第9羽 和風少女じゃ。まだ無名……

 先鋒の涼芽が負け、中堅咲希公が手助けとはいえ勝利した。最終戦は練磨と有栖という因縁の対決にもつれ込んだが、アホな敗北や目の前のいちゃこらに練磨は既にやる気を失っていた。


「なぁ有栖。諦める気はないか?」

「練磨が毎日おはようのキスをして、おやすみにぎゅーってしてくれるなら諦めてあげるけど……」

「俺が悪かった。さあ始めようか」


 双方の同意を得た上で、教室には怪しげな箱が用意された。両端には手を入れるための丸い穴が空いており、表面には壁がない。

 そう、最終戦は中身当てゲームである。


「改めて思うんだが、これ勝負ってよりレクリエーションじゃないか?」

「んなことねーぞ鷹取! 死なし傷なし返り血なし! これが俺たち額田生の勝負三原則だ!」

「お前は勝負を合戦と勘違いしてないか」


 時々武将のような生き様を見せる秀だが、先程の見事なカバーも三原則である傷なしに則ってやっていたのならば納得できる。

 そして肝心の勝負内容だが、交互に箱に手を突っ込み、中身を当てる。どちらかが間違えるまでそれは続くのだ。


「……変なもの入れるのはやめてよー?」

「大丈夫ですアリス。涼芽が鷹取さんの私物をもってきたです」

「なんで俺限定なんだよ」


 大きめの段ボールを抱え、誇らしげな顔を浮かべる涼芽。練磨は心の隅で、有栖の私物じゃなくてよかった……と安堵するのだった。


「まあまあいいだろう鷹取。先生もお前のことがもっと知りたいんだ」

「……先生ってそっち系なのか?」

「気を付けるです鷹取さん。実は先生は――」

「ちちち違うぞ鷹取! 南田、誤解を生むようなことを言うんじゃない! さあ用意しよう、最終戦の始まりだ!」

「先生ってそんなキャラだったかしら?」


 咲希や秀が頭を捻るなか、中身のセッティングはさっさと行われた。

 先攻は有栖。何が入っているかわからないという恐ろしさがありながらも、彼女は躊躇う素振りすらみせずに勢いよく両腕を突っ込んだ。


「この手触り、このやわらかさ……! 練磨がお風呂上がりに使ってすぐに洗濯しちゃうけど、匂いはしっかり染み付いている青いラインが入ったバスタオルだね! あ、ちなみに昨日は使ってないから一昨日最後に使っていたかな」

「あ、有栖……お前……!」


 練磨は背に冷たいものを感じた。確かにこちら側からは、箱の中身が"青いラインの入ったバスタオル"であることがわかる。しかし、いつもタオルからは洗剤の匂いしかしないし、いつ最後に使ったかなんて覚えているはずもない。涼芽もきょとんとした顔で有栖を見ている。

 それでも覚えてしまうということは、有栖は本当に――――

 

「暇だったんだな……」

「違うよ!? そこ私が練磨のこと好きだって流れじゃない!? あ、うーん……やっぱり暇だったかなー。だから私もがっ」

「学校には来るな」


 食い気味に発する練磨。咲希や秀と話すきっかけとなったのは有栖だが、それ以前に避けられるきっかけを作ったのも有栖だ。

 有栖と練磨のやり取りを秀がゾンビのような眼差しで見つめる中、次のセットが完了したようだ。


「さあ当てるです鷹取さん。これは難しいですよ」

「お前はどっちの味方なんだ」

「私と練磨の思い出の品だよ。間違えないでねっ」

「お前はどっちの味方なんだ」

「鷹取ぃぃ……次有栖ちゃんに触れたら殺す……!」

「お前は人間かゾンビかどっちなんだ」


 さまざまな視線を受けつつ、練磨はゆっくりと箱に手を入れていく。いくら私物と言えど、中身が不明である以上警戒は必要だ。

 それに、有栖は胸の前で両拳を握りしめ、わくわく、といった様子。隣の涼芽は表情ひとつ変えずに瞼をぱちぱちさせている。

 それがまた、恐ろしい。


「…………!」


 練磨は覚悟を決め、ぐっと腕まで突っ込む。指先に触れる"何か"を軽くつまめば、みしみしとすぐにでも折れてしまいそうな音が聞こえてくる。


「痛っ……?」


 トゲだろうか、示指人差し指に鋭利なモノが刺さったような感触。しかし、練磨の困ったような反応に周囲は、なんだ、どうした、と的外れな反応をしていた。

 しかし、中でも正常な反応をするスーツ姿の男がただ一人。


「み、南田……それは、一体……?」

「先生、それは内緒です。今は鷹取さんが答える番ですから」


 練磨は、背中に冷たいものを感じた。

 秀や咲希、それに他のクラスメイトたちは普段通りだが、明らかに担任と涼芽の雰囲気が違う。少々興奮ぎみに見えていた有栖も、よく見ると緊張しているのか表情を強ばらせている。

 突然のシリアス展開に戸惑いつつも、練磨は箱の中身を片手でぐっと握りしめた。


「……やっと呼んだか。妾のことを――――」

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