第10羽 ミヤシロクイナの登場じゃ!

 ちりん、ちりん。風鈴の音が鳴る神社の縁側で、夕景をぼんやりと眺める少女が一人。

 目付きの悪い男は、彼女の様子をふわふわと宙に浮きながら眺めていた。


(なんだこれは……? 夢か? ……だが今は勝負中のはず……いや、まさか!)


 あどけない少女や、自分が宙に浮いていることなど気にも留めず、練磨は一つの結論に至って驚愕した。


アイツら肯定派、俺を気絶させやがったな!?」

「アホかお主は」


 どか、と練磨の後頭部に衝撃が走る。その瞬間、流れていた景色はまるでビデオテープのように動きを止めた。

 彼は睨むように振り向き、背後で腰に手を当てながら高飛車な表情を浮かべる少女を、不躾な瞳でじっと見つめた。


「なんだお前か」

「なんだって何よ! あたっ……妾が久々に顔を出してやったんじゃ、もっと驚かんか」

「おおっ!? お前……! 今までどこで何してたんだよっ……!? ひっさびさだなぁ!」

「見え透いた演技はやめい!」


 面倒なやつだ、と練磨は頭を掻いた。

 巫女装束に身を包み、獣のような耳をみょんみょんと動かす、金髪ボブの少女。彼女は名を御社水鶏みやしろくいなと言い、練磨とは過去に一度面識がある。

 まるで老人のような口調だが、見た目はあどけない少女で、歳も練磨たちとは5、6歳ほどしか離れていない。

 謂わば、バケモノのお姉さんとも呼べる。


「……んで、この映像はなんだ? お前の記憶か?」

「ふっふっふん。ご明察じゃ。これは妾の――」

「待った。口調は変えなくていいぞ」


 水鶏くいなは南田神社の守り神、いや、南田神社に祀られた御神体の付喪神である。そのため、他のベテラン神様のように振る舞ってはいるが……。


「もう! あたしはいつでも妾なのよおっ!」

「一人称が自立しているぞ」


 まだまだうら若い女の子である。


「あーあー……じゃあもうあたしでいいわよ。というか、なんであんたはそんなに有栖を煙たがるわけ?」

「……それはあいつが、鬱陶しいからだ。それに、俺は別に、本気で煙たがってなんか……」

「いないわよねー。本当は心配で心配でたまらないんだもんねー」

「処す」


 練磨はお決まりのアイアンクローを水鶏にお見舞いしたが、これは怒りによるものではない。彼なりの、精一杯の照れ隠しなのだ。


「あだだだ、離せぇ~」

子供ガキかお前は」


 ――場面は変わって、蔵の中。いつの間にか水鶏は練磨の手から抜け出しており、薄汚れてぼろぼろになった木の板をこんこんと叩いていた。


「……御神体、か」


 南田神社の御神体。それは水鶏が封印されている、古くさい木の板だ。

 封印、といっても大層なものではなく、今回のように練磨が触れることですぐに解放される。

 今、水鶏が見せている記憶は、彼女の"バケモノ"の力によるものだ。


「はいはい、ごめーさつ。涼芽ったら、あたしがあなたの家に封印されてるって気づいてたみたいね」


 それは、涼芽が彼の家を遠くから覗いていたからか、はたまた練磨が憑依体質で、同じくバケモノである水鶏がここにいるかも、なんてアタリをとっていたからか。

 水鶏はぐっと伸びをし、ばさっと金色の髪を靡かせてみせた。


「というかあんたさ。あたしが二階に封印されてるって気づいてたでしょ!?」

「キヅイテナイヨー」

「あんたはオウムか。……まあいいわ、さっさと有栖の記憶を覗いちゃいましょ。このままじゃあの子が可哀想で、見てらんないわ」


 ぴん、と水鶏が指を弾くと、再び風鈴の音が鳴る神社の縁側へと移り変わる。

 練磨は目付きを更に鋭く細くし、口を片手で覆った。


「なにしてるのよ、動かすわよ」

「お前は親にアニメ観賞を勧める子供か」

「こんなことやりたくてやってる訳じゃないんだから……って、だからなにしてるのよ」

「酔った。気分が悪い……」

「こんなところで吐くな~!」


 水鶏の叫びと共に、暗転する視界。

 だんだんと意識は鮮明になっていき、やがて気がついたときには夕景はとうに消え、代わりに大量の制服姿。乱雑にどけられた机、光の射し込む窓際。

 そして右手に残る、腐りかけた木の板の感触。


「――――は」

「練磨、いきなりどうしたの? 大丈夫?」

「あ、有栖?」


 自分を呼ぶ声に視線を向けると、真っ先に飛び込んできたのは心配そうに見つめる有栖の顔。

 今の映像は、夢……いや、涼芽がころころと表情を変えている所を見るに、今のは現実に起こったことだろう。


「どうしたのよ鷹取くん。生気が抜けたみたいにぼーっとしちゃって」

「そうだぞ鷹取。怖じ気づいたか?」


 ホントに生気を抜かれてたんだ、なんて言えるはずもなく、怖じ気づくようなことでもない。

 練磨は冷静に腕組みをし、うん、と一度頷いた。


「咲希」

「ひぇっ!? な、なによ」

「知り合いを思い出すからその口調を変えてくれ」

「ホントに生気が抜けてるのね」

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