第11羽 タカトリです。飽きました

「……なんか、どうでもよくなってきた。帰る」


 突然、思い出したかのように荷物をまとめ、さっさと教室を後にする練磨。

 予想外の行動に有栖含め生徒たちは呆然としていたが、涼芽だけはまばたき一つせずに練磨の背中を見つめていた。


「……え、練磨、どうしたの?」


 有栖は大切そうに持っていた練磨のタオルを意図せず落とし、一瞬で冷めきった空気に少し恐怖を覚えていた。

 しかし、それをかき消すように二度、柏手かしわでが教室に響き渡った。


「鷹取さんが試合放棄したので、涼芽たちの負けです。アリス、入学おめでとうです」

「えっちょ涼芽っ!?」


 あまりに唐突な展開、すぐに状況を受け入れる涼芽に咲希は悲鳴にも近い驚きを見せるが、"有栖の入学"という事実は男子たちにとっては大きく、練磨の不可解な行動よりも重要事項として認識された。

 もはや、彼女が何を言おうと通るはずもなく。


「そ……そうだよな。鷹取が帰ったってことは、有栖ちゃんは今日から俺たちの仲間ってことでいいんだよな!」

「よくないわよ! あんな終わり方、納得できる訳ないじゃない!」

「まあまあ咲希さん、負けは負けです。潔くアリスの入学を認めよう、です」

「いや、先生は入学を認めるといった覚えはないがな……?」


 生徒同士で結末を盛り上がる中、担任は冷静になったことで、どう上に説明しようかと頭を抱えていた。

 そんな中、有栖は周囲の声など聞こえていないかのように、とぼとぼと教室内を映し出す窓を目指していた。


「……こんなの、納得できないよ。練磨」




「でてこいっ水鶏!」


 自宅につくなり、練磨は持っていた御神体をリビングのソファへと投げつけた。

 腐った木の板である御神体は、ふかふかの布地にぶつかる直前に狐のような耳を生やした少女へと変化し、彼女はソファの上で二回ほど跳ねていた。


「痛った~……くはない……じゃが、神様である妾を投げつけるとは、どういう了見じゃ!? それも、某人気ゲームのように!」

「お前はモンスターじゃなく、バケモノなんだからそれとは別物だ。強いて言うなら、バケット……」

「それ以上は言わなくてよい!」


 練磨の危険な発言に、水鶏は掌を伸ばして待ったをかけた。すると練磨はその手を両手で包みこむように握手をした。


「……ん、感触がある。これは現実か」

「きっ、気安く妾に触れるなぁっ!」


 一瞬で顔が茹で上がった水鶏は、ぶんぶんと必死で練磨の手を振り払った。


「何恥ずかしがってんだ。お前だって俺のことを叩くじゃねえか」

「……っいや、それとこれでは話が違うっていうか、その……ああもう! だまれー!」

「おおっ!?」


 トランポリンよろしく練磨に飛びかかった水鶏は、生意気な頭を叩こうとするがバランスを崩し、練磨に覆い被さる格好となってしまった。


「ちょっおま、何してんだよ早くどけ」

「あ、あたしだってそうしたいわよ! でも、今ので足が……」

「練磨!」


 二人きりだったはずの部屋に突如響いた、一途に恋する乙女のソプラノボイス。

 悲鳴にも近い声を上げた彼女は、目付きの悪い男に金髪の狐耳が被さっている光景を目にした途端に一瞬体を硬直させ、哀しい笑顔を浮かべた。


「えっ……えぇ?」


 そそくさと後退りし、鏡の方へと向かう有栖。練磨は水鶏を床に転がすと、すぐさま有栖の後を追った。


「有栖」


 そのか細い腕をつかんだ時には、既に全身鏡の中へと入っており、彼女の表情は見えない。

 しかし練磨の手には、小刻みに震えが伝わってきていた。


「……私、入学できるみたい。これで練磨と一緒の高校生だね」

「そうだな」

「涼芽はとっても喜んでくれたよ。咲希ちゃんも話してみればいい子だったし、秀くんも悪い人じゃなさそう」

「……そうか」

「でも、本当はきちんと勝負に勝ちたかった。きっと、練磨が私の入学を拒んだのって…………」

「…………」


 有栖がいると、クラスメイトからは避けられるし、何より邪魔だ。鏡を行き来するバケモノと暮らしているなんて、言いたくもない。

 でも、それは自分を守るための嘘だ。


 有栖がいるから、無愛想な練磨でも気にかけてもらえる。鬱陶しいけど、それが楽しい。鏡を行き来する可愛いバケモノと暮らしているなんて自慢、誰にもばらしたくなかった。

 自分だけが特別でいたかった。


 有栖の過去なんて知らなくても、わかってる。彼女の抱える不安、恐れ、悲しみ。どれだけ一緒にいると思っているんだ。

 しかしまた、不要なプライドが邪魔をする。


「……一人の時間が欲しいからだ」

「……そっか。涼芽は、また私から大事なものを奪っていくんだね……。今までごめんね、練磨。水鶏と、お幸せに」

「ちょっと待て、何故そうな――――」


 練磨の手は強い力で引き剥がされ、有栖は鏡の中へと消えていった。じーんと痛む掌を見つめ、練磨はこんこんと鏡を叩いた。


「俺は、そんなつもりじゃ……」


 膝からずるずると崩れ落ちる練磨。辺りには、彼女の甘い匂いが立ち込めていた。

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