
「どうぞ、スマホを渡してくだされば、写しますよ」
「いえ、理事長もご一緒に」
多くの保護者は校長にスマホを押し付け、透を真ん中に記念写真を撮った。
結局、匠が小川から聞き出した話では、小川の大学生の姉が、制服を着た中学生か高校生が金髪に染めていたら、人はどういう行動をするかという事を調べていたらしい。
静実学園では、禁止されていないが、一般的には中高校生が髪を染めて良い学校はあまりない。してはいけないとされている行動をとった人間に対して、どう言う反応をとるのかを見る、と言う実験だったのだそうだ。
なかなか家に帰って来ない透に、匠が連絡をしてきた。
「隣のクラスの金髪に染めてた小川君、来週から元に戻すって言ってたよ」
「何かあったのかな?」
「いや、もうお姉さんの社会的実験が済んだから、って」
「校長に知らせておいた方が良いかな」
透はその場で、中学の校長にメールでその話を伝えた。幸い保護者会の後から、小川に対する苦情は来なくなった。
匠の報告で、この件は無事に終わった。
「匠、髪の色を元の色に戻したらどうだ?」
「目立ちたくないから、嫌だ」
「目立つ事は悪い事じゃないよ。匠がそのままでも通いやすい学校が目安になっているのだから」
「俺は、透ちゃんのリトマス試験紙じゃないから!」
結局、匠は黒染めに、黒のカラコンのまま通っている。匠はまだ、目立たないでいる事に対しての安心を手放したくなかった。それは匠の本能的なものかもしれなかった。
透は静実学園を、匠のような見た目が違う生徒や、ジェンダーの問題を抱えている生徒ができる限り伸び伸びと過ごせる学校を目指しているのだが、匠は目立ちたくないと言う。透にとって、匠が地毛にカラーコンタクト無しで、なんの気兼ねも無く通える様になる事が、匠が通っている間の課題だった。
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